技術・信用を引継ぐ!目に見えない知的資産の承継の重要性

信用

事業承継では、会社の経営を今後も存続させることが重要であり、そのためには技術や信用など経営の核となる知的資産の承継が欠かせません。

ここでは知的資産の重要性や、その維持に関して人材や社外ネットワークなどの観点から見ていきましょう。

目次

事業承継において重要な知的資産の承継

事業承継において後継者に承継されるものとして、真っ先に頭に浮かぶものは何でしょうか?おそらく株式や経営権でしょう。しかし、もっと重要なものがあるのです。

承継される経営資源を大きく3つに分けると、人(経営)・資産・知的資産です。経営権は人(経営)、株式は資産に含まれます。

これらは、後継者が事業を承継するために最低限必要なものです。しかし、これらだけでは、後継者が経営するために十分な経営資源であるとは言えません。

なぜなら、地域経済の活力の担い手である中小企業が多くのステークホルダー(関係者)を満足させるためには、会社の持続的な成長が必要だからです。

そのためには、事業承継を自社の経営革新のきっかけとして、強みを一層伸ばすことが不可欠です。その際、株式や経営権などに加えて、知的資産をしっかりと承継することが大切です。

3つの承継資産の要素

経営資源

(中小企業庁 事業承継マニュアル)

知的資産とは何か?

知的資産とは、人材、技術、組織力、顧客ネットワーク、信用などの目に見えにくい資産のことです。企業の競争力の源泉となります。特許やノウハウだけではなく、組織や人材、ネットワークなどの企業の強みを総称する幅広いものと考えられます。

この知的資産は、財務諸表の区分である有形固定資産、無形固定資産とは異なる概念です。

知的資産のイメージ

知的資産

(中小企業基盤整備機構 知的資産経営マニュアル)

狭義の知的資産は、特許権や著作権などの知的財産権とされます。広義の知的資産には、ブランドやノウハウなどの知的財産、人材や経営理念、ネットワークなどが含まれます。

この知的資産の特徴は、一部の知的財産権を除き、財務諸表に載っていない非財務情報であること、目に見えにくい資産であることです。つまり、日常業務の中では、経営者や従業員ともに、特別に意識することなく利用・活用され、暗黙知となっているものです。

なぜ企業経営において知的資産が重要なのか?

企業価値は、主に財務諸表上の資産から創出されることが多いですが、その財務諸表の背後にあるものが、非財務情報である知的資産です。

なぜなら、売上げを上げるためには、強みを活用する必要があります。一般的に強みは、商品力や営業力、品質などですが、その強みの源泉となるもののが、知的資産です。

たとえば、以下のように「強み」の背後には「強みの源泉(知的資産)」があるのです。

強みと強みの源泉(知的資産)の概念図

事業価値源泉

強みは、事業環境や内部経営資源の変化により、維持・強化を図りながら、形を変えていきます。

しかし、強みの源泉となる知的資産は、目に見えにくく、その多くは社内や組織に脈々と受け継がれており、急激に変化するものではありません。また、自社で気づいていないものもあるかもしれません。

このように強みは、顧客など社外から見えているものです。ただし、知的資産は、言葉では理解できるものの、社外から見てもわかりにくいものです。

そのため、形式上同じような規模の同業他社が技術力やスピードで自社の強みと競合しようしても、それを実現するための知的資産を持ちえないと、商品やサービスの差別化はできません。

維持する努力が必要な知的資産

知的資産は、何もしなくても会社や組織に受け継がれるものではありません。せっかく生み出した知的資産が失われることもあります。

たとえば、経営者のリーダーシップは、経営者が引退してしまうと、失われてしまいます。何もしなければ、リーダーシップという貴重な知的資産が消滅するのです。

職人の技術を伝承する

また、従業員の持っている精密加工の職人技にも、同様の傾向があります。これらは、属人的な要素が高い知的資産ですので、リスク・マネジメントの観点から、日頃から技能伝承できる仕組みを構築しておきます。

