インターネット広告業界のM&A(買収・売却)と企業価値評価

インターネット広告

近年、インターネット広告業界のM&Aが増えている。ここでは、インターネット広告業界の市場動向やビジネスモデル、M&Aの買い手側によるデュー・ディリジェンスにおける注意点、企業価値評価(株価算定)で使う数値(マルチプルなど)について説明する。これらから、インターネット広告業界においてM&Aを成功させるためのポイントについて考えてみよう。

目次

M&Aの多いインターネット広告業界

インターネット広告業界の全体像を理解するために、市場動向や経営環境、ビジネスモデル、M&A可能性のある競合他社を説明する。

インターネット広告業界の動向・市場環境

インターネット広告業は、インターネットのメディアから広告スペース(広告枠)を仕入れ、それを広告宣伝したい企業へ販売する事業者のことをいう。

インターネット広告には、画像だけの広告、文字だけの広告もあるが、動画を使った広告も増えてきている。

広告市場のなかでも、インターネット広告の市場規模は急拡大が続いている。インターネットを利用する機器が、パソコンからスマホなどのモバイルに以降しているため、モバイル向け広告が中心となってきている。

インターネット広告費用の市場規模は、2010年の7,700億円から、2018年の1兆7,500億円へ2倍以上の増加を見せている。

インターネット広告業界のビジネスモデル

インターネット広告業のビジネスモデルは、以下の3つである。

第一に、自らのウェブサイト(メディア)に他社の広告を掲載することで広告料収入を得るものである。メディアにも種類があり、Yahoo!に代表されるポータルサイト、YouTubeなどの動画サイト、NAVERまとめのようなキュレーションサイト、Facebookのようなソーシャルネットワーキングサービス(SNS)である。

第二に、従来型の広告代理業である。従来はテレビや新聞などの広告が中心であったが、近年はインターネットのウェブサイト上の広告が中心となってきている。インターネット広告のみを扱う専門の広告代理店が登場している。

第三に、広告の掲載を仲介するメディアレップである。メディアの広告枠を集めてきて、広告代理店に販売するビジネスを行っている。

インターネット広告業界M&Aで買い手候補となる企業

インターネット広告業の事業承継を目的としたM&Aであっても、買い手候補は上場企業や大企業が中心になると考えられる。この業界では、以下のような企業が中心となって業界再編を進めていくことが想定される。

サイバーエージェント、オプトホールディングス、デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム、サイバー・コミュニケーションズ、アドウェイズ、セプテーニ・ホールディングスである。

インターネット広告業界M&Aで売却する売り手のメリット

安定している大手企業にM&Aでインターネット広告業を承継することで、従業員の雇用を維持し、事業のさらなる成長を実現することができる。また、顧客である企業は、これまで利用してきたメディアへ継続して広告を出すこともできる。また、広告代理店が広告枠を仕入れるメディアなどの仕入先との関係を継続することができる。

また、小規模事業者が単独では難しかったIT投資によるデジタル化の推進よって、インターネット広告業の経営効率化を実現することができる。結果として生産性が向上すれば、従業員の給与水準をアップさせることができるであろう。

さらに、買い手企業が大企業であれば、人材採用コスト、広告宣伝費、本社経費を削減し、M&Aによるシナジー効果を得ることができる。

以上のようなシナジー効果が期待され、買い手候補にとって魅力的な事業であれば、売り手側の経営者は、高い売却価格を実現することができ、引退した後のライフプランを充実したものとすることができる。

インターネット広告業界M&Aで買収する買い手の注意点

インターネット広告業界で買収を行う際、デュー・ディリジェンスにて調査すべき経営資源や注意点を説明する。

インターネット広告業の買収デュー・ディリジェンスにおける注意点

インターネット広告業の事業性を評価する場合の注意点として、広告を出すメディアのページビューすなわちウェブサイトの利用者・購読者の数と今後の予測が重要である。

また、従業員の能力の評価も重要である。営業マンについては、新技術へ対応できるか、顧客への対応や提案内容は適切か確かめておく必要がある。開発スタッフについては、ソフトウェアの開発力、作業のスピードを評価する必要があるであろう。

また、多数の個人情報を保管することになるため、情報セキュリティ、個人情報保護法対策が行われているか確かめることは不可欠である。

インターネット広告業の買収で承継すべき経営資源

メディアの場合、ページビューすなわちウェブサイトの利用者・購読者の数が基本となる経営資源である。また、代理店の場合、販売できるメディアの枠をどれくらい持っているか、それぞれのメディアのページビューが経営資源となります。

代理店の場合、営業マンのマーケティングやソリューションの提案力が重要である。企画力・提案力などが求められる。

また、顧客である広告主との関係性、リピートされる信頼関係が承継すべき経営資源となります。

無形資源は、事業承継によって喪失されることが多いため、インターネット広告業のM&Aを行う場合は、顧客関係の引継ぎに時間と労力をかけるなど、無形資産の承継を丁寧に行うことが重要であろう。

インターネット広告業を買収するときの企業価値評価(株価算定)

インターネット広告業のM&Aにおける企業価値評価(株価算定)を行う際に活用することができる数値は、以下の通りとなっている。

まず、上場企業の有価証券報告書によれば、インターネット広告業の収益性について、売上高営業利益率は2%~7%となっている。生産性について、1人当たり売上高は700万円となっている。

次に、2020年8月現在の開示情報および市場株価によれば、インターネット広告業のマルチプル(倍率)について、PBR倍率は3~5倍、PER倍率は15~40倍、EBITDA/企業価値倍率は6~15倍となっている。

さらに、筆者が推計する株主資本コストは、安定した老舗企業であれば5%、急成長の新興企業であれば10%が妥当であると考える。これは、この類似上場企業のROICが5~20%であることを考慮しつつ、類似上場企業のベータ値が0.5~0.8であること、ヒストリカル・マーケット・リスク・プレミアム(1950年代~2020年)が7%~9%であることを前提にして、小規模リスク・プレミアムを加算して推計している。

なお、類似上場企業比較法で採用すべき上場企業として、サイバーエージェント(4751)、メンバーズ(2130)、GMOインターネット(9449)、GMOアドパートナーズ(4784)、アドウェイズ(2489)、フルスピード(2159)、ブランディングテクノロジー(7067)、デジタルホールディングス(2389)、イーエムネットジャパン(7036)、セプテーニ・ホールディングス(4293)、アジャイルメディア・ネットワーク(6573)が挙げられる。

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この記事を書いた人

公認会計士/税理士/宅地建物取引士/中小企業診断士/行政書士/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)
平成28年経済産業省「事業承継ガイドライン委員会」委員、令和2年度日本公認会計士協会中小企業施策研究調査会「事業承継支援専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」代表幹事。
一橋大学大学院修了。監査法人にて会計監査及び財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、三菱UFJ銀行ウェルスマネジメント・コンサルティング部、みずほ証券投資銀行部門、メリルリンチ日本証券プリンシパル・インベストメント部門に在籍し、中小企業の事業承継から上場企業のM&Aまで、100件を超える事業承継のアドバイスを行った。現在は税理士として相続税申告を行っている。

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