【事業承継の重要性】地域金融機関の営業担当者が知っておくべき中小企業の事業承継支援スキル、課題発見と対話の重要性

今回は、中小企業の経営を支援する立場にいらっしゃる方々が、中小企業の事業承継をどのように支援するのか解説いたします。

信用組合の営業店で法人営業に従事していて、経営者個人のお悩み相談まで受けてしまったが、その指導方法がよくわからないとお悩みの方が多いのではないでしょうか。

そこで今回は、①事業承継が問題視される理由、②事業承継支援の3つの観点、③問題発見の網羅性、④お客様との対話の重要性について、公認会計士がわかりやすく解説いたします。

目次

なぜ事業承継が問題視されているのか

営業担当者:岸田公認会計士、近年、お客様から事業承継の相談を受けることが増えたのですが、なぜ中小企業の事業承継にお悩みなのでしょうか。子どもに相続するか、M&Aで売却すれよいのではないでしょうか?

公認会計士:いい質問だね。事業承継と言えば、昔は、子どもへ継ぐことが当然とされていたし、今では、M&Aで同業他社へ売却することも増えてきたよね。しかし、中小企業の場合、子どもが後継者となることを嫌がったり、M&Aの買い手が見つからなかったり、簡単に事業承継が進まないんだよ。

営業担当者:どうしてそんな状況になったのですか?

公認会計士:それは、承継しようとする事業が、経営環境の変化についていけなくなって収益性が悪化していることが大きな原因だと思うよ。GAFAMの時代に、手作業の町工場の経営を続けるというのも難しいよね。事業性に問題があると評価しなければいけないね。それで赤字になって、債務超過に陥ってしまうと、M&Aの買い手だけでなく、後継者と考えていた自分の子どもまで承継を嫌がるのは当然だろうね。

営業担当者:事業承継が進まないとどのような問題があるのでしょうか。

公認会計士:日本全体で見ると、景気を悪化させるだけでなく、産業の衰退、雇用の減少を通じて、国内総生産の減少をもたらすことになるだろうね。近年、事業承継することをあきらめて廃業する中小企業が増えたのは、新型コロナウィルスの影響で景気悪化が続いただけでなく、将来の景気回復が不透明となったこと、そして、70歳を超えた経営者の働く意欲が一気に低下したからだろうね。

営業担当者:それは困った状況ですね。日本の政府は何か支援できないのでしょうか?

公認会計士:事業承継問題に直面する中小企業を単独で存続させようとする政策として、相続税をゼロとする税制をはじめ、新型コロナウィルス問題で資金繰りが悪化した企業に対する実質無利子・無担保の緊急融資や持続化補助金支給などがあるね。

営業担当者:その支援策で事業承継が進むのでしょうか?

公認会計士:実質無利子の融資や補助金支給は、単なる延命策にすぎないよ。それだけで企業の生産性を向上させることはできないので、悪化した収益性を回復させることはできない。数年後には資金繰りに行き詰まってしい、借入金の返済も難しくなるかもしれないから、早めに支援を行って、問題を解決してあげる必要があるね。

事業承継支援の3つの観点

営業担当者:私は、会計・財務や融資など、法人に対するアドバイスには自信はありますが、個人に対するアドバイスには自信がありません。お客様との面談では、どのようにお話を進めていけばよいでしょうか。

公認会計士:そうだね。金融機関の法人営業を担当していたり、顧問税理士として法人顧問を受任していたりすると、お客様個人の問題にふれることがほとんど無いから、個人のお悩みはわからなくて当然だよ。ここで、お客様が抱えている問題の全体像をイメージできるようにしようか。

事業承継の全体像として、イメージしてほしいことは、事業承継というのは、社長を交代することであるとともに、株式などの事業用資産を承継することでもあるということだ。

営業担当者:社長の交代と、資産の承継ですか?

公認会計士:それを理解するためには、3つの観点から、お客様の状況を把握しなければいけない。まずはお客様の事業そのものを理解し、収益性や財務内容の現状を把握したうえで、その存続や成長が可能かどうか考えることだ。事業承継が成功しても、その後で事業が破綻してしまっては意味が無いからね。

営業担当者:事業性評価ですね!

公認会計士:また、引退しようとする経営者の気持ち、一方で企業経営者になろうとする後継者の気持ちや能力を理解しなければいけない。引退する経営者は寂しく不安に思っているし、若い経営者は自信が無くて覚悟が決まらない状態だと思う。彼らの人生相談に乗ってあげて、人生の大きな意思決定をサポートしなければならないんだ。

営業担当者:人生相談にも乗るんですか?前の職場の上司からは株式の相続税評価額の計算だけやればいいと聞いていたのですが、そうではないのですか?

公認会計士:一般的に金融機関や税理士による事業承継支援と言えば、生命保険の加入だったり、自社株の評価引下げだったり、資産承継の話が真っ先に出てくるけど、そんな話よりも、お客様個人の生き方の話をすることが先なんだよ。事業性と生き方の問題が解決すれば、あとは資産承継の話をすればいい。ただし、資産承継の話は、答えが明確に定められている承継手続きの問題だから、弁護士や税理士を紹介すれば、それで済むよ。

営業担当者:ちょっとまってください。整理しますと、中小企業の事業承継では、「これからも事業は大丈夫か?」という事業性評価の観点、「経営者の引退、後継者の就任」という経営者の生き方の観点、「資産をどのように承継するのか?」という承継手続きの観点から、お客様の現状を把握すればいいということですよね。

公認会計士:そういうことだね。

営業担当者:現状を聞いてみて、そこで問題が見つかったときはどうすればよいでしょうか?

