事業承継税制とは何か?
事業承継税制とは、中小企業経営承継円滑化法に基づく非上場株式に係る贈与税及び相続税の納税猶予制度のことをいい、中小企業の後継者の方が、現オーナーから会社の非上場株式を承継する際に、相続税、贈与税が納税猶予される制度です(相続:80%分、贈与:100%分の納税猶予)。
平成27年度税制改正で事業承継税制が拡充され、中小企業オーナーにとって利用しやすい制度となりました。
非上場株式等についての贈与税の納税猶予の特例
後継者である受贈者が、贈与により、経済産業大臣の認定を受ける非上場会社の株式等を親族(先代経営者)から全部又は一定以上取得し、その会社を経営していく場合には、その後継者が納付すべき贈与税のうち、その株式等(発行済株式の3分の2まで)に対応する贈与税の全額の納税が猶予されます。
事業承継税制の必要性
事業承継は、会社の社長を交代するだけよいというものではありません。会社の社長は株主総会で選任される取締役から選ばれることから、株主総会を支配するに足る株式を所有しなければなりません。それゆえ、先代経営者が所有する株式を後継者に引き渡さなければなりません。
通常であれば、先代経営者は議決権株式の大部分を所有しているはずですから、後継者に引き渡すべき株式はかなり多数の株式となります。
株式を移転する際、債務超過で株価がゼロの会社ならば全く問題はありません。業績が良好で黒字が続き、内部留保の厚い優良企業や、土地に大きな含み益がある企業の場合、株式の評価額が高くなることから、株式の引き渡しに伴う税負担の大きさが問題となります。
この点、会社を個人と一体化させている中小企業経営者の場合、「自分の息子だから、カネはいらないよ。株式はタダで渡してやるよ。」とか「株価は額面50円でよいのだろう?」と考える方が多いようです。しかし、優良企業の株式を息子にタダで引き渡すようなことをすれば、税務署は黙っていない。贈与税の脱税になるからなのです。
一般的に、優良企業の株価は年を追う毎に上昇します。利益が出ている限り上昇が止まらないと考えてよいでしょう。
近年のように、社長の高齢化、事業承継の遅れによって、株式を後継者に引き渡すタイミングが遅れ、その結果、予想外に株価が高くなり、その税負担の大きさに戸惑うケースが増えてきています。
すなわち、事業承継の際には後継者に相続税又は贈与税が課されるが、資金力の乏しい中小企業経営者にとってはその負担が重すぎるのです。そのため、多くのケースでは、株式を親族内で分散して承継することで税負担を軽くしようとします。
しかし、こうした対応は、会社の支配力を分散させ、経営の安定性を損ねることになってしまいます。
そこで、事業承継に伴う税負担を軽減させ、事業承継を円滑に実行させる措置として導入されたのが事業承継税制なのです。
この特例を受けるための要件
1 会社の主な要件:次の会社のいずれにも該当しないこと。
(1) 上場会社
(2) 中小企業者に該当しない会社(中小企業者の定義は末尾に記載)
(3) 風俗営業会社
(4) 資産管理会社
(5) 総収入金額がゼロの会社、従業員数がゼロの会社
2 後継者である受贈者の主な要件:贈与の時において
(1) 会社の代表権を有していること
(2) (後継者の要件は無くなりました。親族外の後継者でも構いません。)
(3) 20歳以上であること
(4) 役員等の就任から3年以上を経過していること
(5) 後継者及び後継者と特別の関係がある者で総議決権数の50%超の議決権数を保有し、かつ、これらの者の中で最も多くの議決権数を保有することとなること
3 先代経営者である贈与者の主な要件
(1) 会社の代表権を有していたこと
(2) 贈与の時までに会社の代表取締役を退任すること(平取締役として留任することはできます。)
(3) 贈与の直前において、贈与者及び贈与者と特別の関係がある者で総議決権数の50%超の議決権数を保有し、かつ、後継者を除いたこれらの者の中で最も多くの議決権数を保有していたこと
4 担保提供
納税が猶予される贈与税額及び利子税の額に見合う担保を税務署に提供する必要があります。ただし、特例の適用を受ける非上場株式等のすべてを担保として提供した場合には、納税が猶予される贈与税額及び利子税の額に見合う担保の提供があったものとみなされます。株券を発行していなくても構いません。
上場株式等についての相続税の納税猶予の特例
