Webメディア業界のM&A(買収・売却)と企業価値評価

Webメディア

近年、Webメディア業界のM&Aが増えている。ここでは、Webメディア業界の市場動向やビジネスモデル、M&Aの買い手側によるデュー・ディリジェンスにおける注意点、企業価値評価(株価算定)で使う数値(マルチプルなど)について説明する。これらから、Webメディア業界においてM&Aを成功させるためのポイントについて考えてみよう。

目次

M&Aの多いWebメディア業界の現状

Webメディア業界の全体像を理解するために、市場動向や経営環境、ビジネスモデル、M&Aの買い手候補となる同業他社について説明する。

Webメディア業界の市場動向・経営環境

Webメディア業は、インターネットのWebサイト上でテキスト文字、画像、音声、動画などのコンテンツによって情報提供し、ユーザーから対価を得たり、広告主から広告料を受け取ったりする事業者のことをいう。

インターネットのユーザーは増加傾向にあるため、市場は拡大傾向にあるものの、誰もが個人で簡単に情報発信できるようになったため、提供する情報を差別化し、十分な広告料を得ることが難しくなってきている。

矢野経済研究所の「インターネット広告市場規模推移と予測」によれば、インターネット広告の国内市場は2018年に1兆6千億円であったが、2023年には2兆8千億円まで増加すると予想されている。この増加の主たる要因は、スマートフォン広告の増加であり、近年では、全体の約7割がスマートフォン利用者に対する広告とのことである。

Webメディア業界のビジネスモデル

Webメディア業のビジネスモデルは、他のメディアの記事を収集してまとめるキュレーション・サイトと、自社で記事を制作して発信するオンライン・メディアに大別される。

オンライン・メディアの場合は、制作費や取材費をかけてコンテンツを制作する。それを記事として配信し、ユーザーを集め、その記事と併せて配信される広告(Google Adsenseなど)への誘導を図るのである。Webメディアは、この広告のクリック数に応じて広告主から広告料を得る。

一般的に、配信される情報は無料であり、そこでページ・ビューを増やして広告料を収益源とするビジネスが基本であった。広告は、Googleによるターゲット広告が中心である。しかし、近年は、配信される情報を有料化するケースが出てきている。

Webメディア業界M&Aで買い手候補となる企業

Webメディア業の事業承継を目的としたM&Aであっても、買い手候補は上場企業や大企業が中心になると考えられる。この業界では、以下のような大企業が中心となって業界再編を進めていくことが想定される。

エムティーアイ、フェイス、モバイルファクトリー、インタースペース、メンバー、クルーズ、アイティメディア、マーケットエンタープライズ、じげん、リアルワールド、シンクロ・フード、イノベーション、ZUU、ロコガイド、イード、イトクロ、GMOメディア、ポート、きずなホールディングスである。

Webメディア業界M&Aで売却する売り手のメリット

安定している大手企業にM&AでWebメディア業を承継することで、優良なコンテンツの活用を維持し、Webメディアのさらなる成長を実現することができる。また、得意先である一般ユーザーは、お気に入りのWebメディアを継続して閲覧することもできることに加え、ライターなどの仕入先との関係を継続することができる。

また、小規模事業者が単独では難しかった最新技術の導入によるWebサイトの高度化よって、ページ・ビューの増加を実現することができる。結果としてページ・ビューが向上すれば広告料収入が増加し、従業員の給与水準をアップさせることができるだろう。

さらに、買い手企業が大手Webメディアであれば、サイトの相互リンクによる回遊率の向上、相互の被リンクによるSEO効果や、ライター獲得コスト、本社経費を削減し、M&Aによるシナジー効果を得ることができる。

以上のようなシナジー効果が期待され、買い手候補にとって魅力的な事業であれば、売り手側の経営者は、高い売却価格を実現することができ、引退した後のライフプランを充実したものとすることができる。

