事業分離して廃業した後の事業承継税制

事業承継税制を適用した後、事業を別会社に譲渡してしまい、その会社を廃業させようとすることもあります。今回は、廃業後の事業承継税制の適用について解説します。

目次

事業承継税制とは何か

事業承継税制とは、会社の後継者が先代経営者などから自社株式などを取得した場合に、一定の要件を満たしているときは、贈与税や相続税の納税を猶予し、後継者(2代目)から次の後継者(3代目)に株式を承継した場合などに納税が免除される制度です。

この制度の適⽤を受けるためには、中小企業経営承継円滑化法に基づく都道府県知事の「認定」を受け、一定の要件を満たす必要があります。適用を受けると、取得した株式に係る贈与税又は相続税の100%が猶予されます。

これまで、後継者の重い税負担を理由として事業承継をためらうケースが多く見られました。そこで、税負担を軽減することで中小企業の事業承継を促進することを目的とし、2009年に事業承継税制が導入されたのです。2018年には特例措置が設けられ、税負担はゼロ円まで軽くなっています。

事業承継税制の認定を受けた後の要件

事業承継税制の適用を受けた後、納税猶予されていた相続税の免除を受けるためには、事業継続要件と株式継続保有要件を満たさなければなりません。後継者が死亡するか、次の後継者へ贈与すれば、これまで納税猶予されていた相続税は免除となります。

事業承継の後、5年間にわたって、以下のような事業継続要件を満たさなければいけません。すなわち、後継者が会社の代表者であり続けること、後継者が受け継いだ株式を保有し続けること(5年経過後も引き続き必要となります)、相続・贈与時の雇用人数の8割を維持することです。

この事業継続要件を満たすことができなくなれば、認定が取り消されることになります。認定が取り消され、納税が猶予されないとなれば、猶予されていた税額に加えて、利子税を一括で支払わなければなりません。

事業を分離した後の会社の事業承継税制

事業譲渡とは、株主が所有する株式ではなく、会社が持っている資産を譲渡する会社法上の手続きです。一般的に、不動産や金融資産・借入金だけ会社に残し、不動産以外の経営資源を譲渡する方法を採用します。

これは事業承継税制の取消事由に該当していませんから、実行することが可能です。しかし、後継者が株主であり、かつ代表を務めていた会社から、第三者が経営する別会社へ事業を譲渡した場合、事業承継税制の認定を受けていた会社の事業が存在しなくなってしまいます。

これによって、事業承継税制の認定を受けていた会社には不動産、金融資産や借入金だけが残され、不動産賃貸業に変更されることになります。既存の事業がいなくなったとしても、金融資産、不動産などで相当大きな価値が残されているはずであれば、事業承継税制を適用する意味は十分にあるはずです。しかし、これでは個人の資産管理会社ということになります。

資産管理会社となってしまうと、事業承継税制の適用を続けるにあたって、いくつか問題が出てきます。

一つは、雇用維持要件です。これは、5年間にわたって雇用する従業員数を8割維持できかった場合、都道府県にその理由を報告ならず、その原因が経営悪化である場合には、認定支援機関による指導助言の必要となります。今後、ジャニーズ事務所は、雇用する従業員数の8割を維持できないと思われますが、そのような場合であっても、報告書の提出と経営指導を受けるだけであれば、容易に対応することができます。

もう一つは、不動産賃貸業の廃業です。不動産賃貸業の赤字が続いた場合、最終的に廃業することになるかもしれません。廃業すると事業承継税制に係る認定が取り消されてしまい、多額の相続税を納付することになるため、問題となります。この場合、廃業時に低くなった株式評価額をもとに相続税額が再計算され、事業承継したときの相続税額との差額が減免されるのです。例えば、廃業時の株式評価額がゼロ円まで低下していたとすれば、相続税額はゼロとなり、事業承継税制を認定されたときの相続税額を支払う必要がなくなるということです。

最後に、資産保有型会社や資産運用型会社に該当してしまうことです。事業承継税制の認定を受けていた会社の持つ資産のほとんどが金融資産や賃貸用不動産となり、それらが総資産の7割を超えて事業の実態がなくなると、資産保有型会社または資産運用型会社に該当することになり、事業承継税制に係る認定が取り消しされることが問題となります。

この点、事業承継税制によれば、貸借対照表の資産のほとんどを金融資産や賃貸用不動産が占めている場合であっても、事業実態要件を満たしていれば、納税猶予を継続することができます。

事業実態要件とは、常時使用従業員を5人以上雇って事業所で働かせ、3年以上、商品販売、資産貸付又はサービス提供といった事業を営んでいることです。ここでの事業は、個人資産の管理を目的とするものでも構いません。従業員を雇入れ、自ら経営管理を行えばよいのです。

事業承継税制の認定を受けていた会社は、事業譲渡によって、金融資産や賃貸用不動産だけで総資産の7割を超えてしまう可能性があります。従業員も大幅に減ってしまうことになるでしょう。それでも、フルタイムで働く従業員数の雇用を5人以上維持することができれば、事業承継税制の適用を続けることができるのです。つまり、事業承継税制の認定を受けていた会社が、既存の事業を止めて不動産賃貸業に変わっても、猶予されていた相続税を支払うことはないのです。

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この記事を書いた人

公認会計士/税理士/宅地建物取引士/中小企業診断士/行政書士/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)
平成28年経済産業省「事業承継ガイドライン委員会」委員、令和2年度日本公認会計士協会中小企業施策研究調査会「事業承継支援専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」代表幹事。
一橋大学大学院修了。監査法人にて会計監査及び財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、三菱UFJ銀行ウェルスマネジメント・コンサルティング部、みずほ証券投資銀行部門、メリルリンチ日本証券プリンシパル・インベストメント部門に在籍し、中小企業の事業承継から上場企業のM&Aまで、100件を超える事業承継のアドバイスを行った。現在は税理士として相続税申告を行っている。

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