保険代理店業界のM&A(買収・売却)と企業価値評価

生命保険セールス

近年、保険代理店業界のM&Aが増えている。ここでは、保険代理店業界の市場動向やビジネスモデル、M&Aの買い手側によるデュー・ディリジェンスにおける注意点、企業価値評価(株価算定)で使う数値(マルチプルなど)について説明する。これらから、保険代理店業界においてM&Aを成功させるためのポイントについて考えてみよう。

目次

M&Aの多い保険代理店業界の現状

保険代理店業界の全体像を理解するために、市場動向や経営環境、ビジネスモデル、M&Aの買い手候補となる同業他社について説明する。

保険代理店業界の市場動向・経営環境

保険代理店は、生命保険代理店と損害保険代理店がある。生命保険代理店とは、生命保険会社から販売委託を受けて、生命保険の募集を行う事業者のことをいう。損害保険代理店とは、損害保険会社から販売委託を受けて、損害保険の募集を行う事業者のことをいう。

少子高齢化に伴って国内の生命保険市場が縮小している。同様に、自動車を運転する人の減少に伴って、国内の損害保険市場も縮小している。

保険代理店業界のビジネスモデル

保険代理店のビジネスモデルは、保険会社と代理店契約を締結し、一般消費者へ保険商品を販売するというものである。保険代理店には、保険会社の代理人として保険契約を締結することができる締結代理商と、商品の紹介によって保険会社との仲介のみを行う媒介代理商に分けられる。生命保険代理店では、複数の保険会社の商品を取り扱う乗合代理店が増えている。これにより、顧客は複数の保険会社の商品を比較検討できるようになる。損害保険代理店も同様に乗合代理店がある。

一方、損害保険代理店は、自動車ディーラーのように副業として営まれているケースが多く、自律的な専業者は少なくなっている。

保険業界の自由化によって、生命保険と損害保険の相互参入が認められたことから、損害保険代理店が生命保険の取り扱いを開始するケース、生命保険代理店が損害保険の取り扱いを開始するケースが増えてきている。

これまでは営業職員による対面販売が中心であった。近年は、デジタル化の進展によってスマホで契約が完結するインターネット販売が増えているようだ。

保険代理店業界M&Aで買い手候補となる企業

保険代理店の事業承継を目的としたM&Aであっても、買い手候補は上場企業や大企業が中心になると考えられる。この業界では、以下のような上場企業が中心となって業界再編を進めていくことが想定される。

NFCホールディングス、アドバンスクリエイト、ジャパンインベストメントアドバイザー、ほけんの窓口グループ、FPパートナー、フィナンシャル・エージェンシー、保険見直し本舗、ライフプラザパートナーズである。

保険代理店業界M&Aで売却する売り手のメリット

安定している大手企業にM&Aで保険代理店を承継することで、営業職員の雇用を維持し、事業のさらなる成長を実現することができる。また、得意先である契約者は、保険契約の窓口を継続することもできることに加え、生命保険会社や損害保険会社どの仕入先との関係を継続することができる。

また、小規模事業者が単独では難しかったIT投資によるデジタル化の推進よって、保険代理店の業務効率化を実現することができる。結果として生産性が向上すれば、営業職員の給与水準をアップさせることができるだろう。

さらに、買い手企業が大企業であれば、店舗チェーン規模の拡大による生産性向上、人材採用コスト、広告宣伝費、本社経費を削減し、M&Aによるシナジー効果を得ることができる。

以上のようなシナジー効果が期待され、買い手候補にとって魅力的な事業であれば、売り手側の経営者は、高い売却価格を実現することができ、引退した後のライフプランを充実したものとすることができる。

保険代理店業界M&Aで買収する買い手の注意点

保険代理店業界で買収を行う際、デュー・ディリジェンスにて調査すべき経営資源や注意点を説明する。

保険代理店の買収デュー・ディリジェンスにおける注意点

営業職員の継続雇用が重要な問題となることから、全員と個別に面接を行い、処遇や待遇に不満がないか確かめ、必要であれば、インセンティブ賞与など処遇の改善を提案しよう。同時に、事務処理能力、営業能力など営業職員の能力や商品知識を評価しておくことが必要である。