企業文化という知的資産

失敗を恐れず、次々に新しいものにチャレンジする企業文化は、容易に構築できるものではなく、また喪失しやすいものではないと考えられます。

しかし、業績が悪く、アイデアは浮かんでも実行できなかった時期が長く続いてしまうと、当初の企業文化が徐々に失われかねません。

このような場合は、しっかりと経営理念やビジョンを整備し、大切な知的資産として保持していく努力が必要です。

顧客基盤や信用

顧客基盤や信用などは、社外に依存するものです。これらは、顧客を大切にした営業活動や高品質の維持、広告宣伝、地域貢献活動などの自社の営業活動の成果として、長年にわたって築き上げたものです。

経営者交代により、経営方針は理由もなく変えてはいけません。もし不祥事などが起こると、顧客基盤や信用力を一瞬で喪失してしまうリスクに留意しなければいけません。

知的資産は、事業承継において特別扱いすべきものではありません。しかし、目に見えにくいため、事業承継の際に承継されず、うっかり失ってしまうリスクがあります。

そこで、一般的に、知的資産としてどのようなものがあるかを知り、事業承継の際にチェックすることが重要です。

事業の根幹をなす人材という知的資産

「企業は人なり」と言われるように、会社を経営して、売上げや利益を生み出すのは、すべて人です。人材が事業の中心であり、人材が事業の成長をもたらします。

大手企業も中小企業もすべての事業は、初めに創業者が事業を興したものです。つまり、事業を営む上で、経営者が大切な知的資産なのです。

経営者によって異なりますが、経営者が持つ事業に対する想い、先見性、積極性、探究心、開発力、決断力、営業力、コミュニケーション力、スピードなどが、事業を現在まで成長させてきました。

それゆえ、事業承継において、その経営者から後継者がこれらの知的資産を引き継ぐことは、とても重要なことであると考えられます。

そこで、経営者が持つ類まれな能力を知的資産として把握し、引き継ぐもの引き継がないものを分けた上で、引き継ぐべきものを、後継者や従業員がしっかり承継するようにします。

また、会社は経営者一人で経営できるものではありません。会社の理念や事業に共感を持った従業員が成果を出したことで、現在の会社の地位があります。

従業員が持つ経験、新製品を企画する能力、チャレンジ精神、柔軟性、ノウハウ、自由闊達な風土、高い定着率などが、貴重な知的資産です。

業績に直結する知的資産としての技術力・営業力

精密加工技術や提案営業力を強みとしている企業があります。それらを実現している強みの源泉が知的資産です。

知的資産に属人的な要素が強い場合は、従業員の退職などによって喪失しないように、計画的に承継します。

たとえば、精密加工技術は、それを実現する材料と工具、治具などとの摺合せ技術、社外から生産設備を調達してカスタマイズできる設備設計力、多様な素材の精密加工を可能にする設備と人材などが考えられます。

顧客や競合他社は、強みである精密加工技術を、製品を通じて見ることができます。しかし、それをどのように実現しているかは、企業秘密、ブラックボックスです。そこに、その会社ならではの知的資産が隠れています。

また、提案営業力では、顧客との綿密なコミュニケーション、技術者を営業に同行させることによる顧客価値の深い理解、試作のフットワークの軽さ、積極的な提案営業を可能にする人事評価制度などが、実現の原動力になっているでしょう。

市場の成熟化にともない、顧客がどのような商品・サービスを望んでいるか明確化できない場面が増えることで、供給者に対する期待は大きくなっています。

同じ業界にあっても、商品提案できる会社とできない会社があるということは、それらの会社が持っている知的資産に違いがあるからでしょう。

ビジネスを構築する社外ネットワークという知的資産

製造業の事業活動は、材料を仕入れ、製品を生産し、販売して売上げを上げることです。つまり、自社のみでは事業は成立しません。社外とのネットワークが重要になります。

社外とのネットワークは、主に商品やサービスの販売先である顧客、原材料の仕入れや情報の入手先である調達先、業界団体や地域などのヨコの関係者などがあります。これらのネットワークは、会社の固有の知的資産です。

