個別不動産ではなく、不動産を持つ会社を売買する!「不動産M&A」とは?

不動産M&A
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「不動産M&A」という手法を考えてみたい

銀座や赤坂などの一等地を見ると、歴史と伝統ある会社がたくさんあります。「百年企業」という宣伝もありますように、長く続いている老舗企業はとても立派に見えます。

しかし、その内情は、何度も相続を重ね、多数の分散した株主の間で意見の調整が困難となっているケースが少なくありません。

特に、土地の含み益が大きな会社では、株主間の利害、株主と経営者との間の利害が対立します。このような会社の現実から、多額の含み益を持つ不動産を抱えた会社が売却(M&A)されるケースが出てきます。

会社が単純に土地を売却すれば法人税等が約30%、その受け取り代金を株主に分配すれば、株主には所得税等が約50%課されます。単純に言えば、土地の売却益に対して株主の手取り金額は、約35%になってしまいます。

これに対して、不動産M&Aは、オーナー個人が株式を売却することですから、株式売却益に対して税金は20%です。

この税負担の有利さが、不動産M&Aを生み出しています。ただし、不動産M&Aは、簡単ではありません。高度な知識と手続きを必要とするからです。

「不動産M&A」が注目されるのはなぜか?

近年、首都圏を中心に不動産価格の上昇が続いています。個人も企業も都心回帰が進み、都心の不動産の需要が高まっているからです。

特に、投資家から集めたお金を不動産に投資して利益を分配する不動産投資信託の販売が増えてきたため、こうした不動産ファンドが、都心の不動産の有力な買い手となっています。

このほかにも不動産ディベロッパー、機関投資家、富裕層の個人投資家など、都心の土地や賃貸ビル・賃貸マンションといった収益物件の買い手の需要は、大きくなる一方です。

これに対して、都心の不動産の供給は増えていません。主要な地域の再開発が進み、新たな不動産開発は頭打ちとなっているようです。

この点、都心には、昔からビジネスを続けてきた非上場企業や老舗企業のビルや店舗がたくさんあります。浅草の料亭、上野のお菓子屋さんなど、100年を超える歴史を持ち、二代、三代にわたって続いてきた長寿企業や老舗店舗です。

不動産M&Aは、こうした歴史ある企業や老舗店舗の廃業に伴う問題を解決する一つの手法です。不動産業者にとっては、都心の一等地に残された不動産を売買・仲介・開発・運用するという機会が得られます。M&Aには、取引スキーム構築や条件交渉において特別なM&Aノウハウが必要ですが、取引が実現すれば、売り手にも買い手にもメリットの大きな取引となります。

長寿企業や老舗店舗は本社ビルを建てている

都心の一等地で長年にわたって事業を営んできた長寿企業や老舗店舗は、多かれ少なかれ事業承継の問題を抱えています。会社が設立されて50年以上経過すると、すでに先代経営者は亡くなり、後継者による経営となっています。

しかし、創業者がどんなに頑張っても、企業には寿命があります。事業は社会の環境変化に適合しなければ、生き残ることができせん。そして、相続が起きるたびに株主が多くなり、株主間の人間関係が複雑になってきます。

長年の間に、会社が店舗や事務所などの不動産を取得しているケースが多いでしょう。本業の利益で稼いだ内部留保は不動産につぎこまれ、会社の財産がほとんど不動産になっています。

昔、創業時に土地を取得し、建物を建てたので、帳簿上の取得価額はゼロに近い状態でしょう。後継者の多くが、土地の有効活用のために本社ビルを建て、その1階で店舗や事務所を営み、上層階を賃貸しています。最上階にオーナーの住居を構えている例もよくあります。実際に、都心市街地や目抜き通りを眺めれば、このようなビルがたくさん立ち並んでいます。

不動産を所有する非上場会社は将来どうなる?

大きな不動産を所有する非上場会社は、不動産M&Aの対象になりうるのでしょうか。個人で不動産を直接所有していれば、相続が発生するたびに遺産分割と相続税の納税で切り売りされてしまいます。それゆえ、オーナー企業の多くは、法人化して会社で不動産を所有するケースが多く見られます。

非上場株式の相続税評価は低くなります。相続税対策の観点からは、不動産の法人化は正しい選択肢です。

しかし、株主が増えるにつれ、後継者争いが起こります。ビル経営を巡る意見も分かれるでしょう。親戚や兄弟の共同経営は、他人同士とは異なる利害と感情の対立を生み、時には大喧嘩が発生します。

不動産を会社に所有させるとはいえ、一等地の不動産を所有していれば、その含み益によって株式の相続税評価が高くなるケースもあります。しかし、非上場株式は、現金化することができません。

