人が亡くなった場合、その亡くなった方(被相続人といいます)が所有していた財産は、相続人の方に承継されます。この場合、相続財産の額が基礎控除の額を超える場合には、相続税が課せられることになります。
ただ、相続税の計算に際しては、基礎控除のほかにもさまざまな控除制度・税額軽減措置が設けられていて、それらの制度を賢く利用することによって、相続税を軽減することが可能となっています。
そこで、本記事では、それらの控除制度の中でも最も適用範囲が広いと思われる、配偶者控除(配偶者の税額軽減)の制度について、説明したいと思います。
相続税の課税価格からの控除の制度
相続税の算定に際しては、さまざまな政策的な理由から、各種の控除制度や税額軽減措置が認められています。これらの制度は、大きく2種類に分けることができます。
相続財産自体の評価額を算定する場合における控除
相続財産が課税対象となるか否かという、相続財産の総額の評価に際して、相続財産から一定額を控除するものです。その結果、この控除後の評価額について、相続税を課すか否かの判断、相続税が課される場合の計算を行うことになります。
この控除の代表的なものが「基礎控除」です。それ以外に、「生命保険金の控除」、「死亡退職金の控除」があります。
各相続人が負担する相続税の軽減
実際に各相続人がそれぞれ負担する相続税額が確定した後に、それぞれの相続人について税額の軽減・控除が認められる場合があります。
この控除の代表が「配偶者控除(配偶者の税額軽減)」です。
相続税の算定方法の確認
配偶者控除(配偶者の税額軽減)について考えるためには、そもそも、相続税がどのように計算されるのか、配偶者控除(配偶者の税額軽減)が、相続税算定の過程のどの段階で適用されるのかを、正確に把握する必要があります。
そこで、以下では、相続税を算出する手続きについて確認していきます。
基礎控除
基礎控除とは、相続税が課されるか否かの判断基準です。相続財産の額が基礎控除の額以下の場合には、そもそも相続税は課税されません。相続財産の額が基礎控除額を超えた場合に初めて、相続税が課税されることになります。
基礎控除額は、以下の通り計算されます。
基礎控除額=3,000万円+(600万円×法定相続人の人数)
相続人が、配偶者と2人の子供の場合を例にとると、基礎控除額は以下の通りとなります。
基礎控除額=3,000万円+(600万円×3人)=4,800万円
したがって、先の配偶者と子供2人が相続人の場合、被相続人が有していた財産の総額が、4,800万円以下の場合には、そもそも、相続税は課税されず、相続財産の総額が4,800万円を超える場合に初めて相続税について考慮する必要が生じることになります。
相続税の計算方法
相続財産の算定
相続人が所有していた相続財産の額を算定します。
この際に注意が必要な点は、本来は相続財産には含まれない、生命保険金や死亡退職金などが相続財産の評価の際には、相続財産の額に加算されることです。これらをみなし相続財産と言います。
そのほかには、相続時精算課税制度を利用して生前贈与を受けていた場合には、その贈与された額の全額を相続財産に加算することになります。
また、相続時精算課税制度を利用していなかった場合でも、相続開始前3年以内に相続人に対してなされていた贈与については、相続財産に含めて計算します。
さらに、被相続人が債務を負担していた場合には、その債務は相続人に承継されますので、相続財産の額から債務額は控除されることになります。
基礎控除の控除
上記で算定した相続財産の評価額から、基礎控除額を控除します。
その結果、残余がある場合(すなわち、相続財産の評価額が基礎控除額よりも大きい場合)には、相続税が課されることになりますので、具体的に課される相続財産の額を計算することになります。
これに対して、基礎控除額を控除した額がマイナスになる場合には、相続財産よりも基礎控除額が大きいことになりますので、そもそも相続税は課税されないことになりますので、以後の相続税の計算等は必要ありません。
各相続人の法定相続分の計算
相続財産の額が基礎控除額よりも大きい場合には、具体的な相続税の額の計算に進みます。
まず、相続財産の評価額について、法定相続人が民法の定める法定相続分に従って相続をした場合に、各相続人が取得する相続財産額を算出します。
仮に、相続人が配偶者、長男、次男の3人で、相続財産総額が1億5,000万円の例を考えてみましょう。
相続人が3人のため、基礎控除額は4,800万円となり、基礎控除後の相続財産の額(課税遺産総額)は1億5,000万円-4,800万円=1億200万円となります。
この場合、各相続人が法定相続分に従って取得する額は、以下の通りとなります。
配偶者=1億200万円×1/2=5,100万円
長男=1億200万円×1/2×1/2=2,550万円
次男=1億200万円×1/2×1/2=2,550万円
