近年、電子部品・デバイス製造業界のM&Aが増えている。ここでは、電子部品・デバイス製造業界の市場動向やビジネスモデル、M&Aの買い手側によるデュー・ディリジェンスにおける注意点、企業価値評価(株価算定)で使う数値(マルチプルなど)について説明する。これらから、電子部品・デバイス製造業界においてM&Aを成功させるためのポイントについて考えてみよう。
M&Aを考える電子部品・デバイス製造業界の概要
電子部品・デバイス製造業界の市場環境
電子部品・デバイス製造業は、電気機械器具や情報通信機械器具などに用いられる電子部品・デバイス・電子回路を製造販売する事業者のことをいう。電子デバイスはCPUやメモリなどの集積回路、半導体素子、液晶デバイスであり、電子部品は電子デバイスを補助する部品である。
大企業は主として、テレビや携帯電話に使う民生用電子機器用電子部品や自動車に使う車載用電子部品を製造しているのに対して、中小企業は主として機械設備の電子制御部分に使われる産業機器用電子部品を製造している。
5GのスマートフォンやIoT機器の普及によって、高い成長が続くことが見込まれる。
経済産業省「工業統計表・産業別統計表(平成29年)」によれば、電子部品・デバイス・電子回路製造業の出荷額は、2012年に13兆3千億円であったが、2016年には14兆5千億円まで増加している。また、電子情報技術産業協会「電子部品・デバイスの輸出額の推移」によれば、電子部品・デバイス・機器部分品の輸出額は、2013年の7兆1千億円から2017年の8兆円まで増加している。
電子部品・デバイスの需要は、半導体のシリコンサイクルや液晶のクリスタルサイクルと呼ばれる設備投資の循環変動に連動して増減する。特に、半導体や液晶の製造は装置産業となっており、生産能力が不足すると価格が上昇し、生産能力が増強されると過剰投資となって価格が下落する。
電子部品では、世界的に展開する日本企業が多いため、輸出が増加している。また、組み立てを行う日本企業の生産拠点が海外移転していること、外国企業との取引が増加していることから、電子部品・デバイス製造業者は積極的に海外進出を行っている。
電子部品・デバイス製造業界のビジネスモデル
電子部品・デバイス製造業のビジネスモデルは、自ら新製品の研究開発を行って製造を行い、製品を組み立てメーカーに受注販売するというものである。輸出は、直販するか商社を通して販売している。特定のメーカーの系列に属するということはない。
近年は、最終製品の機能やデザインを高めるため、組み立てメーカーとの共同開発活動が行われてきており、技術の専門知識を生かして営業活動するコンサルティング営業が求められている。
電子部品・デバイス製造業界M&Aで買い手候補となる企業
電子部品・デバイス製造業の事業承継を目的としたM&Aであっても、買い手候補は上場企業や大企業が中心になる。この業界では、以下のような上場企業が中心となって業界再編を進めていくことが想定される。
太陽誘電、日本電波工業、SMK、アルプスアルパイン、TDK、新光電気工業、イビデン、アオイ電子、KOA、日本CMK、キョウデン、双葉電子工業、タムラ製作所、日本アビオニクス、三社電機製作所、石井表記、松尾電機、日本抵抗器製作所、日本電子材料、ニチコン、双信電機、帝国通信工業、マルマエ、アクセル、佐鳥電機である。
大手専業メーカーとして、京セラ、村田製作所、オムロン、東芝メモリ(キオクシア)、ジャパンディスプレイなどがあるが、これらが中小企業のM&Aに関心を示す可能性は低いだろう。
電子部品・デバイス製造業界M&Aで売却する売り手のメリット
安定している大手企業にM&Aで電子部品・デバイス製造業を承継することで、従業員の雇用を維持し、事業のさらなる成長を実現することができる。また、得意先である大手電気製品組み立てメーカーは、部品を継続購入することもできることに加え、原材料メーカーなどの仕入先との関係を継続することができる。
また、小規模事業者が単独では難しかった生産工程のデジタル化、FA・ロボット導入など自動化の推進よって、電子部品・デバイス製造業の経営効率化を実現することができる。結果として生産性が向上すれば、従業員の給与水準をアップさせることができるだろう。
