自社株式の買取りによる納税資金の調達

後継者

優良企業の創業家なのに、相続財産に現金が無い!といった事態が発生することがあります。自社株式の評価額が高いと相続税が重くなるからです。後継者はどのように納税資金を用意すべきでしょうか。今回は、会社で貯めた資金を受け取る方法をご紹介します。

目次

自社株式の相続税を支払う納税資金が無いときどうする?

会社の経営者の方々には、意外と質素倹約される方が多く、事業で儲けたお金を会社にためておき、役員報酬をあまり取らない方がいます。

実は、儲かる会社の経営者は、それなりに高額の報酬を取らないと、後から困った事態が発生するのです。

会社が利益を獲得すると、貸借対照表の純資産が増加し、自社株式の相続税評価額が高まります。その一方で役員報酬を抑えていますと、個人の手元現金は増えていきません。現金は増えないけれども、株価は上昇を続ける、そんな状況になります。

一方、会社には事業承継というイベントがやってきます。現経営者が生きているうちに後継者へ自社株式を贈与することもあれば、相続のタイミングで自社株式を相続することもあるでしょう。

いずれにせよ、事業承継の基本は、現経営者の所有する自社株式を後継者に渡してあげることです。子どもが複数いる場合、後継者ではない子どもたちに自社株式をバラまくのは好ましくありません。会社経営を担う後継者である子どもに、支配権を確保させるに足る十分な自社株式を取得させてあげましょう。

もちろん、相続というイベントは平等な遺産分割を求められますので、他の子どもたちに対して自社株式以外の財産を承継させことも考えなければいけません。不動産や銀行預金などでしょう。

自社株式を相続する後継者には納税資金が相続されない

後継者である子どもに自社株式を、後継者ではない子どもたちに不動産や銀行預金を相続させるとしましょう。

非上場企業の自社株式には換金性がありません。しかし、株式評価額が高いとすれば、相続税の納税に多額の現金を必要とします。株式評価額が高ければ高いほどより多くの現金が必要となります。後継者に手元現金が無いとすれば、どうすればよいでしょうか。

後継者の資金調達方法としては、会社から先代経営者の死亡退職金を受け取る方法、会社から借入れを行う方法と、自社株式を会社に売却する方法の3つがあります。

非上場株式は、上場株式のように証券取引所で売却して現金化できるものでなく、また、現金の代わりに物納するにも不適格な資産であるため、納税に使うことができません。それゆえ、会社に貯め込んでいる現金を個人が吸い上げるしかないのです。

この方法として、会社が後継者に資金を貸し付けても構いません。しかし、後継者が個人で返済する見通しが立ちませんから、そのような貸借関係を作りたくはないでしょう。

死亡退職金を支給する社内規定があれば、それを活用すればよいでしょう。先代経営者の死亡退職金を後継者の納税資金に充当するのです。死亡退職金で死亡後3年以内に支払いが確定したものは、相続財産とみなして相続税の課税対象とされますが、「500万円×法定相続人の数」という非課税枠があるため、税務上有利な取り扱いがあります。ただし、役員退職金には会社の損金算入限度額があるため、無制限に高額の退職金を支給できるわけではありません。

そこで、会社に対して自社株式を売却すること、逆から見れば、会社が自己株式を取得すること、いわゆる「金庫株」を活用するのです。

自社株式の買取りで納税資金を渡すならば相続時に

通常、自社株式を会社に譲渡した場合には、資本金等の額を超える部分(=譲渡価額-資本金等の金額)については、「みなし配当」として総合課税され、所得税等の負担が重くなります。すなわち、配当所得となる「みなし配当」には最高税率55%(配当控除適用後48.6%)が適用されます。

しかし、相続のタイミングで自社株式を会社へ譲渡するならば、税務上有利な特例の適用があるのです。

すなわち、相続によって取得した自社株式を3年以内に会社へ譲渡すれば、申告分離課税による税率20%済ませることができるのです。ここでは「みなし配当」による総合課税の適用はなく、所得税等の負担が軽くなります。

加えて、もう一つ有利な特例の適用があります。取得費加算の特例というものです。

相続のタイミングで自社株式を譲渡する場合、相続税の課税価格に対応する相続税額を譲渡所得の取得費に加算することができるのです。その結果、加算した分だけ譲渡益が小さくなるため(譲渡所得が小さくなるため)、所得税等の負担は軽くなります。

このように、相続発生時における自社株式の会社への譲渡は、税率の低減と所得の減額という2つの特例によって、税務上有利な取扱いとなっているのです。相続税の納税資金が足りない場合には、この方法を積極的に活用すべきでしょう。

自社株式に係る納税資金を会社で貯めるにはどうすべきか

死亡退職金に支払うにせよ、自社株式の買取りを行うにせよ、会社側では、その支払いのための財源が必要で、その資金を準備する必要があります。

そのような資金を貯める手段として効果的なのは、会社を契約者、経営者を被保険者、会社を受取人とする法人契約の生命保険です。経営者が死亡した際に、死亡保険金を受け取るために、生命保険に加入しておくということです。会社に入ってくる死亡保険金を原資として、死亡退職金を支払ったり、自社株式を買取ったりすることができます。

自社株式の買取りの注意点

税務上有利になる自社株式の買取りですが、注意点もあります。ここで注意しなければならないのは、会社が自社株式を買取ることによって、株主の議決権割合が変化することです。

会社が自社株式を買い取った結果として、会社が自己株式を所有することになります。つまり、後継者の議決権が少なくなります。せっかく支配権を確保した後継者の議決権が低下し、少数株主の議決権割合を高めてしまうこととなります。

また、会社自身の資金繰りに十分配慮することにも注意が必要です。自社株買いによって会社から多額の資金が流出します。事業承継を行う際には、オーナー交代による一時的な信用力の低下も発生することでしょう。これらに起因して会社のキャッシュ・フローが悪化することもあるため、十分注意しなければなりません。

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この記事を書いた人

公認会計士/税理士/宅地建物取引士/中小企業診断士/行政書士/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)
平成28年経済産業省「事業承継ガイドライン委員会」委員、令和2年度日本公認会計士協会中小企業施策研究調査会「事業承継支援専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」代表幹事。
一橋大学大学院修了。監査法人にて会計監査及び財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、三菱UFJ銀行ウェルスマネジメント・コンサルティング部、みずほ証券投資銀行部門、メリルリンチ日本証券プリンシパル・インベストメント部門に在籍し、中小企業の事業承継から上場企業のM&Aまで、100件を超える事業承継のアドバイスを行った。現在は税理士として相続税申告を行っている。

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