各相続人の法定相続分に応じた相続額に対する相続税額を算定
上記で算出された各相続人の法定相続分による取得額について課税される相続税の額を算出します。
計算方法は、
法定相続による取得額×相続税率-控除額
となります。
相続税率は各相続人の取得額によって10%から最大55%までの範囲で定められています。
また、控除額についても、取得額ごとに以下の通り定められています。
法定相続分に応じた取得金額 | 税率 | 控除額 |
1,000万円以下 | 10% | なし |
1,000万円超3,000万円以下 | 15% | 50万円 |
3,000万円超5,000万円以下 | 20% | 200万円 |
5,000万円超1億円以下 | 30% | 700万円 |
1億円超2億円以下 | 40% | 1,700万円 |
2億円超3億円以下 | 45% | 2,700万円 |
3億円超6億円以下 | 50% | 4,200万円 |
6億円超 | 55% | 7,200万円 |
本例の場合配偶者については、取得額が5,000万円超1億円以下として税率は30%、控除額は700万円が適用されます。
長男・次男は取得額が1,000万円超3,000万円以下として税率は15%、控除額は50万円が適用されます。
その結果、各相続人が法定相続分による取得額によって負担する相続税の額は、
配偶者=5,100万円×30%-700万円=830万円
長男=2,550万円×15%-50万円=332万5,000円
次男=2,550万円×15%-50万円=332万5,000円
となります。
その結果、相続人が負担する相続税の総額は830万円+332万5,000円+332万5,000円=1,495万円となります。
遺産分割協議等により実際に取得した財産に対する相続税額の割り振り
上記で今回の相続に際して相続人が負担する相続税の総額が1,495万円と決まりました。
次いで、実際に各相続人が遺産分割協議や遺言による遺産分割方法の指定等によって、具体的に取得する財産の額を決定します。
上記の例において、相続財産1億5,000万円を配偶者、長男、次男がそれぞれ法定相続分に従って遺産分割を行うとした場合には、配偶者は7,500万円、長男は3,750万円、次男は3,750万円を取得します。
その場合に各相続人が実際に負担する相続税の額は、相続税総額を、各相続人が実際に取得する遺産の額に応じて案分して決定することになります。
配偶者=7,500万円/1億5,000万円×1,495万円=747万5,000円
長男=3,750万円/1億5,000万円×1,495万円=373万7,500円
次男=3,750万円/1億5,000万円×1,495万円=373万7,500円
となります。
また、上記の例における相続財産1億5,000万円について、配偶者が1億125万円、長男が3,000万円、次男が1,875万円を取得するという遺産分割協議がまとまった場合は、以下の通りとなります。
配偶者=1億125万円/1億5,000万円×1,495万円=1,009万1,250円
長男=3,000万円/1億5,000万円×1,495万円=299万円
次男=1,875万円/1億5,000万円×1,495万円=186万8,750円
※ただし、実際の税額は100円未満は切り捨てるため配偶者は1,009万1,200円、次男は186万8,700円となります。
配偶者控除(配偶者の税額軽減)の実際
配偶者控除(配偶者の税額軽減)の趣旨
このようにして算出された各相続人が実際に取得した相続財産の額に応じて、負担すべきとされた相続税額について、さらに、相続人ごとの事情によって税額の軽減を認める制度があります。その典型が配偶者控除(配偶者の税額軽減)です。
これは、そもそも、配偶者が被相続人の財産形成に寄与しているという事情、および、被相続人である夫が亡くなった後に遺された配偶者(妻)の生活保障という観点から、税額の控除を認めてできる限り多くの財産を相続によって取得できるようにし、その生活を保障しようという意図に基づくものとされています。
配偶者の税額軽減の内容
配偶者の税額軽減の具体的内容は、被相続人の配偶者が相続によって財産を取得した場合において、一定の金額までは相続税をかからないこととするものです。
その相続税の免除を認める額の上限金額は、以下のいずれかの大きいほうの金額までとされています。
・配偶者の法定相続分相当額
・1億6,000万円
上記の例でみてみましょう。
相続財産の額は1億5,000万円でしたので、配偶者の法定相続分である1/2に相当する額は7,500万円となります。
これと、1億6,000万円とを比較すると、1億6,000万円のほうが大きいことになりますので、この例の配偶者については、相続によって1億6,000万円を取得する場合に課税される金額までは、相続税が課税されないことになります。
