事業承継の課題と解決策:経営者の心理と後継者選びの難しさ

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事業承継への抵抗感と経営者の心理

事業承継は、多くの経営者にとって避けたいテーマの一つです。中小企業庁の報告によれば、70代、80代の経営者の中で、事業承継の準備が完了していると回答した企業は半数以下に留まっています。これは、経営者たちが自分の事業に対して深い愛着を持ち、それを手放すことへの抵抗感があるためです。自分が築き上げた事業を他人に託すことは、経営者にとっては、自分の人生の一部を手放すようなものです。彼らは、会社の業績を伸ばす計画を立て、それを達成する過程で得られる達成感を何よりも価値あるものと感じています。このような情熱が、事業承継を遠ざける大きな理由となっています。

経営者は、自分の仕事を楽しみ、それを通じて達成感を得ています。事業承継とは、彼らにとって自らの職業的アイデンティティと業績の源泉を他者に渡すことを意味するため、非常に難しい決断です。経営者が築き上げた事業は、彼らの人生そのものと言っても過言ではなく、その放棄は自己同一性の喪失を意味するため、多くの経営者がこの過程に苦悩します。

経営者のアイデンティティと社会的地位

多くの経営者にとって、自分のアイデンティティは「社長」という肩書きと密接に結びついています。社長の地位を失うことは、社内外での尊敬や影響力を失うことを意味し、これは多くの経営者にとって大きな恐怖です。これは、社長としての役割を退くことに伴う寂しさや不安をもたらします。これらの感情は、事業承継を避ける理由の一つとなっています。

この恐れは、彼らが社長としての地位にどれだけ強く執着しているかを示しています。経営者は、名刺や肩書きを通じて、社会的な尊敬と権威を享受してきました。これを失うことは、単に仕事を引退する以上の意味を持ちます。社長としての肩書きがなくなると、彼らは自分が社会的に無視されるのではないかと恐れます。このため、多くの経営者は、社長としての地位を手放すことに強い抵抗感を示します。

後継者選定の難しさ

後継者の選定は特に家族経営の企業において複雑です。経営者は、しばしば自分の子供を後継者として考えますが、これには多くの感情的な障害が伴います。子供に対しては、事業を継がせることで彼らの人生を縛り付けてしまうのではないかという罪悪感をおぼえます。

経営者が自分の子供を後継者として考える時、彼らは自分の夢や願望を子供に押し付けているのではないかという葛藤に直面します。一方で、子供が会社を継ぐことを望まない場合、経営者は失望や孤独を感じることがあります。さらに、彼らは自分が築き上げた企業を他の人に託すことに対しても不安を抱えています。これらの感情は、事業承継のプロセスをより困難なものにします。

銀行との関係の影響

経営者と銀行との関係は、事業承継の決定に大きな影響を与えます。経営者は、自分が築き上げた信用を後継者が維持できるかどうかについて疑問を抱いています。銀行からの信用は、多くの場合、個人的な関係に基づいており、後継者が同じレベルの信頼を得ることは容易ではありません。このため、経営者は後継者に事業を託すことに躊躇します。

後継者指名の失敗

事業承継の成功には、適切な後継者を決めることが不可欠です。経営者がこの重要な決断を明確に示さずに亡くなった場合、企業の未来は不確実性にさらされます。後継者がいない状態で社長が亡くなると、彼または彼女が心に決めていた人物を指名することが不可能になり、経営の継続が困難になります。

特に、社長の子供が複数いる場合、誰が後継者となるかを決定することは容易ではありません。社長が次男に後継者としての資質を見いだしていても、それを明確に伝えないと、適切な後継者選びは行えません。このような状況は、兄弟間の対立や不和を引き起こし、企業の安定性を損なう可能性があります。

子ども同士の内紛リスク

後継者が定まらない場合、特に家族経営の企業では兄弟間での対立や内紛が発生するリスクが高まります。このような内紛は、単なる家族の問題に留まらず、企業全体に影響を及ぼす深刻な問題です。兄弟間で意見が対立し、その結果として社内が分裂することもあります。これは企業の安定性や信用に悪影響を与え、ビジネスにおける長期的な成功を妨げる要因となります。

また、兄弟間の対立が深刻化すると、最悪の場合、会社が分割されることもあります。このような状況は、取引先や銀行に対しても不安を与え、企業としての信頼性を損なうことになります。取引先や銀行から見た場合、対立や分裂のある企業は、信頼できるビジネスパートナーとは見なされにくくなります。

取引先と銀行からの信用失墜:

社長が後継者を決定せずに亡くなると、取引先や銀行は新たな経営者に対する信頼を築く必要があります。未上場企業においては、取引先や銀行との関係は、社長個人のカリスマや人間性に大きく依存していることが多いです。そのため、後継者が確立されていない場合、これらの関係に悪影響を及ぼす可能性が高まります。

取引先や銀行が新しい経営者に対して不安を抱くと、支払い条件の見直しや融資条件の変更が行われることがあります。これは、企業の資金調達や流動性に直接的な影響を与え、ビジネスの成長に障害となり得ます。

突然の納税と資金繰りの悪化

社社長が亡くなると、相続税の問題が浮上します。特に未上場企業の場合、社長の資産の大部分は自社株や不動産で構成されていることが多く、これらの資産を相続することで高額な相続税が発生します。相続税の納税が必要になると、企業の資金繰りに重大な影響を及ぼすことになります。

特に、事業承継計画が不十分な場合、企業は突然の資金需要に直面し、資金繰りの問題を抱えることになります。このような状況は、企業の安定性を脅かし、新たな融資の獲得を困難にします。したがって、相続税の問題に対処するためにも、事前の計画が不可欠です。

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この記事を書いた人

公認会計士/税理士/宅地建物取引士/中小企業診断士/行政書士/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)
平成28年経済産業省「事業承継ガイドライン委員会」委員、令和2年度日本公認会計士協会中小企業施策研究調査会「事業承継支援専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」代表幹事。
一橋大学大学院修了。監査法人にて会計監査及び財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、三菱UFJ銀行ウェルスマネジメント・コンサルティング部、みずほ証券投資銀行部門、メリルリンチ日本証券プリンシパル・インベストメント部門に在籍し、中小企業の事業承継から上場企業のM&Aまで、100件を超える事業承継のアドバイスを行った。現在は税理士として相続税申告を行っている。

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