遺産分割が決まらぬ問題
遺産分割が決まらなければ、相続税の納税はできません。相続税は、相続開始から10ヶ月以内に現金で納付しなければなりませんが、分割協議がまとまらなければ預金の引出しもできません。そのため、相続人が固有の現金を持っていなければ、納税が困難となります。場合によっては、高い利息を付して分割納付する「延納」を選択しなければなりません。
また、遺産分割が決まらなければ、株式や不動産を売却することができません。預金の引出しはもちろん、株式や不動産の相続人への名義変更もできません。極端な話、相続人の中に1人でも遺産分割協議書に押印しない人がいれば、相続財産は処分することができなくなるのです。
さらに、遺産分割がまとまらない場合、不動産の名義変更登記ができないため不動産を売却できず、相続税の納付ができなくなるような事態が出てきます。そして、遺産分割がまとまらなければ、相続人の生活費が枯渇してしまう事態が生じる可能性があります。
相続発生が知られてしまいますと、銀行は被相続人の預金口座をすべて凍結しますから、遺産分制がまとまらないかぎりは預金を引き出すことはできません。このような場合、相続人が被相続人のお金に 依存していたとすれば、生活費が足りなくなる可能性があります。
裁判は最も大きなリスク
何よりも重要な問題は、遺産分割がまとまらずに相続人間で裁判になるリスクがあることです。すなわち、訴訟に発展すれば、多額の弁護士費用が必要と なることに加えて、数年間にわたり、預金の引出しや不動産の売却ができなくなります。また、裁判の長期化によって人間関係が悪化し、すべての相続人に大きな精神的ストレスをもたらすことになります。
税金面でも不利になる
一方、遺産分割がまとまらない場合、相続税申告が不利になります。相続税の申告期限(相続開始後10ヶ月以内)までに遺産分割がまとまらないと、「配偶者の税額軽減 (配偶者が取得する相続財産が法定相続分相当額または1億6,000万円まで課税されないとする制度)」や「小規模宅地等の特例 (被相続人の生活基盤になっていた居住用・事業用の宅地は、評価額が減額される制度)」などを適用することができなくなります。
そのため、遺産分割に合意できた場合と比べて税負担が一時的に大きくなります。
「配偶者の税額軽減」を適用できる場合には、配偶者の法定相続分または遺産総額の2分の1まで相続税は課税されません。よって、相続人全員の相続財産がどんなに多くても、配偶者のいる相続では、納税額は大幅に軽減されるのです。
「小規模宅地等の特例」についても同様で、遺産分割に際して、相続人が居住用の土地(330㎡まで)を相続することを確定させなければなりません。居住用宅地には80%評価減が使えるため、仮に、1億円の土地(330㎡未満)の場合、課税価格に算入すべき金額は2,000万円となります。未確定のままの場合は、1億円が相続財産に算入されるため、小規模宅地等の特例が適用された場合に比べて評価額が8,000万円大きくなり、税負担が大きくなります。
遺産が未分割であれば、これらの特例を適用しないものとして計算された相続税を納付しなくてはなりません。「配偶者の税額軽減」と「小規模宅地等の特例」を必ず適用できるように、遺産分割を確実にまとめることが不可欠です。
税理士など専門家のアドバイスを
このような相続後のトラブルを避けるためにも、早い段階で税理士等の専門家のアドバイスを受け、生前に財産を評価したうえで、バランスのよい分割を決めておくべきです。
なお、多くの被相続人が、債務など誰も欲しがらないはずだと考えているのか、遺産の分割案を作成する際に、債務者を誰にするかが明示されていないケースがあります。しかし、銀行借入金などの債務は特定の相続人だけのものとはならず,法定相続人全員の共有とされるものです。それゆえ、分割案を作成する際には、債務の負担者も明記することを忘れてはいけません。
遺産分割の話し合いをまとめるための手法として、「代償分割」があります。これは、共同相続人のうち1人または数人が不動産や非上場株式を取得し、その不動産や非上場株式を取得した者が、他の共同相続人に対して現金(代償金)を支払う方法です。
相続財産の中に不動産や非上場株式が占める割合が多い場合、不動産の共有が問題となりますが、「代償分割」を行えば、不動産を共有せずに遺産分割をまとめることができます。換金しづらい大きな財産を特定の相続人に集中させたい場合などに有効な方法です。もちろん、大きな財産を相続した者は、他の共同相続人に対して代償金を支払うことになるため、そのための現金の確保が必要とされます。
