富裕層は海外移住すれば相続税はゼロとなるのか?

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タンス預金はマイナンバー対策たるか

マイナンバーの本格的運用が始まる前に隠し財産を作っておきたいと考える人や、生前贈与をこっそりやって相続税を減らしたいと考える人が、タンス預金に走っています。では、そもそもタンス預金にしていると税務当局に把握されずに済むのでしょうか?

国税庁の統計では、相続税の税務調査件数のうち、約80%もの事案で申告漏れが見つかり、追徴課税となっています。申告漏れでは、現預金や有価証券が半分を占めています。

現預金や有価証券は、一見隠しやすい財産に思えるかもしれませんが、相続人への質問、被相続人(故人)の所得税の申告書や個別財産の状況、金融機関への照会などを通じて、割と簡単に課税逃れが発覚してしまうようです。

勘違いしやすいのは、「マイナンバー制度で課税逃れが難しくなる」というのではなく、そもそも「マイナンバー制度が導入されなくても課税逃れは難しい」ということです。

むしろ、必ず見つかると心得ておいた方がいいかもしれません。財産を隠すようなことは考えない方が得策で、だからこそ贈与や相続で適切な対策をとっておく必要があるということなのです。

相続税対策の基本的な考え方

相続税対策の基本的な考え方は、「贈与による移転」と「評価額の引き下げ」です。

「贈与による移転」の方法としては、教育資金や結婚・子育て資金贈与、生命保険の非課税枠の活用などがありますが、何と言っても基本となる手段は、厳しい要件がなく資金使途に制限のない「暦年贈与」です。

「評価額の引き下げ」の方法としては、小規模宅地等の評価減の特例を適用できるようにすること、賃貸不動産の取得、自社株評価の引き下げ、資産管理会社の設立、などがあります。

なお、財産額によって有効な相続税対策は変わってきます。相続発生(死亡)まで20年以上見込める人(例えば健康な60代の方)で、財産額が3億円以下の場合は、暦年贈与と生命保険の加入で、相続税を概ねゼロに近づけることが可能です。

これに対して、3億円を超える財産になってくると、暦年贈与と生命保険だけでは節税効果に限界が出てきます。3億円を超える場合は、資産管理会社を設立して賃貸不動産を取得するなど、財産の評価を引き下げる方法を取る必要がでてきます。

相続税の導入は富裕層の狙い撃ち

相続税が課される理由については、「所得税を補完する機能」と「富の集中を排除する機能」があるとされています。特に後者の「富を集中させず、再分配すべき」という基本思想が強い国では、貧富の差の拡大を招かないよう世襲による富の承継が難しくなっています。

日本の相続税は、1905年に日露戦争の戦費調達を目的に導入されたのが始まりとされていますが、当時の制度が現在まで続いています。海外では相続税を廃止したり、そもそも存在しなかったりする国が少なくありませんが、日本の相続税は、OECD(経済協力開発機構)諸国で最も高い税率となっています。

アジアの諸外国などでは、相続税が存在しないことを売りに、海外の富裕層を自国に招き入れたいとの思惑がある一方で、日本は持つ者から取る方向に舵を切ったと言えます。日本は、財を築いても次の世代に財を残すのが最も難しい国なのです。

日本の相続税は、基礎控除額が「3000万円+600万円×法定相続人数」であり、財産額が概ね4~5千万円以上の人に申告義務が生じることになります。

例えば首都圏では、亡くなった人全体のうち半分近くが相続税の申告対象者になるとの試算があります。

強化される富裕層への監視の目

ここ数年、税務当局による財産の捕捉体制が整備され、申告漏れを防ごうとする動きが本格化してきています。時系列を追って動きを確認してみると、特に海外の資産に関しては顕著です。
まずは2009年、10年以上据え置かれていた「国外送金等調書」の提出基準が引き下げられ、受送金200万円超から100万円超になりました。