さらに、買い手企業が大企業であれば、工場の統廃合など生産規模の拡大による生産性向上、大量仕入れによる原材料費の引下げや、人材採用コスト、広告宣伝費、本社経費を削減し、M&Aによるシナジー効果を得ることができる。
以上のようなシナジー効果が期待され、買い手候補にとって魅力的な事業であれば、売り手側の経営者は、高い売却価格を実現することができ、引退した後のライフプランを充実したものとすることができる。
電子部品・デバイス製造業界M&Aで買収する買い手の注意点
電子部品・デバイス製造業の買収デュー・ディリジェンスにおける注意点
電子部品・デバイス製造業は、人材不足という特徴がある。特定技能外国人労働者の受入制度が開始されたが、製造現場で十分な人材を確保できているかどうかを確かめる必要がある。
特許権など知的財産権の状況、その移転手続きも確かめなければいけない。ライセンスを受けている技術などは、チェンジ・オブ・コントロールの契約が無いか確かめておこう。
工場の機械設備が陳腐化していないか、更新や修繕の状況も確かめる必要がある。
電子部品・デバイス製造業の事業性を評価する場合の注意点として、技術力を正確に評価することがある。組み立てメーカーからの高品質化の要求が厳しくなっているので、絶えず研究開発を継続しているか、品質・納期の要望に対応できているかどうか確かめる必要がある。外部の協力工場に外注している場合は、そちらの技術力や製造現場の状況について併せて確認することも不可欠である。
電子部品・デバイス製造業の買収で承継すべき経営資源
技術力のある人材が基本となる経営資源である。製造技術、生産技術といった無形資産が重要な経営資源となる。
無形資源は、事業承継によって喪失されることが多いため、電子部品・デバイス製造業のM&Aを行う場合は、技術担当の人材が退職してしまわないよう、その引継ぎに時間と労力をかけるなど、無形資産の承継を丁寧に行うことが重要だろう。
電子部品・デバイス製造業のM&Aで買収するときの企業価値評価(株価算定)
電子部品・デバイス製造業のM&Aにおける企業価値評価(株価算定)を行う際に活用することができる数値は、以下の通りとなっている。
まず、TKC経営指標(2018年度)によれば、電子部品・デバイス製造業の収益性について、売上高成長率は約11.9%である。また、粗利率は18.9%、営業利益率は4.5%となっている。生産性について、1人当たり売上高は1,231万円、1人当たり人件費は383万円となっている。
次に、2020年8月現在の開示情報および市場株価によれば、電子部品・デバイス製造業のマルチプル(倍率)について、PBR倍率は0.9~1.7倍、PER倍率は15~25倍、EBITDA/企業価値倍率は6~9倍となっている。
さらに、筆者が推計する株主資本コストは、安定した老舗企業であれば10%、急成長の新興企業であれば18%が妥当であると考える。これは、この類似上場企業のROICが4%前後と低くなっているものの(この水準ではWACCを下回っている可能性がある)、類似上場企業のベータ値が1.2~1.7であること、ヒストリカル・マーケット・リスク・プレミアム(1950年代~2020年)が7%~9%であることを前提にして、小規模リスク・プレミアムを加算して推計している。
なお、類似上場企業比較法で採用すべき上場企業として、日本電波工業(6779、SMK(6798)、イビデン(4062)、アオイ電子(6832)、日本CMK(6958)、キョウデン(6881)、双葉電子工業(6986)、タムラ製作所(6768)、日本アビオニクス(6946)、三社電機製作所(6882)、石井表記(6336)、松尾電機(6969)、日本抵抗器製作所(6977)、ディジタルメディアプロフェッショナル(3652)、日本電子材料(6855)、ニチコン( 6996)、双信電機(6938)、帝国通信工業(6763)、マルマエ(6264)、アクセル(6730)、丸文(7537)、佐鳥電機(7420)、リバーエレテック(6666)、多摩川ホールディングス(6838)、中央製作所(6846)、トミタ電機(6898)、岡谷電機産業(6926)が挙げられる。