近年、自動車販売店(ディーラー)業界のM&Aが増えている。ここでは、自動車販売店(ディーラー)業界の市場動向やビジネスモデル、M&Aの買い手側によるデュー・ディリジェンスにおける注意点、企業価値評価(株価算定)で使う数値(マルチプルなど)について説明する。これらから、自動車販売店(ディーラー)業界においてM&Aを成功させるためのポイントについて考えてみよう。
M&Aの多い自動車販売店(ディーラー)業界の現状
自動車販売店(ディーラー)業界の全体像を理解するために、市場動向や経営環境、ビジネスモデル、M&Aの買い手候補となる同業他社について説明する。
自動車販売店(ディーラー)業界の市場動向・経営環境
自動車販売店(ディーラー)業は、自動車の新車を小売りする事業者のことをいう。中古自動車の販売や自動車整備業と兼業する販売店が多くなっている。
「平成28年経済センサス・活動調査」によれば、国内の新車販売台数は、2008年の508万台から、2013年の537万台へ増加したものの、2017年には523万台まで減少している。
わが国の人口減少という構造的要因に加えて、レンタカーやカーシェアリングの普及、若者の車離れ、平均使用年数の長期化によって新車の需要は減少しており、長期的には400万台になると予想されている。
そのため、自動車メーカー主導で販売店の経営統合が進められている。
自動車販売店(ディーラー)業界のビジネスモデル
自動車販売店(ディーラー)業のビジネスモデルは、自動車メーカーから新車を仕入れ、それを顧客である一般ユーザーへ販売するというものである。車検を中心とする自動車整備業を兼業する販売店が多くなっている。以前は訪問販売が中心でしたが、現在は店舗販売が中心となっている。
新車の市場規模は長期的に縮小しているため、経営環境は厳しくなっている。自動車販売にとどまらず、自動車保険の販売、クレジット・割賦販売などの金融商品販売、保守やメンテナンスまで対応することが必要となる。
自動車販売店(ディーラー)業界M&Aで買い手候補となる企業
自動車販売店(ディーラー)業の事業承継を目的としたM&Aであっても、買い手候補は上場企業や大企業が中心になると考えられる。この業界では、各都道府県を商圏として営業を行う非上場の老舗ディーラーが中心となって、エリア毎に業界再編を進めていくことが想定される。
一方、上場企業としては、ネクステージ、ATグループ、オートウェーブ、日産東京販売ホールディングス、VTホールディングス、ICDAホールディングスがあるが、自動車メーカーがエリア別に業界再編を主導することから、地域を超えたM&Aが行われる可能性はほとんど無いだろう。
自動車販売店(ディーラー)業界M&Aで売却する売り手のメリット
安定している大手企業にM&Aで自動車販売店(ディーラー)業を承継することで、従業員の雇用を維持し、事業のさらなる成長を実現することができる。また、得意先である既存顧客は、馴染みの販売店で自動車を買い替えできることに加え、自動車メーカーとの取引関係を継続することができる。
また、小規模事業者が単独では難しかったIT投資によるデジタル化の推進よって、自動車販売店(ディーラー)業の経営効率化を実現することができる。結果として生産性が向上すれば、従業員の給与水準をアップさせることができるだろう。
さらに、買い手企業が大企業であれば、店舗規模の拡大による生産性向上、大量仕入れによる原材料費の引下げや、人材採用コスト、広告宣伝費、本社経費を削減し、M&Aによるシナジー効果を得ることができる。
以上のようなシナジー効果が期待され、買い手候補にとって魅力的な事業であれば、売り手側の経営者は、高い売却価格を実現することができ、引退した後のライフプランを充実したものとすることができる。
自動車販売店(ディーラー)業界M&Aで買収する買い手の注意点
自動車販売店(ディーラー)業界で買収を行う際、デュー・ディリジェンスにて調査すべき経営資源や注意点を説明する。
自動車販売店(ディーラー)業の買収デュー・ディリジェンスにおける注意点
自動車販売店(ディーラー)業には、自社で高額な在庫を抱えるという特徴がある。新車が陳腐化するケースはほとんどないが、中古車販売も併せて多なっている場合は、在庫が陳腐化していないか確かめる必要がある。また、自社クレジットや割賦販売を行っている場合は、売掛債権の回収可能性を評価することは不可欠だろう。
また、自動車販売店(ディーラー)業の事業性評価として、新車販売以外の用品販売、整備・メンテナンス業務の売上比率を調査することが重要である。自動車メーカーの価格支配力が高く、新車販売の利益率が低いことから、販売後のサービス提供で利益を計上できているかどうか確かめることが不可欠である。
自動車販売店(ディーラー)業の買収で承継すべき経営資源
自動車販売店(ディーラー)業では、店舗とその立地条件に加えて、既存顧客リストが基本となる経営資源です。新規顧客の獲得が難しい時代となっていることから、既存顧客による買換え需要を確実に捉えることが不可欠である。CRMなどのIT技術を活用して顧客リストを整備し、車検やメンテナンスによって築いた長期的な人間関係が重要な経営資源となる。
顧客関係などの無形資源は、事業承継によって喪失されることが多いため、自動車販売店(ディーラー)業のM&Aを行う場合は、顧客関係の引継ぎに時間と労力をかけるなど、無形資産の承継を丁寧に行うことが重要だろう。
自動車販売店(ディーラー)業を買収するときの企業価値評価(株価算定)
自動車販売店(ディーラー)業のM&Aにおける企業価値評価(株価算定)を行う際に活用することができる財務数値は、以下の通りとなっている。
自動車販売店(ディーラー)業の評価で使う資本コストとマルチプル
まず、TKC経営指標(2018年度)によれば、自動車販売店(ディーラー)業の収益性について、売上高成長率は約10.6%です。また、粗利率は21.5%、営業利益率は0.8%となっている。生産性について、1人当たり売上高は3,825万円、1人当たり人件費は458万円となっている。
次に、2020年8月現在の開示情報および市場株価によれば、自動車販売店(ディーラー)業のマルチプル(倍率)について、PBR倍率は0.5~1.5倍、PER倍率は10~15倍、EBITDA/企業価値倍率は5~10倍となっている。
さらに、筆者が推計する自動車販売店(ディーラー)業の株主資本コストは10%が妥当であると考える。これは、この類似上場企業のROICが4~7%であることを考慮しつつ、類似上場企業のベータ値が0.7~1.0であること、ヒストリカル・マーケット・リスク・プレミアム(1950年代~2020年)が7%~9%であることを前提にして、小規模リスク・プレミアムを加算して推計している。
自動車販売店(ディーラー)業の類似上場企業比較法で採用すべき企業の例
自動車販売店(ディーラー)業を評価する類似上場企業比較法で採用すべき上場企業として、ネクステージ(3186)、ATグループ(8293)、オートウェーブ(2666)、日産東京販売ホールディングス(8291)、VTホールディングス(7593)、ICDAホールディングス(3184)が挙げられる。