2014年には、「国外財産調書」制度が創設されました。各年の年末時点で5000万円を超える国外財産を保有する国内居住者は、国外財産調書を提出しなければならなくなりました。調書の提出・不提出により、過少申告加算税・無申告加算税の加減算措置が設けられています。また提出がない場合や虚偽記載の場合は、1年以下の懲役または50万円以下の罰金が科せられるという特別な罰則規定が設けられています。

2015年、「出国税(国外転出時課税)」が導入されました。1億円以上の有価証券等を持つ資産家が海外に移住する際、株式の含み益などに所得税を課すという仕組みです。これには海外にいる家族に相続や贈与が発生し、資産が移転した場合も含まれます。出国しても5年以内に日本に居住地を戻せば課税されないという猶予措置があります。

近年の税制改正の動向

2016年からは、国外送金や国外証券移管を仲介する金融機関は、マイナンバーを含めた本人確認と調書の提出が義務付けられました。これにより、税務当局にとっては、国外との資金や証券のやり取りについて名寄せが容易となりました。

2017年末時点から、「非居住者にかかる金融口座情報の自動的交換制度」がスタートします。OECD各国でスタートし、タックスヘイブン(租税回避地)も例外ではありません。

これまでは自ら申告しない限り把握されなかった外国に保有する口座情報が、これからは年1回自動的に日本の税務当局に把握されてしまうことになります。

こうした一連の財産捕捉体制の整備により、富裕層の「国外財産にかかる意図的な申告漏れ」はほぼ完全に防止されてしまうことになります。

国外財産にも相続税が課されるのか?

平成25年3月までは外国籍の国外居住者への「国外財産」の贈与・相続について、日本の相続税・贈与税がかかりませんでした。

そこで、これを利用して子や孫に外国籍を取得させた上で「国外財産」を贈与・相続させる事例が増えていました。

これを防止するために、平成25年の改正で、受贈者が外国籍であっても贈与者が国内に居住している場合は、国外財産に対しても課税されることになりました。

ただし、これまで通り「贈与者も海外居住できるのであれば」、国籍・海外居住期間を問わず、外国籍の国外居住者への国外財産の贈与・相続については、日本の相続税・贈与税がかからないこととなっています。

要するに、「親子で相続税や贈与税のない国に移住する覚悟があれば、日本の相続税・贈与税の課税対象にならないケースも想定される」ということです。

海外移住の前に考えたいこと

問題は、そこまでやる価値があるかどうかということなのです。海外移住という選択は、節税のために生活環境を大きく変えるということです。

上場会社のオーナーで財産額が数百億円ともなれば、真剣に検討する価値がありますが、数十億円規模の場合は判断が難しいところです。

十億円に満たない場合は、国内居住者としてできる対策をしっかりやっておけば十分、というのが普通の考え方だと思います。

人によっては、引退後の生活の充実、子供のための教育環境の充実など、様々な理由から海外移住を積極的に考えられることもあるでしょう。

税務上の注意点は、今後も納税義務者と課税財産の範囲が拡大される可能性があることです。例えば納税義務者について、海外居住期間の「10年ルール」が導入されることや、居住の定義が厳しくなることなどが考えられます。

滞在地が2か国以上にわたる場合の居住地の判定は、様々な客観的事実によって判断されます。例えば、滞在日数のみによって判断されるわけではなく、外国に1年の半分以上滞在している場合であっても日本の居住者と判定される場合があることに注意が必要です。

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この記事を書いた人

公認会計士/税理士/宅地建物取引士/中小企業診断士/行政書士/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)
平成28年経済産業省「事業承継ガイドライン委員会」委員、令和2年度日本公認会計士協会中小企業施策研究調査会「事業承継支援専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」代表幹事。
一橋大学大学院修了。監査法人にて会計監査及び財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、三菱UFJ銀行ウェルスマネジメント・コンサルティング部、みずほ証券投資銀行部門、メリルリンチ日本証券プリンシパル・インベストメント部門に在籍し、中小企業の事業承継から上場企業のM&Aまで、100件を超える事業承継のアドバイスを行った。現在は税理士として相続税申告を行っている。

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