不動産M&Aの売り手のメリット

都心一等地の不動産を所有してきた長寿企業や老舗店舗は、有名な事業のオーナーであるというプライドがあります。業績が悪化したからといって不動産賃貸業に転身し、賃貸経営を本格的に開始するなど簡単に決断できるものではありません。

それゆえ、本社ビルが放置されているのです。もともと不動産賃貸業を専門としていたわけではありませんから、資産価値の高い不動産を所有しながらも、収益性が低くなっているケースが多く見られます。

それにもかかわらず、親族による共同経営で意見がまとまらず、ビル建替えや土地有効活用、賃貸の管理運営などについて抜本的な改善策を打つことができず、不動産の収益性の向上を図ることができません。

そうした理由から、非上場会社の所有する不動産の多くが、資産価値(相続税評価)は高いが、収益性が低く、オーナー個人にとっての資産価値が最大化されていない状況にあります。

これは買い手から見れば、賃貸経営のやり方次第では、資産価値を高める余地がある不動産となり、狙い目なのです。

この点、「会社が不動産を売却し、その代金を株主に配当して会社を解散すればいい。」という考え方もあります。しかし、これは売り手の税負担を重くしてしまいます。

会社が不動産を売却すると売却益に約30%の法人税等が課されます。会社から株主へ配当すれば、所得税等などで最高50%が消えてしまいます。仮に不動産の売却益が20億円とした場合、計算すると、法人税を支払った後は、14億円(=20億円×(1-30%))です。そして、株主の手取り額は、7億円(=14億円×(1-50%))です。売却価格の半値以下の手取り額となり、これでは株主の合意を得ることはできません。

しかし、不動産M&Aならば、株主の手取りは増えます。株式譲渡で会社を丸ごと売却する場合、仮に会社の株式売却益を20億円とすると、株主は20%の所得税等の課税で済むのです。すなわち、株主の手取り額は、16億円(=20億円×(1-20%))となります。会社が不動産を売却した後に会社清算するよりも手取り額は大きくなるため、税務上のメリットを得ることができます。

不動産M&Aの買い手のメリット

不動産M&Aの買い手にとってのメリットは、入手困難な都心一等地の物件を取得することができることです。そこから、売買仲介、賃貸管理、土地活用など、さまざまな不動産ビジネスが発生します。

老舗企業の本社ビルは、もともと資産価値に対して十分な利益をあげていなかった不動産です。プロの手によって資産価値を高めることができれば、十分な利益を上げることができるでしょう。

一方で、不動産M&Aのデメリットとして、会社ごと購入するリスクがあります。買収する際には、株主間の関係、会社と従業員との関係など、複雑な利害関係を解きほぐしていかなければならず、たいへんな手間がかかります。また、製品保証や製造物責任、残業代未払い、土壌汚染、過去の税務申告に係る租税債務など、見えないリスクが存在しています。

売買の対象は不動産ではなく会社ですから、不動産だけでなく会社に帰属する債務が丸ごと承継されます。見えるリスクだけであればいいのですが、見えないリスク(潜在的な債務、偶発的な債務)があります。

それゆえ、リスクヘッジのためにも株式譲渡契約書の内容は、弁護士による十分なチェックが必要です。これらのリスク要因をカバーするように、表明保証などで手当し、交渉を進めなければなりません。

しかし、買い手がリスクばかり気にしているようでは、都心部の優良な不動産を他社に先駆けて取得することはできません。

ここは、法務デュー・ディリジェンスや財務デュー・ディリジェンスで、リスク要因をすべて明らかにすることです。潜在的な債務、偶発的な債務を洗い出すことができれば、株式譲渡契約書において法的にカバーすることができるのです。

リスクを引受けなければ、リターンを最大限させることはできません。買い手は、リスクとリターンの両面から検討して、不動産M&Aを進めていく必要があります。

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この記事を書いた人

公認会計士/税理士/宅地建物取引士/中小企業診断士/行政書士/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)
平成28年経済産業省「事業承継ガイドライン委員会」委員、令和2年度日本公認会計士協会中小企業施策研究調査会「事業承継支援専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」代表幹事。
一橋大学大学院修了。監査法人にて会計監査及び財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、三菱UFJ銀行ウェルスマネジメント・コンサルティング部、みずほ証券投資銀行部門、メリルリンチ日本証券プリンシパル・インベストメント部門に在籍し、中小企業の事業承継から上場企業のM&Aまで、100件を超える事業承継のアドバイスを行った。現在は税理士として相続税申告を行っている。

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