近年、化粧品製造業界のM&Aが増えています。ここでは、化粧品製造業界の市場動向やビジネスモデル、M&Aの買い手側によるデュー・ディリジェンスにおける注意点、企業価値評価(株価算定)で使う数値(マルチプルなど)について説明します。これらから、化粧品製造業界においてM&Aを成功させるためのポイントについて考えてみましょう。
M&Aの多い化粧品製造業界
化粧品製造業界の全体像を理解するために、市場動向や経営環境、ビジネスモデル、M&A可能性のある競合他社を説明します。
化粧品製造業界の市場動向・経営環境
化粧品製造業は、化粧品を製造する事業者のことをいいます。化粧品とは、医薬品医療機器等法(旧薬事法)の規制を受ける化粧品と医薬部外品としての化粧品のことをいい、ファンデーション、クリーム、口紅、化粧品など皮膚用のものと、シャンプー・ヘアリンス、整髪料など頭髪用のものに大別されます。
経済産業省「工業統計表・品目別統計表(平成29年)」によれば、化粧品の市場規模は、1985年の1兆円から、2016年の1兆8千億円へと増加しています。これは、外国人観光客のインバウンド需要が大きく伸びたことが原因です。
化粧品製造業界のビジネスモデル
化粧品製造業のビジネスモデルは、原材料を仕入れて化粧品を製造し、それを消費者へ販売するというものです。化粧品の包装表示に製造元と販売元の表記が義務付けられているため、一般的にOEMによる外注生産になじまず、中小企業まで製造から販売まで一貫している場合が多く見られます。
また、化粧品業界は大手メーカーが主導しており、流通・販売ルートは大手メーカーの系列化が進んでいます。
化粧品製造業界M&Aで買い手候補となる企業
化粧品製造業の事業承継を目的としたM&Aであっても、買い手候補は上場企業や大企業が中心になると考えられます。この業界では、以下のような上場企業が中心となって業界再編を進めていくことが想定されます。
資生堂、ポーラ・オルビス・ホールディングス、コーセー、マンダム、ミルボン、ノエビア・ホールディングス、花王、富士フィルムです。
化粧品製造業界M&Aで売却する売り手のメリット
安定している大手企業にM&Aで化粧品製造業を承継することで、従業員の雇用を維持し、事業のさらなる成長を実現することができます。また、得意先である小売店は、人気のある化粧品を継続して購入することもできることに加え、原材料メーカーなどの仕入先との関係を継続することができます。
また、小規模事業者が単独では難しかった最新の設備投資によって、化粧品製造業の経営効率化を実現することができます。結果として生産性が向上すれば、従業員の給与水準をアップさせることができるでしょう。
さらに、買い手企業が大企業であれば、工場における生産規模の拡大による合理化、大量仕入れによる原材料費の引下げや、人材採用コスト、広告宣伝費、本社経費を削減し、M&Aによるシナジー効果を得ることができます。
以上のようなシナジー効果が期待され、買い手候補にとって魅力的な事業であれば、売り手側の経営者は、高い売却価格を実現することができ、引退した後のライフプランを充実したものとすることができます。
化粧品製造業界M&Aで買収する買い手の注意点
化粧品製造業界で買収を行う際、デュー・ディリジェンスにて調査すべき経営資源や注意点を説明します。
化粧品製造業の買収デュー・ディリジェンスにおける注意点
化粧品製造業は、大規模な製造設備を抱えるため、工場の建物や機械設備の生産能力が維持されているか確認しなければいけません。機械設備が陳腐化していなかどうか、更新投資や修繕が必要となっていないか確かめなければいけません。
化粧品製造業の事業性を評価する場合の注意点として、海外進出など販路拡大に取り組んでいるかどうかが重要です。
また、製品の安全性リスクは食品と同様に最重要課題となるため、製品の品質管理を適切に行っているかどうか確かめなければいけません。
化粧品製造業の買収で承継すべき経営資源
自社ブランドの製品開発力が基本となる経営資源です。また、流通・販売ルートとの関係性も重要な経営資源でしょう。
工場における軽量機器、溶解釜やミキサー、ろ過器、冷却器や成型機、充填機や製品包装機、表示包装機、容器洗浄機などの機械設備も承継すべき経営資源です。
無形資源は、事業承継によって喪失されることが多いため、化粧品製造業のM&Aを行う場合は、顧客関係の引継ぎに時間と労力をかけるなど、無形資産の承継を丁寧に行うことが重要でしょう。
化粧品製造業を買収するときの企業価値評価(株価算定)
化粧品製造業のM&Aにおける企業価値評価(株価算定)を行う際に活用することができる数値は、以下の通りとなっています。
まず、TKC経営指標(2018年度)によれば、化粧品製造業の収益性について、売上高成長率は約8.2%です。また、粗利率は29.7%、営業利益率は13.2%となっています。生産性について、1人当たり売上高は1,693万円、1人当たり人件費は410万円となっています。
次に、2020年8月現在の開示情報および市場株価によれば、化粧品製造業のマルチプル(倍率)について、PBR倍率は2~4倍、PER倍率は20~50倍、EBITDA/企業価値倍率は15~20倍となっています。
さらに、筆者が推計する株主資本コストは、安定した老舗企業であれば5%、急成長の新興企業であれば10%が妥当であると考えます。これは、この類似上場企業のROICが8~12%であることを考慮しつつ、類似上場企業のベータ値が0.6~0.7であること、ヒストリカル・マーケット・リスク・プレミアム(1950年代~2020年)が7%~9%であることを前提にして、小規模リスク・プレミアムを加算して推計しています。
なお、類似上場企業比較法で採用すべき上場企業として、アイビー化粧品(4918)、資生堂(4911)、ポーラ・オルビス・ホールディングス(4927)、新日本製薬(4931)、日華化学(4463)、コーセー(4922)、マンダム(4917)、シーボン(4926)、ミルボン(4919)、ノエビア・ホールディングス(4928」が挙げられます。