近年、クリーニング業界のM&Aが増えている。ここでは、クリーニング業界の市場動向やビジネスモデル、M&Aの買い手側によるデュー・ディリジェンスにおける注意点、企業価値評価(株価算定)で使う数値(マルチプルなど)について説明したい。これらから、クリーニング業界においてM&Aを成功させるためのポイントについて考えてみよう。
M&Aの多いクリーニング業界
クリーニング業界の全体像を理解するために、市場動向や経営環境、ビジネスモデル、M&A可能性のある競合他社を説明したい。
クリーニング業界の動向・市場環境
クリーニング業は、衣類を中心とした繊維製品を預かり、 溶剤を利用したドライクリーニング等の手法で、顧客に戻すサービスを提供している事業者のことをいう。業態として、一般クリーニング所、取次店、リネンサプライ業、ホールセール業がある。
サービス業ではあるが、顧客対応の窓口(取次所)は小売業に近く、一方、洗濯を行う工場は、製造業に近い業態となっている。
クリーニング業界の市場規模は縮小している。厚生労働省「衛生行政報告例」および総務省「家計調査・家計収支編」によれば、わが国の一般家庭向けクリーニング需要は、2008年の約4,100億円から、2017年の約2,900億円まで減少している。
クリーニングの事業者の数と 1世帯当たり年間クリーニング支出は 直近10年で約3割程度減少しており、今後も減少することが予想される。
このような需要減少の背景には、家庭用洗濯機や家庭用潜在の進化・高度化がある。家庭用洗濯機で洗濯できる衣服が増えたことが、クリーニング需要の減少をもたらしている。
また、ビジネスマンの着用頻度が下がり、カジュアル化が進んだことによっても、クリーニング需要の減少をもたらしている。
クリーニング業界のビジネスモデル
クリーニング業のビジネスモデルは、店頭窓口(取次所)で顧客から衣服など繊維のモノを預かり、それを工場に集めて洗濯を行い、また店頭窓口にて顧客へ返却するというものである。
近年は、店頭窓口で受け渡しするのではなく、顧客の自宅まで訪問して衣服を受け渡しするサービスが増えている(外交方式)。また、宅配便を利用するサービスもある(宅配方式)。高齢者の増加にともない、これら外交や宅配サービスに対するニーズはますます増加していくことだろう。
工場での洗濯は、多工程かつ大量な作業が必要となることから、大規模な機械設備の導入による省力化や合理化が不可欠である。また、汚れた衣服を処理する工程であることから、衛生的に処理することが求められる。
冬物をまとめて洗濯するなど季節性のあるサービスである。顧客満足度を高めて、リピーターを確保することが重要である。ふとんやぬいぐるみの丸洗いの請負など、対応するサービスの幅が広がってきている。
しかし、近年は溶剤、水道光熱費、人件費が上昇し、収益性を低下させている。たとえば、夏場に汗抜きの追加特殊加工サービスを提供するなど、客単価の上昇に向けた取り組みが求められる。
クリーニング業界M&Aで買い手候補となる企業
クリーニング業の事業承継を目的としたM&Aであっても、買い手候補は上場企業や大企業が中心になると考えられる。この業界では、以下のような大企業が中心となって業界再編を進めていくことが想定される。
白洋舎、日本さわやかグループ、きょくとうである。
クリーニング業界M&Aで売却する売り手のメリット
安定している大手企業にM&Aでクリーニング業を承継することで、従業員の雇用を維持し、事業のさらなる成長を実現することができる。また、得意先である一般消費者は、自宅から近い、利用しやすい場所にある取次店を継続して利用することもできることができる。
また、小規模事業者が単独では難しかった大規模な機械設備の導入よって、クリーニングの洗濯工程の効率化を実現することができる。結果として生産性が向上すれば、従業員の給与水準をアップさせることができるだろう。
さらに、買い手企業が大企業であれば、店舗チェーン展開による生産性向上、大量仕入れによる原材料費の引下げや、人材採用コスト、広告宣伝費、本社経費を削減し、M&Aによるシナジー効果を得ることができる。
以上のようなシナジー効果が期待され、買い手候補にとって魅力的な事業であれば、売り手側の経営者は、高い売却価格を実現することができ、引退した後のライフプランを充実したものとすることができる。
クリーニング業界M&Aで買収する買い手の注意点
クリーニング業界で買収を行う際、デュー・ディリジェンスにて調査すべき経営資源や注意点を説明したい。
クリーニング業の買収デュー・ディリジェンスにおける注意点
クリーニング業は、店頭は小売業、工場は製造業となり、2つの業態を持つという特徴がある。
工場の機械設備が老朽化していないか、補修や更新が適切に行われているか、将来の買換えが必要ないか、確かめなければいけません。施設全体の衛生基準の検査および確認も必要だろう。
クリーニング業の事業性を評価する場合の注意点として、商圏分析を行うことがある。競合他社の動向、商圏内の潜在顧客数(人口)の増減を把握し、将来の需要を予測することが重要である。
クリーニング業の買収で承継すべき経営資源
顧客の持込みを前提とする場合、取次所の立地が基本となる経営資源である。顧客は、クリーニング店を選ぶときに、自宅から近い、利用しやすい場所にあるかどうかを重要視するからである。
また、洗濯の工程を所有する場合、石油系ドライクリーニング機、ランドリー機、プレス機とボイラーおよび手動包装機などの機械設備が承継すべき経営資源となる。
さらに、人材も重要な経営資源となる。クリーニング工場では、石油系溶剤などの化学薬品を使用することから、安心・安全を守るため、クリーニング工場1箇所ごとに1人以上の「クリーニング師」資格保有者を置くことが必要となる。「クリーニング師」を継続雇用することが不可欠である。工場におけるパート・アルバイト人材の確保も困難であるため、人的資源の承継には注意すべきだろう。
無形資源は、事業承継によって喪失されることが多いため、クリーニング業のM&Aを行う場合は、顧客関係の引継ぎに時間と労力をかけるなど、無形資産の承継を丁寧に行うことが重要だろう。
クリーニング業を買収するときの企業価値評価(株価算定)
クリーニング業のM&Aにおける企業価値評価(株価算定)を行う際に活用することができる数値は、以下の通りとなっている。
まず、TKC経営指標(2018年度)によれば、クリーニング業の収益性について、売上高成長率は約9.5%である。また、粗利率は61.1%、営業利益率は1.6%となっている。生産性について、1人当たり売上高は426万円、1人当たり人件費は199万円となっている。
次に、2020年8月現在の開示情報および市場株価によれば、クリーニング業のマルチプル(倍率)について、PBR倍率は0.8~1.8倍、PER倍率は不明、EBITDA/企業価値倍率は10~15倍となっている。
さらに、筆者が推計する株主資本コストは、安定した老舗企業であれば4%、急成長の新興企業であれば8%が妥当であると考える。これは、この類似上場企業のROICが1~5%であることを考慮しつつ、類似上場企業のベータ値が0.4~0.6であること、ヒストリカル・マーケット・リスク・プレミアム(1950年代~2020年)が7%~9%であることを前提にして、小規模リスク・プレミアムを加算して推計している。
なお、類似上場企業比較法で採用すべき上場企業として、きょくとう、白洋舎が挙げられる。