後継者が、経済産業大臣の認定を受ける非上場会社の株式等を先代経営者から取得し、その会社を経営していく場合には、その後継者が納付すべき相続税のうち、その株式等(発行済株式の3分の2まで)に係る課税価格の80%に対応する相続税の納税が猶予されます。
この特例を受けるための要件
1 会社の主な要件:次の会社のいずれにも該当しないこと
(1) 上場会社
(2) 中小企業者に該当しない会社
(3) 風俗営業会社
(4) 資産管理会社
(5) 総収入金額がゼロの会社、従業員数がゼロの会社
2 後継者の主な要件
(1) 相続開始から5か月後において会社の代表権を有していること
(2) (後継者の要件は無くなりました。親族外の後継者でも構いません。)
(3) 相続開始の時において、後継者及び後継者と特別の関係がある者で総議決権数の50%超の議決権数を保有し、かつ、これらの者の中で最も多くの議決権数を保有することとなること
3 先代経営者である被相続人の主な要件
(1) 会社の代表権を有していたこと
(2) 相続開始直前において、被相続人及び被相続人と特別の関係がある者で総議決権数の50%超の議決権数を保有し、かつ、後継者を除いたこれらの者の中で最も多くの議決権数を保有していたこと
4 担保提供
納税が猶予される相続税額及び利子税の額に見合う担保を税務署に提供する必要があります。ただし、特例の適用を受ける非上場株式等のすべてを担保として提供した場合には、納税が猶予される相続税額及び利子税の額に見合う担保の提供があったものとみなされます。株券を発行していなくても構いません。
平成25年度改正の内容
平成21年に創設された事業承継税制ですが、5年間は厳しい『適用要件』を満たしている必要があったため、この『適用要件』の厳しさゆえに認定件数は平成24年9月までの4年間で549件(相続381件、贈与168件)に留まっていました。
すなわち、現行の事業承継税制の適用を受けるためには、相続開始前に一度、経済産業大臣の「確認」を受け、相続開始後に「認定」を受ける必要がありました。
そして、5年間は「親族の後継者が代表を継続、先代経営者は役員を退任、雇用の8割以上を毎年維持」するなどの『適用要件』が義務づけられており、これが満たせなくなると納税猶予は打ち切りとなって猶予されていた税額に利子税も加えて納めなければならないという厳しいものでした。
そこで、平成27年から事業承継税制が拡充され、中小企業オーナーにとって利用しやすい制度となりました。
(1)事前確認の廃止
従来は、制度利用の前に経済産業大臣の事前確認を受ける必要がありましたが、平成25年4月から不要になり、事務手続きが簡素化されました。
(2)親族外承継の対象化
従来は、制度の対象となる後継者は現オーナーの親族に限定されていましたが、平成27年1月から親族外の人を後継者とすることも可能となり、幅広い人材から適任者を選ぶことができるようになりました。
(3)雇用8割維持要件の緩和
従来は、雇用の8割以上を5年間「毎年」維持することが要件として課されていましたが、平成27年1月から5年間「平均」維持するという要件に緩和されることとなり、景気悪化による一時的なリストラも実行可能となりました。
(4)納税猶予打ち切りリスクの緩和
従来は、要件を満たせず納税猶予打ち切りの際は、納税猶予額に加えて利子税の支払いが必要でしたが、平成27年1月からは利子税率が引下げられるとともに(現行2.1%→0.9%)、承継後5年超で5年間の利子税が免除されることとなりました。
また、従来は、相続・贈与から5年後以降は、「後継者の死亡又は会社倒産」により納税が免除されることとされていましたが、平成27年1月からは、「民事更生、会社更生等の事業再生の際にも、納税猶予額が一部免除されることとなりました。
(5)役員退任要件の緩和
従来は、現オーナーは、株式の贈与時に役員を退任することが必要でしたが、平成27年1月からは代表者を退任することのみ必要とされ、有給役員として残留することが可能となりました。これによって、現経営者の信用力を継続して活用することができます。
(6)債務控除方式の変更
従来は、相続時の猶予税額の計算で現オーナーの個人債務・葬式費用を「株式」から控除するため、猶予税額が少なく算出されていましたが、平成27年1月からは現オーナーの個人債務・葬式費用は「株式以外の相続財産」から控除されることとなり、納税猶予がフル活用されることとなりました。
中小企業者とは?
