終身雇用を前提とした退職金の税制改正の可能性
終身雇用を前提とした退職金の税制が改正される可能性があります。同じ会社に長く勤めるほど税負担が軽くなるように優遇される税制が無くなるのです。この目的は、政府が、硬直的な労働市場を見直して、成長産業に人材が移動しやすくするためです。
現行の退職金制度とその問題点
現在の退職金制度は、同じ企業に20年を超えて勤めれば、退職一時金をもらう際の税負担が軽くなる仕組みになっています。これは、日本企業の特徴である終身雇用を前提としたものです。しかし、経験豊富な中堅やベテランをひとつの会社にしがみつかせると、人材の転職を促すことができません。
退職金の税負担と控除額の仕組み
退職金への所得税の課税は、勤続年数が長くなるともらったお金から差し引ける控除額が増え、税負担をさらに軽くします。終身雇用に有利な仕組みです。
具体的には、退職金を一時金で受け取ると、そこから「退職所得控除」という非課税枠を差し引いて計算します。控除額は、勤続1年あたり当初40万円で、20年を超えて勤めると年70万円に拡大します。仮に30年働けば、21年目以降は70万円の控除が受けられます。
次に、2分の1課税という有利な計算があります。控除後の金額を2で割ることで課税対象になる「退職所得」の金額が計算されるのです。
さらに、分離課税という有利な計算があります。その年の給与所得に合算することなく、退職所得の金額だけに所得税率である5%から45%かけて所得税額を計算します。所得税は、累進課税といって所得が増えるにしたがって税率が上がる仕組みになっているので、給与所得と合算しないことで、かける税率を低く抑えることができます。
具体的な計算を見てみましょう。
30年同じ会社に働き続けて2千万円の退職一時金を受け取ると仮定した場合、退職所得控除額は40万円を20年分かけて800万円、70万円に10年分をかけて700万円、合計して1500万円となります。これを退職一時金2000万円から差し引くと500万円になります。これを2で割った250万円が退職所得ということになります。そして、給与所得と合算せず、この250万円だけに所得税率をかけ、納税額は15万3千円になるのです。
2千万円の退職一時金にかかる所得税は15万3千円、住民税25万円を合わせても税負担率はたったの2%となります。
転職の影響と税負担の比較
しかし、問題は転職です。
転職すると、次の会社では勤続年数のカウントをまた1年目から積み上げることになるのです。退職金の税負担だけ見れば、同じ会社に勤め続ける方が有利な場合があります。
たとえば、このような2つのパターンを比較してみましょう。転職しない場合と転職する場合です。
一つのパターンは、新卒でA社に35年間勤め、退職金2430万円受け取った場合です。もう一つのパターンは、新卒でA社に15年間勤め、退職金を約430万円受け取った後に転職し、次のB社に20年間勤め、退職金を2千万円受け取った場合です。
退職金の支給額は同じですが、転職しない場合には、所得税と住民税の合計でたったの48万円です。これに対して、転職する場合には、合計で137万円になります。これは、転職すると、A社、B社とも勤続年数が20年以下のために退職所得控除の金額が少なくなるからです。
転職しないほうが有利だという結果になるのは、勤続20年を超えると1年あたりの控除額が増える計算方法となっているからです。これは、昭和時代のスタンダードである終身雇用を前提としています。退職時に多額の一時金をもらえる制度は、従業員の転職を防ぎ、会社につなぎ留める役割を果たしてきました。結果として、働き方でお金に損得が出てしまうのです。
グローバルな動向と新しい働き方
しかし、アメリカでは退職金を一時金で払わない企業のほうが多くなっています。一時金を払うより、確定拠出年金制度を導入して、従業員の老後生活を支えているようです。また、日本も含め、新興企業では働き手が複数の会社を渡り歩くことを想定し始めており、給与を高くして成果主義で報いています。Z世代の若手は、転職を想定して働いています。日本でも雇用が流動化し、個人が複数の企業で働くことが一般化すれば、従業員が退職金を頼りにしないで働くようになる可能性があります。
退職給付制度の変化と現状
近年、手厚い退職給付制度を持つ日本企業は減る傾向にあります。経済産業省が2019年に出した労働市場に関するレポートによれば、2018年時点で一時金を含めた退職給付制度のある企業は8割弱でした。つまり、退職給付制度が無い企業が2割を超えたのです。平均支給額も減っています。従業員数1千人以上の大企業の平均支給額は2600万円でした。2007年と比べて300万円減少しています。50人以上、100人未満の中小企業の平均支給額は1200万円にとどまります。
老後資金の重要性と働き方の変化
健康寿命が延び、老後が長くなれば必要な資金は増えます。老後が20年から30年に延びると、老後資金が1千万円増えると試算されています。しかしながら、現在、40歳代の約4割、50歳代の約3割の人たちは、「退職後の生活のために準備している資産はゼロ」と答えています。
「新しい資本主義」における労働市場の改革
岸田文雄首相が提唱する「新しい資本主義」によれば、労働市場の「三位一体」改革として、リスキリング、つまり、サラリーマンの学び直し、職務内容を明確にして成果で評価するジョブ型雇用の導入、成長分野への労働移動の円滑化が掲げられています。
こうした方針を打ち出すのは、日本企業では、高度成長期にできた終身雇用や年功序列を中心とする雇用慣行を維持するケースが多いからです。職務とスキルの関係が曖昧で、長く会社にいることが目的になりやすく、生産性の下げる最大の要因となっています。働く意欲が乏しい、仕事ができないサラリーマンが大量に発生してしまうのです。
終身雇用を前提とした退職金の税制が改正される可能性があります。