相続まで株式を所有する場合の問題
後継者にとって事業承継の一番の関心事は、経営権の確保という会社法の問題です。しかし、法定相続では子供はすべて平等であるため、民法上の権利で遺産分割すると、後継者も後継者以外の者も自社株式を均等に相続することになり、株式が分散してしまい後継者の経営権が不安定になります。
それゆえ、株式の分散を防ぐため、後継者ではない相続人に自社株式以外の財産を代わりに相続させて、後継者に自社株式を集中させる必要があります。会社法の観点からは、自社株式を、後継者と友好的な株主に相続させ、株主総会で重要事項を決議するために必要な3分の2超の発行済議決権株式を確保すべきでしょう。
その一方で、後継者以外の相続人への配慮が必要です。すなわち、生前贈与や遺言により、株式を後継者に集中させる場合でも、他の相続人の遺留分による制約がありますから、自社株式以外の財産を他の子供に承継させる必要があります。
たとえば、自社株式を所有する企業オーナーの相続が発生した場合、遺産分割が確定するまでは、相続財産である株式の1株1株がすべての共同相続人間の共有状態に陥り、遺産分割協議が調わなければその1株の議決権を行使することができなくなってしまいます。
もちろん、後継者以外の相続人が、後継者に対して友好的であれば、遺留分を放棄してもらうことができるでしょう。しかし、この場合には、遺留分を放棄する相続人が自ら「遺留分放棄の許可の申立書」を家庭裁判所に提出し、許可の審判を受ける必要があります。
後継者以外の子供から議決権を排除する
後継者以外の相続人に、株式以外の資産を承継させることができれば、遺産分割の問題は解決することができます。しかしながら、株式以外に十分な財産がなければ、自社株式の一部を持たせるしかありません。その結果、少数株主が存在する状況となり、後継者の経営権が不安定なものとなります。
そのような場合、会社法の種類株式の制度を活用して、経営権の強化を図ります。種類株式にはさまざまなものがあり、事業承継における問題を解決するツールとして、たとえば、以下のようなニーズに対応することができます。
1 分散している株主を集約したい
2 好ましくない少数株主から株式を買い取りたい
3 特定の株主に議決権を集めたい
4 後継者の経営権を確保したい
5 後継者に経営を譲りたいが,不安があるので手綱は握っておきたい
6 相続や譲渡による株式の分散を防ぎたい
7 退職・退任を事由に株式を買い取りたい
8 特定の株主にだけ配当を行いたい
9 株式の価値を移転して株式評価を低くしたい
種類株式にはさまざまな使い方がありますが、会社の状況や目的に応じて種類株式の設計と発行方法を検討する必要があります。
事業承継に活用すべき種類株式の1つが「議決権制限株式」です。これは、議決権を行使することができない株式をいいます。
たとえば、株式譲渡制限会社のオーナーである甲から、後継者Aを含む4名に株式を相続する場合を想定しましょう(図表3-22)。
通常、先代の企業オーナーは、自社株式は後継者である長男Aに集中させたいと考えるでしょう。しかし、遺留分の制約がありますから、非後継者である次男B、三男C、四男Dにも取得させるしかない状況です。
そこで、オーナーが保有する株式の一部を議決権制限株式に転換します。後継者である長男Aに議決権株式を承継させ、非後継者には議決権制限株式を承継させるのです(図表3-23)。
ただし、非後継者の議決権の制限については、配当優先などの配慮をしないと同意してもらえない可能性があります。その場合、念のため、非後継者の取得する株式には、配当優先権を付すとともに、会社に対する売り渡し義務(会社の買い取り権)を付しておき、いつでも株式を消却できる状態にしておきます。
なお,普通株式を議決権制限株式に転換したとしても、株式の相続税評価は変わりません。議決権の価値は評価されないからです。
もう1つは、拒否権付株式を使う方法です。たとえば、後継者が確定し、遺留分の問題もないため、すぐに自社株式を贈与したいが、後継者が会社経営で暴走した場合に備えて牽制機能だけは有しておきたいと考えている場合に活用します。このような場合、後継者に対して株式を生前贈与する際に、先代の経営者が所有を継続する一部の普通株式を拒否権付株式に転換するわけです。そうすれば、先代経営者が経営権を持ちながら、後継者への株式承継を先行させることが可能となります。