事業承継対策の真実:後継者選定と自社株式の相続対策

目次

事業承継では何を承継するのか

事業承継は、単に事業を次の世代に渡すこと以上の意味を持ちます。このプロセスには、経営者としての地位の譲渡と、経営理念、会社の強み・弱み、社長が築いた信頼の継承が含まれます。経営者としての地位を渡すとは、社長が後継者に経営の全責任を引継ぐことを意味します。現社長がリタイアするか、会長として後継者を支援するかにかかわらず、後継者は経営の決定権を持つことになります。

経営理念の理解と、会社の強み・弱みの把握は、後継者が経営者として成功するために不可欠です。この理解を深めることで、後継者は会社の現状を正しく評価し、将来の発展に向けた戦略を立てることができます。

自社株式を承継する意義

自社株式の承継には、会社の財産所有と重要事項の決定という二つの側面があります。後継者に自社株を渡すことは、不動産、機械設備、現預金、商品、借入金など会社の財産全体を引き継ぐことを意味します。また、株主総会での重要な決議に影響を与え、経営方針を定める権利も後継者に移ります。これにより、後継者は会社の未来を形作る重要な役割を担うことになります。

事業承継対策を節税と考える誤解

事業承継対策は、社長の地位と自社株式の承継に関する問題点を検討することですが、しばしば税金の話だと混同されます。税負担を軽くすることは事業承継対策の一部ですが、最も重要なのは、後継者が経営を安定して行えるように経営体制や株主構成を整えることです。後継者の選定と育成、経営体制の見直し、自社株の承継方法の検討などが、事業承継対策の重要な要素です。

また、法人契約の生命保険に加入することを事業承継対策として提案されることがあります。これは、退職金を蓄積するための方法であり、社長交代後の老後資金の準備を目的とします。また、この際に節税提案もなされることがあります。しかし、これらの提案が事業承継対策そのものであると誤解しないように注意が必要です。実際には、これらは事業承継のための準備の一環として考慮されるべき一部に過ぎません。

事業承継対策と相続対策の違い

事業承継対策と相続対策は、それぞれ異なる目的と焦点を持つ重要な計画です。事業承継対策は主に会社の経営の継続性と発展を目指し、会社の将来の指導者を選定し、適切に育成することに焦点を当てています。これは、会社が安定して繁栄を続けるために、適切な後継者に経営の権限を移すプロセスを含みます。

一方、相続対策は、社長個人の財産とその分配に関わる問題に焦点を当てています。これには、社長が持っている財産の分割と、相続税負担の軽減が含まれます。

これらは、自社株式の承継手続きにおいて関連しています。例えば、もし社長が相続を通じて自社株式を後継者に渡す場合、相続税の納税資金の確保や公平な遺産分割が重要な課題となります。これは、社長の個人財産全体の評価額が大きい場合、特に複雑な問題になる可能性があります。

後継者の選定の基準

後継者に渡すものは、大きく分けて代表者の地位と自社株式です。これらは、単なる物理的な資産ではなく、経営の本質を象徴するものです。これらを「いつ」「誰に」「どのように」渡すかは、会社の将来に直結する重大な決定です。

代表者の地位と自社株式を同時に、または別々のタイミングで渡すか、それぞれ異なる人物に渡すかも含め、慎重に検討する必要があります。

後継者を選定する際、最も重要なのは、その候補者が社長としての「意思」「覚悟」「適性」を有しているかどうかです。特に親族内での選定の場合、感情に流されることなく、客観的な評価が求められます。後継者が親族外の場合、会社の文化や価値観をどれだけ理解し承継できるかが重要になります。

誰に自社株式を承継するか

自社株式の承継は、会社の未来に大きく影響します。株式の所有は経営の意思決定に直結するため、後継者は適切な株式数を持つことが重要です。また、経営に直接関与しない親族への株式の分配も慎重に検討が必要です。株式が分散して会社の安定経営を妨げないように配慮することが求められます。

相続対策と事業承継のバランス

事業承継計画は、単に会社を次の世代に渡すだけではなく、家族内の相続問題にも深く関わります。相続人が公平な財産分配を受けられるように配慮することは、家族内の不和を避け、スムーズな承継を実現する上で非常に重要です。社長は、法定相続人に対して説明責任を果たし、相続における将来的なトラブルを未然に防ぐためにも、事業承継と相続計画を密接に連携させる必要があります。

後継者育成の必要性

後継者の育成は、事業承継の成功において不可欠な要素です。後継者には、単に経営の技術を習得するだけでなく、会社の哲学や文化を理解し、それを継承することが求められます。経営のノウハウ、財務管理、従業員とのコミュニケーション能力など、多岐にわたるスキルを身に付けさせることが必要です。