そして、1億6,000万円を相続によって取得した場合は、税率は1億円超2億円以下として40%、控除額は1,700万円が適用されるため、
相続税額=1億6,000万円×40%-1,700万円=4,700万円
となります。
つまり、この場合、配偶者は、実際に取得する財産に対して課される相続税の額が4,700万円までであれば、相続税をおさめる必要はないということになります。
配偶者控除を利用する場合の注意点
以上のように、配偶者控除(配偶者の税額軽減)の制度は、配偶者にとっては非常にありがたい制度です。ただ、いくつか注意点があります。
配偶者の範囲
配偶者控除(配偶者の税額軽減)を受けることができる「配偶者」とは、当然のことですが、婚姻届けが提出されている法律上の配偶者に限定されます。内縁関係にある者については、適用を受けることができません。
配偶者控除を受けるためには、遺産分割が終了していることが必要
配偶者控除(配偶者の税額軽減)は、実際に配偶者が取得する相続財産が確定していることが適用の前提となります。したがって、相続税の申告・納付をする時までに、遺産分割が完了していなければ、その適用を受けることができません。
二次相続への影響
配偶者控除(配偶者の税額軽減)の制度は、配偶者にとっては非常にありがたい制度です。この制度を利用する際には、直接的なデメリットはあまりないといえます。
問題は、その先にあります。相続財産が1億5,000万円で、相続人が配偶者、長男、次男の3人という事例において、配偶者控除を最大限に利用しようと考えて、遺産分割においてすべての財産を配偶者が相続する形をとったとしましょう。
この場合、配偶者の負担する相続税の額は1,495万円となりますが、配偶者控除(配偶者の税額軽減)によって、相続税は軽減され、納める必要はないことになります。
ただ、その後、今回、全財産を相続した配偶者が亡くなり、配偶者を被相続人とする再度の相続(二次相続と言います。)が生じた場合が問題です。
この場合の相続に際しては、長男と次男のみが相続人となります。そこでは、配偶者控除(配偶者の税額軽減)はもはや適用される余地はありません。
その結果、先に配偶者が相続した財産に対して、相続税が課されることになります。そして、相続税率は、超累進課税が適用されているため、相続財産の額が大きければ大きいほど税率は高くなるのです。
仮に、最初の相続において配偶者が相続した財産1億5,000万円がそのまま残っていたとした場合、今回は相続人が2名のみですので、基礎控除額は3,000万円+600万円×2人=4,200万円にとどまります。
その結果、基礎控除後の課税対象額は1億800万円となり、長男、次男の法定相続分による相続額は5,400万円ずつとなります。その場合の税率は30%、控除額は700万円です。
その結果、負担する税額は長男・次男とも5,400万円×30%-700万円=920万円となり、兄弟合計では1,840万円の負担となります。
仮に、一次相続において法定相続分によって相続していたとすると、その場合に各相続人が実際に負担する相続税の額は、
配偶者=7,500万円/1億5,000万円×1,495万円=747万5,000円
長男=3,750万円/1億5,000万円×1,495万円=373万7,500円
次男=3,750万円/1億5,000万円×1,495万円=373万7,500円
でした。
これについて、配偶者控除(配偶者の税額軽減)を適用すると、配偶者の747万5,000円は免れるため、実際の負担額は長男、次男それぞれ373万7,500円の747万5,000円となります。
これに基づき、一次相続で配偶者が相続した7,500万円について、二次相続が生じたとした場合、相続税はどうなるか見てみます。
7,500万円から基礎控除額3,000万円+600万円×2人=4,200万円を控除した残額3,300万円が課税対象となります。
これを、兄弟2人が法定相続分に従って相続すると、各人の相続額は1,650万円となり、税率は15%、控除額は50万円となります。その結果、実際の負担額は兄弟それぞれ1,650万円×15%-50万円=197万5,000円となり、兄弟合計で395万円となります。
結局、2回の相続での相続税額は、一次相続での747万5,000円と、二次相続での395万円の合計1,142万5,000円となります。
一次相続で配偶者が全財産を相続して配偶者控除を利用した場合の相続税額が1,840万円よりも、697万5,000円も税金が安く済むことになります。
まとめ
以上、配偶者控除(配偶者の税額軽減)の制度についてみてみました。
このように、配偶者控除(配偶者の税額軽減)は、確かにその時は税金を節税できますが、その分、二次相続の際の相続財産の額が大きくなり、結局余計に相続税を納めなければならないこととなるリスクがあることを認識して、どのように活用するかを考える必要があります。