近年、ドラッグストア業界のM&Aが増えている。ここでは、ドラッグストア業界の市場動向やビジネスモデル、M&Aの買い手側によるデュー・ディリジェンスにおける注意点、企業価値評価(株価算定)で使う数値(マルチプルなど)について説明する。これらから、ドラッグストア業界においてM&Aを成功させるためのポイントについて考えてみよう。
M&Aの多いドラッグストア業界の現状
ドラッグストア業界の全体像を理解するために、市場動向や経営環境、ビジネスモデル、M&Aの買い手候補となる同業他社について説明する。
ドラッグストア業界の市場動向・経営環境
ドラッグストアとは、医薬品、化粧品を中心とする健康および美容に関する商品を中心に、家庭用品などの最寄り品を小売する事業者のことをいいます。
ヘルスケア市場やビューティーケア市場、セルフメディケーション市場の拡大を受けて、ドラッグストアの市場規模は拡大している。
総務省・経済産業省「平成28年経済センサス」によれば、ドラッグストアの年間商品販売額は、2012年の3兆6千億円から2017年の4兆8千億円へと増加している。
一部で競争過剰になっている地域もあるため、競合他社との差別化が求められるだろう。飽和化した地域において新規出店が難しく、M&Aが盛んに行われる業界である。
ドラッグストア業界のビジネスモデル
ドラッグストア業のビジネスモデルは、医薬品や化粧品などの商品を卸売業者から仕入れ、それを店舗において一般消費者に販売するというものである。
近年は調剤薬局を併設するドラッグストアが増えてきた。
ドラッグストア業界M&Aで買い手候補となる企業
ドラッグストア業の事業承継を目的としたM&Aであっても、買い手候補は上場企業や大企業が中心になると考えられる。この業界では、以下のような上場企業が中心となって業界再編を進めていくことが想定される。
イオン、ツルハホールディングス、マツモトキヨシホールディングス、ウエルシアホールディングス、ココカラファイン、スギホールディングスである。
ドラッグストア業界M&Aで売却する売り手のメリット
安定している大手企業にM&Aでドラッグストア業を承継することで、従業員の雇用を維持し、事業のさらなる成長を実現することができる。また、得意先である一般消費者は、馴染みのお店でお気に入りの商品を継続して購入することもできることに加え、メーカーや卸売業者などの仕入先との関係を継続することができる。
また、小規模事業者が単独では難しかったIT投資によるデジタル化の推進よって、ドラッグストア業の経営効率化を実現することができる。結果として生産性が向上すれば、従業員の給与水準をアップさせることができるだろう。
さらに、買い手企業が大企業であれば、店舗規模の拡大による生産性向上、大量仕入れによる仕入原価の引下げや、人材採用コスト、広告宣伝費、本社経費を削減し、M&Aによるシナジー効果を得ることができる。
以上のようなシナジー効果が期待され、買い手候補にとって魅力的な事業であれば、売り手側の経営者は、高い売却価格を実現することができ、引退した後のライフプランを充実したものとすることができる。
ドラッグストア業界M&Aで買収する買い手の注意点
ドラッグストア業界で買収を行う際、デュー・ディリジェンスにて調査すべき経営資源や注意点を説明する。
ドラッグストア業の買収デュー・ディリジェンスにおける注意点
ドラッグストア業は、店舗販売と商品仕入れ・流通の効率化が重要だという特徴があります。チェーン展開している場合、物流センターの稼働状況を確かめる必要があるだろう。流行商品や季節商品の売れ残り在庫が無いかどうか、倉庫の棚卸しは不可欠である。
都道府県知事の許可を取得し、医薬品医療機器等法を遵守しているかどうか確かめておきたい。
ドラッグストア業の事業性を評価する場合の注意点として、調剤薬局の併設、食料品などの併売も行うことによって、スーパーやコンビニ、さらには医薬品のインターネット通販と対抗できる品揃えとなっているかどうかが重要だろう。
ドラッグストア業の買収で承継すべき経営資源
ドラッグストア業では、店舗の立地条件が基本となる経営資源である。
また、販売スタッフも承継すべき経営資源となる。2017年にセルフメディケーション税制(医療費控除の特例)が導入されたことにより、OTC医薬品の売上が増えるようになった。これらを販売する薬剤師や登録販売員が重要な人的資源となる。
顧客関係は、事業承継によって喪失されることが多いため、ドラッグストア業のM&Aを行う場合は、従業員の引継ぎに時間と労力をかけるなど、人的資源の承継を丁寧に行うことが重要だろう。
ドラッグストア業を買収するときの企業価値評価(株価算定)
ドラッグストア業のM&Aにおける企業価値評価(株価算定)を行う際に活用することができる財務数値は、以下の通りとなっている。
ドラッグストア業の評価で使う資本コストとマルチプル
まず、TKC経営指標(2018年度)によれば、ドラッグストア業の収益性について、黒字企業の売上高成長率は約8.4%である。また、粗利率は25.1%、営業利益率は2.5%となっている。生産性について、1人当たり売上高は2,785万円、1人当たり人件費は280万円となっている。
次に、2020年8月現在の開示情報および市場株価によれば、ドラッグストア業のマルチプル(倍率)について、PBR倍率は2~3倍、PER倍率は20~30倍、EBITDA/企業価値倍率は10~15倍となっている。
さらに、筆者が推計するドラッグストア業の株主資本コストは、安定した老舗企業であれば5%、急成長の新興企業であれば10%が妥当であると考える。これは、この類似上場企業のROICが8~10%であることを考慮しつつ、類似上場企業のベータ値が0.5~0.6であること、ヒストリカル・マーケット・リスク・プレミアム(1950年代~2020年)が7%~9%であることを前提にして、小規模リスク・プレミアムを加算して推計している。
ドラッグストア業の類似上場企業比較法で採用すべき企業の例
ドラッグストア業を評価する類似上場企業比較法で採用すべき上場企業として、ツルハホールディングス(3391)、マツモトキヨシホールディングス(3088)、ウエルシアホールディングス(3141)、ココカラファイン(3098)、スギホールディングス(7649)が挙げられる。