顧客の個人情報を大量に取り扱うことから、情報管理に問題ないか確かめることも必要だろう。

また、保険業法では、保険会社から委託を受けた保険代理店が、個人事業主の募集人に再委託することが禁止されており、募集人とは雇用契約を締結しなければいけない。社会保険料の加入が必要であるが、加入していない募集人がいないか、社会保険料の未払いが簿外債務となっていないか確かめなければいけない。

保険代理店は、既存の保険契約がどれだけ継続するかが問題となる。保険代理店の事業性を評価する場合の注意点として、既存契約の満期までの年数を正確に計算することがある。

保険代理店の買収で承継すべき経営資源

保険代理店では、既存顧客との保険契約が基本となる経営資源である。継続的な手数料が入ることに加え、将来的に別の保険契約の販売が期待される。また、既存顧客から親戚や知人など別の顧客を紹介してもらうことが期待される。

また、独立店舗やインストア店舗があるが、店舗の立地条件や知名度も重要な経営資源である。これら店舗をそのまま承継するか、買い手の店舗へ統合するか検討することになるだろう。

さらに、営業職員の資格と営業力が経営資源となる。保険商品の募集は、保険業法によって生命保険募集人・損害保険募集人への登録が義務付けられているからである。

従業員は、事業承継によって退職するケースが多いため、保険代理店のM&Aを行う場合は、その引継ぎに時間と労力をかけ、人的資産の承継を丁寧に行うことが重要だろう。

保険代理店を買収するときの企業価値評価(株価算定)

保険代理店のM&Aにおける企業価値評価(株価算定)を行う際に活用することができる財務数値は、以下の通りとなっている。

保険代理店の評価で使う資本コストとマルチプル

まず、TKC経営指標(2018年度)によれば、生命保険代理店の収益性について、売上高成長率は約▲0.7%である。また、粗利率は91.0%、営業利益率は4.2%となっている。生産性について、1人当たり売上高は727万円、1人当たり人件費は392万円となっている。

一方、損害保険代理店の収益性について、売上高成長率は約▲0.8%である。また、粗利率は95.5%、営業利益率は2.8%となっている。生産性について、1人当たり売上高は764万円、1人当たり人件費は430万円となっている。

次に、2020年8月現在の開示情報および市場株価によれば、保険代理店のマルチプル(倍率)について、PBR倍率は3.5~4.5倍、PER倍率は20~25倍、EBITDA/企業価値倍率は10~12倍となっている。

さらに、筆者が推計する保険代理店の株主資本コストは、安定した老舗企業であれば7%、急成長の新興企業であれば10%が妥当であると考える。これは、この類似上場企業のROICが11~13%であることを考慮しつつ、類似上場企業のベータ値が0.5~0.7であること、ヒストリカル・マーケット・リスク・プレミアム(1950年代~2020年)が7%~9%であることを前提にして、小規模リスク・プレミアムを加算して推計している。

保険代理店の類似上場企業比較法で採用すべき企業の例

保険代理店を評価する類似上場企業比較法で採用すべき上場企業として、NFCホールディングス、アドバンスクリエイトが挙げられる。

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この記事を書いた人

公認会計士/税理士/宅地建物取引士/中小企業診断士/行政書士/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)
平成28年経済産業省「事業承継ガイドライン委員会」委員、令和2年度日本公認会計士協会中小企業施策研究調査会「事業承継支援専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」代表幹事。
一橋大学大学院修了。監査法人にて会計監査及び財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、三菱UFJ銀行ウェルスマネジメント・コンサルティング部、みずほ証券投資銀行部門、メリルリンチ日本証券プリンシパル・インベストメント部門に在籍し、中小企業の事業承継から上場企業のM&Aまで、100件を超える事業承継のアドバイスを行った。現在は税理士として相続税申告を行っている。

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