通所介護(デイサービス)業界のM&Aと企業価値評価

介護施設デイサービス

近年、通所介護(デイサービス)業界のM&Aが増えている。ここでは、デイサービス業界の市場動向やビジネスモデル、M&Aの買い手側によるデュー・ディリジェンスにおける注意点、企業価値評価(株価算定)で使う数値(マルチプルなど)について説明する。これらから、デイサービス業界においてM&Aを成功させるためのポイントについて考えてみよう。

目次

M&Aの多い通所介護(デイサービス)業界の現状

デイサービス業界の全体像を理解するために、市場動向や経営環境、ビジネスモデル、M&Aの買い手候補となる同業他社について説明する。

通所介護(デイサービス)業界の市場動向・経営環境

デイサービスとは、要介護者等の利用者を老人デイサービス施設に通わせ、そこの施設において入浴・排泄・食事等の介護、生活に関する支援、健康状態の確認など日常生活の世話や機能訓練を行う事業者のことをいう。

わが国の介護福祉政策の重点が、居宅サービスにシフトしているため、デイサービスの利用者が増加している。厚生労働省「公的介護保険制度の現状と今後の役割(平成30年)」によれば、介護サービス利用者は2000年に149万人でしたが、2017年には488万人と3倍になっている。

厚生労働省「介護保険事業報告」によれば、2016年のデイサービスの市場規模は約1兆3千億円と報告されている。

通所介護(デイサービス)業界のビジネスモデル

デイサービス業のビジネスモデルは、都道府県知事からの指定を受け、規定される施設と人員を抱え、高齢の利用者に対して介護サービスを提供するというものである。

介護保険制度において提供されるサービスは、居宅サービス、地域密着型サービス、施設サービスの3つに大別されるが、デイサービスは居宅サービスに分類される。

デイサービスを営むための人員に関する基準では、生活相談員、看護師、介護職員等を一定数常勤させなければならないと指定されている。また、設備に関する基準では、食堂や職能訓練室を一定面積以上設置しなければならないと指定されている。

通所介護(デイサービス)業界M&Aで買い手候補となる企業

デイサービスの事業承継を目的としたM&Aであっても、買い手候補は上場企業や大企業が中心になると考えられる。この業界では、以下のような企業が中心となって業界再編を進めていくことが想定される。

ツクイ、チャーム・ケア・コーポレーション、セントケア・ホールディングス、ユニマットリタイアメント・コミュニティ、SIホールディングス、シダー、ケアサービス、やまねメディカル、インターネットインフィニティー、ロングライフホールディングス、メディカル一光である。

通所介護(デイサービス)業界M&Aで売却する売り手のメリット

安定している大手企業にM&Aでデイサービスを承継することで、職員の雇用を維持し、事業のさらなる成長を実現することができる。また、高齢の利用者は、地域密着型の施設を継続して利用することもできることに加え、提携する医療機関との関係を継続することができる。

また、小規模事業者が単独では難しかったIT投資によるデジタル化の推進よって、デイサービスの経営効率化を実現することができる。結果として生産性が向上すれば、従業員の給与水準をアップさせることができるだろう。

さらに、買い手企業が大企業であれば、事業規模の拡大による生産性向上、人材採用コスト、広告宣伝費、本社経費を削減し、M&Aによるシナジー効果を得ることができる。

以上のようなシナジー効果が期待され、買い手候補にとって魅力的な事業であれば、売り手側の経営者は、高い売却価格を実現することができ、引退した後のライフプランを充実したものとすることができる。

通所介護(デイサービス)業界M&Aで買収する買い手の注意点

デイサービスの買収を行う際、デュー・ディリジェンスにて調査すべき経営資源や注意点を説明する。

通所介護(デイサービス)の買収デュー・ディリジェンスにおける注意点

デイサービスは、労働環境が厳しいという特徴がある。それゆえ、職員との面接を実施し、職場の人間関係や事業所への不満が無いかを質問することが必要である。

従業員の長時間労働が続く事業所であれば、未払残業代のような簿外債務が無いか確かめることが必要だろう。

また、リハビリ等の機器、送迎用の自動車が陳腐化していないか、買換え投資が必要ないか、現物を調査することも必要となる。

通所介護(デイサービス)の買収で承継すべき経営資源

デイサービスでは、介護サービスを提供する職員が基本となる経営資源である。デイサービスの職員の離職率は高く慢性的な人手不足にあるため、処遇改善も検討するなど、職員を退職させずに継続雇用することが重要なポイントである。

職員は、事業承継によって退職するケースが多いため、デイサービスのM&Aを行う場合は、職員の引継ぎに時間と労力をかけるなど、人的資産の承継を丁寧に行うことが重要だろう。

通所介護(デイサービス)を買収するときの企業価値評価(株価算定)

デイサービスのM&Aにおける企業価値評価(株価算定)を行う際に活用することができる財務数値は、以下の通りとなっている。

通所介護(デイサービス)の評価で使う資本コストとマルチプル

まず、TKC経営指標(2018年度)によれば、デイサービスの収益性について、売上高成長率は約6.1%である。また、粗利率は87.3%、営業利益率は2.0%となっている。生産性について、1人当たり売上高は422万円、1人当たり人件費は262万円となっている。

次に、2020年8月現在の開示情報および市場株価によれば、デイサービスのマルチプル(倍率)について、PBR倍率は1.5~2倍、PER倍率は20~30倍、EBITDA/企業価値倍率は10~15倍となっている。

さらに、筆者が推計するデイサービスの株主資本コストは、安定した老舗企業であれば8%、急成長の新興企業であれば12%が妥当であると考える。これは、この類似上場企業のROICが4~5%であることを考慮しつつ、類似上場企業のベータ値が0.7~0.9であること、ヒストリカル・マーケット・リスク・プレミアム(1950年代~2020年)が7%~9%であることを前提にして、小規模リスク・プレミアムを加算して推計している。

通所介護(デイサービス)の類似上場企業比較法で採用すべき企業の例

デイサービスを評価する類似上場企業比較法で採用すべき上場企業として、ツクイ(2398)、チャーム・ケア・コーポレーション(6062)、セントケア・ホールディングス(2374)、ユニマットリタイアメント・コミュニティ(9707)、シダー(2435)、ケアサービス(2425)、インターネットインフィニティー(6545)、ロングライフホールディングス(4355)、メディカル一光グループ(3353)が挙げられる。

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この記事を書いた人

公認会計士/税理士/宅地建物取引士/中小企業診断士/行政書士/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)
平成28年経済産業省「事業承継ガイドライン委員会」委員、令和2年度日本公認会計士協会中小企業施策研究調査会「事業承継支援専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」代表幹事。
一橋大学大学院修了。監査法人にて会計監査及び財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、三菱UFJ銀行ウェルスマネジメント・コンサルティング部、みずほ証券投資銀行部門、メリルリンチ日本証券プリンシパル・インベストメント部門に在籍し、中小企業の事業承継から上場企業のM&Aまで、100件を超える事業承継のアドバイスを行った。現在は税理士として相続税申告を行っている。

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