Webメディア業界M&Aで買収する買い手の注意点

Webメディア業界で買収を行う際、デュー・ディリジェンスにて調査すべき経営資源や注意点を説明する。

Webメディア業の買収デュー・ディリジェンスにおける注意点

Webメディア業は、新しい技術への対応を続けること、良質な記事を配信し続けることが求められ、継続的にシステム開発やコンテンツ制作のコストが発生するという特徴がある。SEO効果が発揮され、検索サイトに上位表示されるまで3ヶ月から6ヶ月かかると言われており、それまで広告料は少ないものの支出が先行するため、資金繰りが悪化する。良質な記事の制作によって、将来の広告料収入を生み出すコンテンツとなっているか、確かめる必要があるだろう。

Webメディア業の事業性を評価する場合の注意点として、Webメディアのアクセス回数、閲覧数がある。インターネット広告は、クリック数によって課金されるものであり、掲載する広告のクリック数を増やすことによってWebメディアの収益は増加する。それゆえ、SEO効果を高めることだけに注力され、品質の低いコンテンツばかりが提供されるWebメディアもある。検索サイトでの上位表示と記事の品質の高さは両立しないため、注意が必要だろう。

また、既存のコンテンツが著作権法や個人情報保護法に違反していないか、コンプライアンスの調査が必要とされるだろう。

Webメディア業の買収で承継すべき経営資源

Webメディア業では、既存のコンテンツ(記事、画像、動画)が基本となる経営資源である。これらが蓄積して無形資産となり、将来の収益を生み出すこととなるからである。

また、将来の成長を図るためには、継続的にコンテンツを制作する必要があるため、優秀なエンジニアとライターや編集者、SEO効果を発揮させるマーケターが経営資源となる。Webサイトだけでなく、人的資源の承継も必要となるだろう。

無形資源は、事業承継によって喪失されることが多いため、Webメディア業のM&Aを行う場合は、顧客関係の引継ぎに時間と労力をかけるなど、無形資産の承継を丁寧に行うことが重要だろう。

Webメディア業を買収するときの企業価値評価(株価算定)

Webメディア業のM&Aにおける企業価値評価(株価算定)を行う際に活用することができる財務数値は、以下の通りとなっている。

Webメディア業の評価で使う資本コストとマルチプル

まず、Webメディア業の収益性は詳しく開示されていないものの、成長性、収益性はいずれも高いと推測される。

2020年8月現在の開示情報および市場株価によれば、Webメディア業のマルチプル(倍率)について、PBR倍率は3~4倍、PER倍率は30~50倍、EBITDA/企業価値倍率は15~20倍となっている。

さらに、筆者が推計するWebメディア業の株主資本コストは10%が妥当であると考える。これは、この類似上場企業のROICが8~10%であることを考慮しつつ、類似上場企業のベータ値が0.9~1.1であること、ヒストリカル・マーケット・リスク・プレミアム(1950年代~2020年)が7%~9%であることを前提にして、小規模リスク・プレミアムを加算して推計している。

Webメディア業の類似上場企業比較法で採用すべき企業の例

Webメディア業を評価する類似上場企業比較法で採用すべき上場企業として、エムティーアイ(9438)、フェイス(4295)、モバイルファクトリー(3912)、インタースペース(2122)、メンバーズ(2130)、クルーズ(2138)、アイティメディア(2148)、マーケットエンタープライズ(3135)、じげん(3679)、リアルワールド(3691)、シンクロ・フード(3963)、イノベーション(3970)、ZUU(4387)、ロコガイド(4497)、イード(6038)、イトクロ(6049)、GMOメディア(6180)、ポート(7047)、きずなホールディングス(7086)が挙げられる。

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この記事を書いた人

公認会計士/税理士/宅地建物取引士/中小企業診断士/行政書士/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)
平成28年経済産業省「事業承継ガイドライン委員会」委員、令和2年度日本公認会計士協会中小企業施策研究調査会「事業承継支援専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」代表幹事。
一橋大学大学院修了。監査法人にて会計監査及び財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、三菱UFJ銀行ウェルスマネジメント・コンサルティング部、みずほ証券投資銀行部門、メリルリンチ日本証券プリンシパル・インベストメント部門に在籍し、中小企業の事業承継から上場企業のM&Aまで、100件を超える事業承継のアドバイスを行った。現在は税理士として相続税申告を行っている。

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