問題発見の網羅性

公認会計士:いいところに気がついたね。問題発見と解決が、コンサルティング業務の基本だからね。一般的に金融機関や税理士による事業承継支援と言えば、退職金の財源だったり、自社株式に係る相続税だったり、資産承継の問題点が真っ先に採り上げられるけれど、そんな問題よりももっと優先して解決すべき問題があるんだよ。事業性とお客様個人の生き方の問題なんだ。そちらを放置して、資産承継の問題だけを解決しても、事業承継は進まないんだ。

営業担当者:それは、私たちが保険商品の販売や税務アドバイスの提案で稼いでいるので、仕方ないことだと思います。お客様の収益性を高めることよりも、私たち自身の収益性を高めるほうが重要ですからね。私には獲得した手数料のノルマが課されているんですよ。

公認会計士:それではお客様の問題を解決して、本当に信頼してもらうことはできないよ。全体像を俯瞰したうえで、問題点を網羅的に把握し、すべての問題を解決する意気込みでスタートしなければいけない。それができなければ、中小企業の支援者として一人前だとは言えないよ。

営業担当者:問題点を網羅的に把握すると言われても、知識や経験が乏しい私にそんなことができるのでしょうか?

公認会計士:そうだね、ここで簡単にできる方法を一つ教えてあげようか。中小企業診断士が使っている事業承継フレームワークというものだけれど、事業承継の問題がどこにあるか、その場所を整理するマトリックスなんだ。事業承継の問題は広範囲に及ぶから、抜けや漏れが生じてしまわないように、マトリックスの表に整理してみるんだよ。これを見てくれるかな。

【図 事業承継フレームワークのマトリックス】

営業担当者:タテが承継の方向性、横が確認すべき分野ですね。

公認会計士:事業承継の方向性は、親族、従業員、第三者の3つに大別されるんだ。いずれにおいても、発生する問題は、3つの観点、すなわち、事業性評価、経営者の生き方、承継手続きの3つだね。そうすると、3✕3のマトリックスの中に、全体を網羅的に整理することができるよね。

営業担当者:でも、空っぽのマトリックスですよね。どうやって事業承継の問題を見つけるのでしょうか?お客様ご自身もその問題点を見つけていないことがありますし、そもそも事業承継の必要性すら認識されていないことのほうが多いですよ。

お客様との対話の重要性

公認会計士:そうだね。私たち支援者に求められる最初の仕事は、気づいていただくこと、つまり、お客様に事業承継の必要性を認識してただくことなんだ。その手段が、『お客様との対話』だね。『お客様との対話』の目的は二つあるんだ。一つは、事業の現状についてお話ししていただくことで、事業性評価を行い、今後の存続と成長が可能かどうか、存続や成長させるためには何をすべきかを、考えていただくことだね。もう一つは、お客様に引退を決意していただくこと、子どもが後継者であれば、親の事業を継いで企業経営者になる決意をしていただくことだ。ここで個人の人生相談になるということだね。

この2つの観点で問題が解決すれば、お客様は「よし!事業承継だ!」と決意を固めることができるよね。そうなれば、君の最初の仕事はクリアだ。このような決意を行っていただくために、支援者が粘り強く時間をかけて対話を行う必要があるということなんだ。

営業担当者:対話ですか。私はコミュニケーションが苦手なんですがー。

公認会計士:支援者に求められる最も重要な役割は、『お客様との対話』を行うことなんだよ。『対話』というと抽象的に聞こえるかもしれないけれど、ここでの仕事は、事業承継を決意していただくこと、つまり、お客様の心の状態を変化させることだから、感情に影響を与える手段が必要となるんだよ。法律や税金の話しだけでは、心の状態、感情は変化しないんだ。1対1の人間として対話を行って、お客様の心と感情を動かさないといけないよ。コミュニケーションが苦手ならば、お客様と一緒に居酒屋に行って、お酒を飲みながら話せばいいんじゃないかな。

営業担当者:わかりました。けっこう泥臭い、人間的な仕事なんですね。最近はM&A仲介業者から山のようにダイレクト・メールが送られてきているようですから、事業承継の必要性くらいは認識されているかもしれません。事業承継の決意が固まっているお客様から、具体的な「承継手続き」について相談を受けた場合はどうすればよいでしょうか?

公認会計士:それは簡単な話になるよ。事業性評価と経営者の生き方の問題をクリアできれば、事業承継の問題はほとんど解決できたようなものなんだよ。その後の承継手続きの問題は、専門家の事務作業に過ぎないからね。承継手続きの相談を受けたら、その実行サポートを依頼する専門家、たとえば、公認会計士・税理士や弁護士を紹介してあげればいいよ。ただし、第三者に承継するM&Aの場合は、相手探しに係る問題が出てくるから、ちょっと難しいんだ。その点については、また別の機会に話してあげるよ。

営業担当者:ありがとうございました。

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この記事を書いた人

公認会計士/税理士/宅地建物取引士/中小企業診断士/行政書士/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)
平成28年経済産業省「事業承継ガイドライン委員会」委員、令和2年度日本公認会計士協会中小企業施策研究調査会「事業承継支援専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」代表幹事。
一橋大学大学院修了。監査法人にて会計監査及び財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、三菱UFJ銀行ウェルスマネジメント・コンサルティング部、みずほ証券投資銀行部門、メリルリンチ日本証券プリンシパル・インベストメント部門に在籍し、中小企業の事業承継から上場企業のM&Aまで、100件を超える事業承継のアドバイスを行った。現在は税理士として相続税申告を行っている。

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