遺言書の重要性
遺産分割で発生する争いを防止するためには、「遺言書」を生前に作成しておくとよいでしょう。なぜなら、「遺言書」があれば、相続人全員による遺産分割協議を行わないで遺産分割ができるからです。
「遺言書」がなければ、相続の際に遺産分割協議が必要となり、共同相続人同士の話し合いにおいて、争いが生じやすくなります。協議がまとまらなければ、いつまでたっても相続財産を分けることができません。相続の現場では、子供たちが親の遺産相続をめぐって感情的に対立することとなり、骨肉の争いに発展した結果、絶縁状態に陥ってしまうケースもあります。こうした親族間の争いを防止するために、「遺言書」を生前に作っておくことによって遺産分割協議の実施を回避するのです。
遺言書は、死後における自分の財産の処分を、配偶者や子供などに伝えるとともに、その実現を図ろうとするものです。たとえば、相続人が長男、次男、三男の3人で、相続財産が賃貸不動産だけだとします。賃貸不動産を3人で相続して共有した場合、3人の署名・押印がなければ、その不動産を売却することも、不動産を担保にして銀行借入れを行うこともできません。
この点、遺言書があれば、「賃貸不動産は長男に相続させ、長男は次男と三男に現金5,000万円を支払う」といった「代償分割」を行うこととし、賃貸不動産を共有で相続する事態を回避することができます。つまり、遺言書によって、相続財産を共有にしないことが相続対策となるのです。
相続財産は、法定相続割合に従って相続することが原則ではありますが、遺言書があればこの法定相続割合に従わず、たとえば長男にだけ多くの財産を遺すこともできます。また、誰にどの財産を遺すのかを特定できますか、「会社は長男に継がせたい」や「老後の面倒を見てくれた長女にはこの自宅に住んでもらいたい」など、被相続人の遺志を尊重することができます。
もちろん、特定の相続人に対して極端に多くの財産を分けた場合、他の相続人には、相続財産を胃底の割合で受け取る権利(遺留分)がありますから、遺留分減殺請求権 (遺留分の侵害があった場合、その分を取り戻す権利)を行使される可能性は残ります。
しかし、相続の現場では、亡くなった親の遺志を反映する遺言書に従って遺産分割が行われたならば、遺留分減殺請求権の行使をためらう相続人が多く見られます。
遺言書の形式の違い
ところで、遺言書の形式には3種類あります。このうち、一般的に使われるものは「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」です。実は、遺言書があっても、必ずしも遺言者の遺志に従って財産が分配されるとは限りません。
特に、自筆証書遺言の際に問題が生じることがあります。自筆証書遺言は、家庭裁判所の検認を受けなければなりません。検認を受け、相続人の誰からも異議がない場合、遺言書を提示すれば、不動産等の相続登記は可能ですが、銀行に預金の払戻しを請求しても、「他の相続人全員の承諾書」または遺産分割協議書を要求されることが一般的です。これは、たとえ検認済みであっても遺言の真偽をめぐって争いが生じるおそれがあるからです。
さらに、家庭裁判所が発行する検認済証明書に「相続人○○は、この遺言書の筆跡に疑義があると陳述した」などの記載があれば、不動産等の相続登記もできません。これは、法務局は権利を確定する機関ではなく確定した権利を公示する機関であるため、遺言自体に疑義があるものに権利確定させるわけにはいかないからです。
それゆえ、相続後のトラブルを避けるためにも、公正証書遺言を作成しておくべきです。公正証書遺言は公文書なので、家庭裁判所による検認手続きは不要であり、遺産分割協議書がなくても登記することが可能です。これによれば、私文書である自筆証書遺言のような問題が生じるおそれはありません。
ちなみに、遺言者にとって望ましい遺産の分割であると思っても、分割のバランスが悪くなってしまうと相続税が支払えないなどの事後的トラブルが発生します。本来であれば、土地については、納税に充てる土地、賃貸マンション建築などに有効活用する土地、自宅として残す土地の3つに分けて遺産分割を行う必要がありますが、遺言書にそれが考慮されていない場合、結果的に小規模宅地の特例などが適用されず、相続人は納税に苦慮することになります。