情報システム受託開発業界のM&A(買収・売却)と企業価値評価

システム開発

近年、情報システム受託開発業界のM&Aが増えている。ここでは、情報システム受託開発業界の市場動向やビジネスモデル、M&Aの買い手側によるデュー・ディリジェンスにおける注意点、企業価値評価(株価算定)で使う数値(マルチプルなど)について説明する。これらから、情報システム受託開発業界においてM&Aを成功させるためのポイントについて考えてみよう。

目次

M&Aの多い情報システム受託開発業界の現状

情報システム受託開発業界の全体像を理解するために、市場動向や経営環境、ビジネスモデル、M&Aの買い手候補となる同業他社について説明する。

情報システム受託開発業界の市場動向・経営環境

情報システム受託開発業は、特定のユーザーからの委託に基づき、オーダーメードの情報システムの設計や開発業務を行う情報処理サービス業のことをいう。

このうち、情報システムの企画から構築、運用までのサービスを一括して受託する事業者のことをシステム・インテグレーター(SIer)と呼ぶ。付随業務として、コンピューターを用いた計算、データ入力、情報システムの管理運用受託、パッケージソフトウェアの開発などがある。

情報システム受託開発業界の特徴は、元請けシステム・インテグレーターを頂点としたピラミッド構造を形成していることです。下請け業者への外注が行われ、ゼネコンを頂点とする建設業界と似たような労働集約的なピラミッドです。メーカー系列、ユーザー系列、独立系列など様々なピラミッドがある。

下請けピラミッドの底辺では、受注単価は元請け単価の3分の1程度まで低下していることが多く、下層になるにしたがって収益性が低下する。

経済産業省「特定サービス産業動態統計調査」によれば、情報システム受託開発業界の国内市場は、2006年の10兆9千億円から2017年の11兆3千億円と増加傾向にある。

情報システム受託開発業界のビジネスモデル

情報システム受託開発業のビジネスモデルは、調査・分析からはじまり、設計(要件定義、システム設計、プログラム設計)、開発(プログラミング)、テスト、そして保守・運用というプロセスで進められる。

取引形態には、請負と派遣がある。請負は、ユーザーまたは元請けから委託された情報システムの開発を納期までに完了させるというものである。一方の派遣は、ユーザーまたは元請けの現場に従業員を派遣して働かせるというものである。

情報システム受託開発業界M&Aで買い手候補となる企業

情報システム受託開発業の事業承継を目的としたM&Aであっても、買い手候補は上場企業や大企業が中心になると考えられる。この業界では、以下のような大企業が中心となって業界再編を進めていくことが想定される。

NSD、日本システムウエア、TDCソフト、ジャステック、フォーカスシステムズ、ヴィンクス、Minoriソリューションズ、コア、CIJ、アイ・エス・ビー、日本システム技術、電算、インフォコム、東邦システムサイエンス、クロスキャット、ソルクシーズ、さくらケーシーエス、キーウェアソリューションズ、SIG、アイエックス・ナレッジ、菱友システムズ、エヌアイデイ、両毛システムズ、クエスト、ソーバル、パシフィックシステム、ディ・アイ・システム、カイカ、システムズ・デザイン、データリンクス、大和コンピュータ、データ・アプリケーション、ソフィアホールディングス、KYCOMホールディングスである。

情報システム受託開発業界M&Aで売却する売り手のメリット

安定している大手企業にM&Aで情報システム受託開発業を承継することで、従業員の雇用を維持し、事業のさらなる成長を実現することができる。また、得意先であるユーザーや元請けシステム・インテグレーターは、重要な開発業者(下請け業者)との取引を継続することができることに加え、下請け業者との関係を継続することができる。

また、小規模事業者が単独では難しかったAI・クラウド・IT投資による技術開発よって、情報システム受託開発業の高度化を実現することができる。結果として生産性が向上すれば、従業員の給与水準をアップさせることができるだろう。

さらに、買い手企業が大企業であれば、事業規模の拡大による生産性向上、人材採用コスト、広告宣伝費、本社経費を削減し、M&Aによるシナジー効果を得ることができる。

以上のようなシナジー効果が期待され、買い手候補にとって魅力的な事業であれば、売り手側の経営者は、高い売却価格を実現することができ、引退した後のライフプランを充実したものとすることができる。

情報システム受託開発業界M&Aで買収する買い手の注意点

情報システム受託開発業界で買収を行う際、デュー・ディリジェンスにて調査すべき経営資源や注意点を説明する。

情報システム受託開発業の買収デュー・ディリジェンスにおける注意点

情報システム受託開発業では、プログラムやデータなど情報という無形資産を取り扱うため、情報セキュリティの確保が重要となる。従業員の退職の際に他社へプログラムを持ち出されることは深刻な問題となる。事務所内の情報セキュリティ管理体制を調査することは不可欠だろう。