後継者に代表者の地位を渡すということは、後継者に経営理念や会社の強み・弱みを理解させ、社内外から得た信用を引き継ぐことで、一人前の経営者として成長させることを意味します。後継者は、社長になると目先の利益だけでなく、長期的な視点で経営判断を行う必要があります。その際の判断の拠り所となるのは先代経営者たちの経営理念や蓄積してきた経営資源です。これらを理解させるために必要な期間は後継者の能力にもよりますので、早めに計画を立て、実行することが事業承継対策の中で重要となります。

後継者候補を決めたら、その人が修行を積む場所を決める必要があります。後継者候補がまだ学生の場合、社内で育てるか、社外で経験を積ませるかを選択する必要があります。社外での経験は、後継者候補が社会の厳しさを味わう良い機会となります。

社内での育成の場合、能力に応じて計画を立てることが大切です。例えば、社外で営業、経理、企画などの経験を積んだ後継者候補には、それらのスキルを生かして、別のセクションで修行を積ませることが効果的です。これにより、後継者は会社全体の業務を広く理解し、経営者として必要な視野を養うことができます。

事業承継税制の適用

事業承継税制とは、中小企業経営承継円滑化法に基づく納税猶予制度のことです。納税猶予制度は、自社株を後継者に贈与または相続する際に、贈与税や相続税の負担を軽減する制度です。特に事業承継の際に有効であり、多くの中小企業経営者の税負担を軽減します。

この制度を利用するためには、いくつかの要件を満たす必要があります。例えば、後継者が経営に関与していること、贈与または相続される株式が一定の割合を満たしていることなどが条件です。また、制度の適用を受けた後は、定期的に経過報告を行う義務があります。

この制度の最大の利点は、後継者に税負担をゼロとして、スムーズな事業承継を可能にする点にあります。特に、株式評価額が高くなっている企業の場合、相続や贈与による税負担が大きくなるため、この制度は大きなメリットを提供します。

しかし、この制度は複雑な要件が多く、適用後も継続的な管理が求められます。そのため、制度の詳細を理解し、税理士の助言を受けることが重要です。また、税制が変更される可能性もあるため、常に最新の情報を把握することが求められます。

株式評価額の引下げ

事業承継対策は、必ずしも相続税対策と一致するわけではありませんが、事業承継における経営の承継と自社株式の承継方法が決まった後に、自社株式を含めて社長の個人財産の相続税対策を検討します。先に後継者を決めなければ、相続税対策を検討する意味がありません。

自社株を贈与や相続する際の税負担は、自社株式の評価額に大きく依存します。株式評価額が高ければ、それだけ税負担も大きくなります。このため、株式評価額の引下げは事業承継の際に重要な要素となります。

株式評価額を引下げる目的は、後継者に課される贈与税又は相続税の負担を軽減することです。ただし、このような対策は会社の長期的な健全性を損なわないよう、慎重に行う必要があります。

短期的な引下げ手段として、社長の退職金の支給があります。これは利益を減少させ、純資産を減らすことから、株式評価額を下げる効果があります。ただし、一時的な措置であるため、長期的な効果は限定的です。

また、長期的な引下げ手段として、会社による不動産の取得などがあります。不動産を購入することで、純資産の価値を変動させ、株式評価額を引下げることが可能です。しかし、この方法は借入金による資金繰り悪化や不動産価格の変動リスクなどを伴うため注意が必要です。

そして、社長の個人財産の観点から、自社株式の比率が高いことが多く、そのまま相続が発生すると、相続税の納税資金の不足や遺産分割の困難さが生じます。自社株式の承継だけでなく、自社株式以外の個人財産の相続まで含めて考えなければいけません。

いずれにせよ、株式評価額の引下げは、企業の長期的な経営戦略に影響を与える可能性があるため、短期的な利益だけでなく、長期的な企業価値の観点からも慎重に検討する必要があります。また、税制の改正に伴い、対策の有効性が変わることもあり得ますので、税理士から最新情報を得たうえで判断することが重要です。

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この記事を書いた人

公認会計士/税理士/宅地建物取引士/中小企業診断士/行政書士/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)
平成28年経済産業省「事業承継ガイドライン委員会」委員、令和2年度日本公認会計士協会中小企業施策研究調査会「事業承継支援専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」代表幹事。
一橋大学大学院修了。監査法人にて会計監査及び財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、三菱UFJ銀行ウェルスマネジメント・コンサルティング部、みずほ証券投資銀行部門、メリルリンチ日本証券プリンシパル・インベストメント部門に在籍し、中小企業の事業承継から上場企業のM&Aまで、100件を超える事業承継のアドバイスを行った。現在は税理士として相続税申告を行っている。

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