私たちの老後の環境は変化し、低成長経済、少子高齢化社会へと移行しています。これらの変化は、具体的にどのようなものでしょうか?
60歳の日本人の2人に1人が90歳まで生きる
時代が変われば、お金に対する考え方も変わらなければなりません。2022年現在、わが国の社会は、以下の2つの点において、大きな変化が見られます。
影響の一つは、日本経済が低成長となり、国民所得の増加が頭打ちとなるなかで、会社で働くだけでは十分な資産形成が難しくなったことです。
もう一つは、高齢化によって会社退職後に生活する期間が延び、老後の生活費が増えたことです。長生きすればするほど、生活費や介護費・医療費への支出が増加し、当初予定していた老後資金が不足してしまうことになります。
2022年現在の平均寿命は、「男性で81.64歳、女性で87.74歳」(2020年、厚生労働省の令和2年簡易生命表)となっています。
この点、現在65歳の女性が「何年生きるか?」という質問があったとき、その答えとして、「87.74歳-65歳=22.74年」と思われるかもしれません。しかし、これは間違いで、現在65歳まで生きている人だけで、残りあと何年生きるのか、すなわち平均余命を考えると、寿命は24.91年間となります。つまり、65歳まで生きた女性は、平均で89.91歳まで生きるのです。
現在65歳の男女が何歳まで生きるかというと、女性の場合、2人に1人が90歳まで長生きして、16人に1人は100歳まで長生きする時代なのです。
平均余命は予想外に伸びています。もっと早くに死んでしまうのではと予測していた方が、実際は25年も老後の生活が続くということになりかねません。高齢化によって、生存リスクが高まっているという現状を知っておくべきでしょう。
一般的に、私たちが年老いて体力と気力が落ちたと感じると、買い物したり、旅行に出たりする機会が減り、消費が落ちる傾向があります。
しかし、近年の高齢化社会の進展に伴って、高齢者の活動が活発化していると言われています。高齢になっても、消費の水準が落ちていないのです。消費が減らないとすると、若い頃から形成してきた資産がどんどん食いつぶされていきます。一方で、公的年金は財政悪化により、支給額がどんどん減らされています。
これらの変化の結果、高齢者のお金が不足し、当初設定していたゴールにたどり着けない可能性が高くなっていると言えるでしょう。つまり、わが国の経済および社会の構造が大きく変わり、従来のような資産形成だけではゴールを実現できない時代がやって来たこということなのです。
潤沢な個人金融資産
我が国の金融資産について、「資金循環統計」によれば、令和3年(2022年)の12月末の個人金融資産残高は、2,023兆円(前期比4.5%増加)となりました。
中でも現預金が個人金融資産に占める割合は54%と依然として高水準になっています。一方、投資信託は、増加率こそ高いものの、個人金融資産に占める割合は4.7%と極めて低い水準です。
このように、日本人は金融資産への投資を行わず、現預金として貯蓄する傾向にあるようです。そして、このような現金・預金を誰が持っているかというと、中高齢者です。すなわち、金融資産の8割が、50歳以上のシニア世代によって保有されていると言われています。
令和4年総務省の家計調査報告(貯蓄・負債編)によれば、世帯主が50 歳以上の各年齢階級では貯蓄超過で、60~69 歳の世帯の純貯蓄額は2,323万円と最も多くなっています。一方で、50 歳未満の世帯では負債超過となっています。
貯蓄から負債を差し引いた純貯蓄を見ると、以下のとおり、50代からプラスに転じているということになります。
世代 | 40歳未満 | 40~49歳 | 50~59歳 | 60~69歳 | 70歳以上 | 平均 |
純貯蓄 単位:万円 | ▲640 | ▲38 | 1,154 | 2,323 | 2,232 | 1,313 |
負債超過 | 負債超過 | 貯蓄超過 | 貯蓄超過 | 貯蓄超過 |
30~40代には、働いて稼いだ所得が住宅資金や子育て・教育資金に充てられます。それゆえ、教育と住宅ローンへの支出が終わり、退職金を受け取る60歳前後になって、やっと金融資産を獲得することになるのでしょう。
また、相続が発生することによって、80~90代の被相続人から、50~60代に相続人に資産承継が行われ、それによって金融資産を取得しているはずです。
つまり、わが国の資産形成は、長期間にわたって少しずつ形成していくのではなく、退職金の受取り、遺産の相続、生命保険の満期保険金の受取りなど、50代後半から60代の短期間で金融資産を集中的に受け取ることによって一気に形成することが一般的になっているのです。
働き盛りの若い頃は、住宅ローンの返済と子どもの授業料や塾代の支払い教育費に追われ、投資に対する知識と経験が不足したまま50代後半へと歳を重ねていきます。そして、いざ多額の金融資産を取得したとしても、どのように増やせばよいのか分からず、老後資金の確保のために、銀行預金という安全性を重視した資産運用が行われていると解釈することもできます。
富裕層とそうではない方との格差の拡大
2,000兆円を超える金融資産を持つ日本人と言いますと、単純に日本人がお金持ちになったように聞こえます。本当にそうなのでしょうか。
我が国の家計の金融資産2,000兆円を、日本人の人口である1億2,507万人(2022年4月)で除してみると、日本人1人あたり金融資産は、約1,600万円となります。しかし、現実の話として、1,600万円の金融資産を持っている方は少数派ではないでしょうか。
また、金融資産の内訳は、現預金が前年比2.8%増加の1,102兆円、株式は5.8%減少の199兆円、投資信託は0.2%減少の86兆円でした。
また、2021年に金融広報中央委員会が公表した「家計の金融行動に関する世論調査」によれば、一人暮らしの方で「貯蓄ゼロ」と答えた人の割合は、20代で43.2%、30代で31.1%、40代で35.5%、50代で41.0%、60代で29.4%となっています。つまり、60代で約3割の方は貯蓄がまったくない状態なのです。公的年金がもらえますが、老後の生活費は不足するでしょう。
これらの状況を総合的に勘案すると、我が国は、米国と同様に、富裕層は資産運用でその資産をさらに増やし、そうではない人はもっと貧しくなっていく可能性があると言えそうです。