業種分類 中小企業基本法の定義
製造業
その他 資本金又は出資額が3億円以下の会社又は常時使用する従業員の数が300人以下の会社及び個人
卸売業 資本金又は出資額が1億円以下の会社又は常時使用する従業員の数が100人以下の会社及び個人
小売業 資本金又は出資額が5千万円以下の会社又は常時使用する従業員の数が50人以下の会社及び個人
サービス業 資本金又は出資額が5千万円以下の会社又は常時使用する従業員の数が100人以下の会社及び個人
事業承継税制の問題点
事業承継税制の存在が知られていない
このように大きなメリットを持つ制度であるにもかかわらず、この制度は、中小企業経営者に知られていません。東京商工会議所による中小企業経営者に対するアンケート調査(平成27年1月)によれば、事業承継税制について「知っている」とする回答は23.5%であるのに対して、「知らない」とする回答は39.1%でした。事業承継税制は世間に普及していないのです。
事業承継税制の適用申請に会社の顧問税理士が協力しない
運良くこの制度を知ることになった中小企業経営者は、会社の顧問税理士に相談するはずでしょう。しかし、平均年齢60歳を超える普通の税理士は、事業承継税制に非協力的な姿勢を見えるケースが多いのです。
上記アンケート調査によれば、事業承継税制の問題点として、「要件が多く制度がわかりにくい。」「提出書類が煩雑でわかりにくい。」の2点が採り上げられている。筆者のように実績を積んで申請手続きに慣れてしまえば問題ありませんが、適用要件が細かく規定されており、それを充足できなかった場合のダメージが大きいため、申請した経験のない税理士が最初の1件を手掛ける際には躊躇することになるでしょう(大手会計システムTKCから適用要件の充足を自動判定してくれるソフトウェアが販売されているほどです。)。
また、60歳を超えた高齢のベテラン税理士に、複雑かつ難解な税制を一から勉強させることは酷でしょう。
それ以上に問題となるのは、提出書類の数が多く、それらを集めるも一苦労であることから、税理士の立場からすれば、その労力に見合う報酬を取ることができるかどうかという点です。
既存の顧問先からは、「これくらいの手続きは、月額顧問料の範囲内で当然にサービスしてくれるだろう。」などと無償サービスを要求されることもあるようです。税理士業もサービス業ですから、赤字になるような仕事はできません。
事業承継税制を否定する専門家も多い
一般向けに開催される事業承継のセミナーで、制度内容に誤解を招くような説明を行う専門家が多いようです。一番多いのは、制度を全く理解できていない専門家が、単純に制度が難しくて手続きに手間が掛かるという理由だけで、「使いづらい制度だから止めておきましょう。」と一蹴してしまうケースです。これは論外でしょう。
制度を理解している専門家であっても、「このデフレ低成長時代にあって、事業縮小や従業員リストラができないという制約は厳しすぎる。」と言う専門家、「M&Aという重要な経営戦略が封じられる制度は好ましくない。」と言う専門家がいます。
この点について、筆者の経験上、そもそもこの制度を適用する会社は、好業績の優良なファミリー企業であるから、事業縮小や会社売却を考える必要性は全くないと思われます。
微妙に納得してしまうために厄介なのは、「この制度は一度適用してしまうと、未来永劫、世代交代のたびに適用申請を続けなければならず、止めようと思ったときには、猶予された『多額の税金』に利息まで付けて納税しなければなりませんよ。」と、納税時の税負担の重さを強調する専門家です。
この点については、大きな誤解があります。納税猶予の対象となる株式は、次世代に承継される度に評価し直されるため、最初に適用されたときの高い株価が付きまとうわけではありません。株価が上昇を続ける場合は制度の適用を続けることになりますが、株価が下落したのであれば、事業承継税制を止めたとしても納税すべき税額は小さくなっており、何も恐れることはありません。
事業承継税制を適用したいと思っても、今の顧問税理士が必ず手伝ってくれるわけではありません。相続税申告だけ相続専門の税理士に依頼することがあるように、事業承継税制の申請だけは、事業承継専門の税理士に依頼すべきでしょう。