販売先との関係

販売先とのネットワークは、自社の商品やサービスを購入していただく取引先です。多くの販売先を有していること、異なる業界の販売先を有していること、海外の販路を持っていること、熱心なリピーターを保有していることなど、さまざまな種類のネットワークがあります。

仕入先との関係

仕入先とのネットワークは、材料仕入れであれば、多様な取引先を保有していることや、数量限定品(特産品や大量生産できない物品、特注品など)が供給可能な取引先を確保していること、高い製造能力を持つ外注先と連携していることなどです。

業界団体との関係

業界団体とのネットワークは、技術的課題などの情報共有やノウハウの蓄積、業界団体としての行政などへの支援要請や働きかけ、業界の信頼性確保の取り組みなどです。

また、顧客や調達先、金融機関、行政など地域一体のネットワークも考えられます。

このように、社外ネットワークは、自社の取り組み姿勢であるとともに、外部に依存するものです。事業承継によって経営者が後継者に変わるタイミングに、これらのネットワークも承継しなければいけません。一層強化するもの、過去のしがらみとして引き継がないものを見極めます。

知的資産としての「信用」

事業承継によって経営者が交代しても、しっかりと承継していくべき知的資産が信用です。

経営者にひもづいた属人的な信用もあれば、会社名、ブランド、商品・サービス名、商標名などの信用、品質や配送サービスで得ている信用などがあります。また、社外に限らず、人事制度などにおける社員からの信用といった内部の信用もあります。

信用は、長年、経営者や会社が築いてきた社外の顧客や取引先、金融機関、社内の従業員などとの人間関係に基づくものです。

言葉で言うほど信用の承継は容易ではありません。ビジネスの世界で、自分で自分のことを「信用してください」と言っても、信用するほどお人よしはいません。後継者は、社長に就任しても、社外からは様子見されるかもしれません。

信用を得るためには、言葉に加え行動することです。経営者の威光に頼らず、後継者が一から信用を築くつもりで、誠意を持って、事業に取り組みことが大切です。

しかし、お世話になった経営者のために取引をしてきたという取引先が存在するかもしれません。その場合は、事業承継によって取引が突然止まりかねませんので、事前に経営者と一緒に取引先を訪問して理解を求め、しっかりした引継ぎ手続きを行うことが必要です。

知的資産が会社を成長に導く

地域経済の活力の担い手である中小企業は、事業承継をきっかけとして、会社の強みを一層伸ばすことが期待されています。

それには、形式的に後継者に株式や経営権などを承継すれば済むものではなく、強みの源泉である知的資産をしっかり承継することが大切です。

知的資産は、目に見えにくく会社固有のものであり、株式や経営権など法的に承継の手順が決まっているわけではありません。したがって、承継の手続きに決まりはありません。ただし、承継に長い時間を要するものがほとんどです。

知的資産を円滑に承継できないまま、経営者にもしものことがあれば、事業が行き詰まります。その影響は、これまで支援してくれた顧客や取引先、金融機関、社員など広範囲に及びます。

知的資産の重要性を認識し、計画的にその承継を進めることが重要です。

(事業承継コンサルタント・中小企業診断士 木下岳之)

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この記事を書いた人

公認会計士/税理士/宅地建物取引士/中小企業診断士/行政書士/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)
平成28年経済産業省「事業承継ガイドライン委員会」委員、令和2年度日本公認会計士協会中小企業施策研究調査会「事業承継支援専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」代表幹事。
一橋大学大学院修了。監査法人にて会計監査及び財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、三菱UFJ銀行ウェルスマネジメント・コンサルティング部、みずほ証券投資銀行部門、メリルリンチ日本証券プリンシパル・インベストメント部門に在籍し、中小企業の事業承継から上場企業のM&Aまで、100件を超える事業承継のアドバイスを行った。現在は税理士として相続税申告を行っている。

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