従業員の能力と経験は、会社全体の収益性に結びつくため、主たる従業員には個別に面接を行い、その能力を評価することが必要だろう。

システム・インテグレーターのような同業者から下請けを行う場合、月末締め翌月末回収で収入を得ることができるため、資金繰りに問題は生じない。

一方、システム・インテグレーターの場合、請負契約に基づき情報システム完成時の一括入金となることから、人件費の支出が先行し、多額の運転資金を必要とします。資金繰りの状況には注意が必要となる。計画していた作業量を実際に大幅に超過してしまい、赤字に陥るケースがあるため、プロジェクト管理機能を持つ管理者が必要となる。

情報システム受託開発業の事業性を評価する場合の注意点として、大口得意先との関係性の強さがある。情報システム受託開発業では、営業によって新規案件を獲得することが難しいため、既存の安定的な顧客基盤を継続させることができるかどうかがポイントとなる。

また、上場企業との取引を行う企業の場合、架空循環取引によって売上高を水増ししているケースがあるため、要注意である。取引実態をしっかりと把握しなければいけない。

情報システム受託開発業の買収で承継すべき経営資源

情報システム受託開発業では、従業員が基本となる経営資源です。情報システムの多様化や高度化に対応するために能力の高いIT人材の確保や育成が重要であり、これらの人的資源を確実に承継しなければいけない。

また、下請け企業であれば、元請けシステム・インテグレーターとの継続的な関係性が経営資源となる。特定の大口固定の顧客(ユーザーや元請け)に対する売上に依存していることが多く、その契約が切れてしまうと、事業の存続が危うくなってしまう。大口顧客との取引基本契約は確実に承継しなければいけない。

無形資源は、事業承継によって喪失されることが多いため、情報システム受託開発業のM&Aを行う場合は、顧客関係の引継ぎに時間と労力をかけるなど、無形資産の承継を丁寧に行うことが重要だろう。

情報システム受託開発業を買収するときの企業価値評価(株価算定)

情報システム受託開発業のM&Aにおける企業価値評価(株価算定)を行う際に活用することができる財務数値は、以下の通りとなっている。

情報システム受託開発業の評価で使う資本コストとマルチプル

まず、TKC経営指標(2018年度)によれば、情報処理サービス業の収益性について、売上高成長率は約▲7.2%です。また、粗利率は42.1%、営業利益率は1.8%となっている。生産性について、1人当たり売上高は892万円、1人当たり人件費は433万円となっている。

また、受託開発ソフトウェア業の収益性について、売上高成長率は約4.4%である。また、粗利率は50.5%、営業利益率は3.8%となっている。生産性について、1人当たり売上高は1,119万円、1人当たり人件費は533万円となっている。

次に、2020年8月現在の開示情報および市場株価によれば、情報システム受託開発業のマルチプル(倍率)について、PBR倍率は1.5~1.7倍、PER倍率は15~20倍、EBITDA/企業価値倍率は6~7倍となっている。

さらに、筆者が推計する情報システム受託開発業の株主資本コストは9%が妥当であると考える。これは、この類似上場企業のROICが8~9%であることを考慮しつつ、類似上場企業のベータ値が0.7~0.8であること、ヒストリカル・マーケット・リスク・プレミアム(1950年代~2020年)が7%~9%であることを前提にして、小規模リスク・プレミアムを加算して推計している。

情報システム受託開発業の類似上場企業比較法で採用すべき企業の例

情報システム受託開発業を評価する類似上場企業比較法で採用すべき上場企業として、ジャステック(9717)、フォーカスシステムズ(4662)、コア(2359)、CIJ(4826)、アイ・エス・ビー(9702)、電算(3640)、東邦システムサイエンス(4333)、クロスキャット(2307)、ソルクシーズ(4284)、さくらケーシーエス(4761)、キーウェアソリューションズ(3799)、アイエックス・ナレッジ(9753)、エヌアイデイ(2349)、両毛システムズ(9691)、クエスト(2332)、パシフィックシステム(3847)、システムズ・デザイン(3766)が挙げられる。

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この記事を書いた人

公認会計士/税理士/宅地建物取引士/中小企業診断士/行政書士/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)
平成28年経済産業省「事業承継ガイドライン委員会」委員、令和2年度日本公認会計士協会中小企業施策研究調査会「事業承継支援専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」代表幹事。
一橋大学大学院修了。監査法人にて会計監査及び財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、三菱UFJ銀行ウェルスマネジメント・コンサルティング部、みずほ証券投資銀行部門、メリルリンチ日本証券プリンシパル・インベストメント部門に在籍し、中小企業の事業承継から上場企業のM&Aまで、100件を超える事業承継のアドバイスを行った。現在は税理士として相続税申告を行っている。

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