親族外事業承継(M&A)における基本条件の交渉方法と事業価値の評価

M&A交渉
目次

M&Aで売却価格を高くするための交渉術とは?

高い売却価格を実現するためには、価格交渉に勝つ必要があります。

同じ事業価値のM&Aであっても、価格が異なる原因の一つは、売り手と買い手で事業の将来性についての考え方が異なることです。事業価値を評価する際に前提となる将来キャッシュ・フローは、経営者の将来予想であり、売り手と買い手では予想は異なります。

また、売り手が知っていることを買い手が知らないという「情報の非対称性」が存在しているため、事業価値の評価のやり方も異なります。

さらに、同じ事業でも買い手が強気で売り手が弱気という状況など、評価する人の感情によっても異なります。

そして、買収によって創出されるシナジー効果の大きさによっても評価が左右されれます。

第三者事業承継(M&A)の際の取引価額は、事業価値を評価する買い手によって異なるものなのです。親族内事業承継のように、相続税評価額で決められる場合とは大きく異なる点です。

M&Aの取引条件の交渉

M&Aにおける売り手の下限価格と買い手の上限価格

買い手候補から買収の意向が表明された場合、取引の基本的な条件を決めるための交渉に入ります。すなわち、売り手と買い手がお互いに「これだけは譲れない(妥協できない)」といった重要な条件について話し合うこととなります。

条件交渉の際、最も重要になるのが取引価額です。売り手の下限価格(これ以下の価格では売りたくないと考える価格)と買い手の上限価格(これ以上の価格では買収を断念する価格)の間で交渉が行われ、合意を目指すことになります。

売り手が求める従業員の継続雇用

価格以外に、売り手側から譲れない条件として提示されるものもあります。例えば、「従業員の継続雇用」です。実際、オーナー系中小企業では、価格条件よりも従業員の継続雇用を優先させるケースも多く見られます。このため、従業員の継続雇用は、基本合意のように早い段階から話し合われることになります。

しかし、売り手が通常求める従業員の雇用維持は、買い手にとって買収後の経営において重荷となるおそれもあるでしょう。従業員の雇用維持を無条件で受け入れれば、買い手のコスト負担が重くなり、将来の事業価値が毀損する要因になるかもしれません。

買い手が求めるキーパーソンの継続雇用

一方、買い手側からは、重要な知的財産権の移転、キーパーソンの一定期間の残留、主要得意先との取引継続などを条件として提示するケースが多いようです。というのも、これらの条件が満たされなければ、買収後に利益を上げることができず、期待した事業価値を実現することができないからです。

特に、優秀な従業員が事業価値源泉となっている場合、買い手候補は、有能なキーパーソンの退職リスクを心配します。キーパーソンの退職による事業価値へのマイナス影響を考慮し、キーパーソンが短期間で退職した場合には取引価額を減額したり、退職に伴う損害見込額を補償したりするような取引条件が提示されることが多いでしょう。

M&Aの基本合意の成立

売り手と買い手候補がお互いに提示する基本条件に合意することができた場合、その内容を記載した「基本合意書」を締結するのが一般的です。

独占交渉権

その際に、買い手候補は、通常、独占交渉権の付与を求めてきます。これは、売り手が他の買い手候補と並行して交渉を行い、買収条件を競わせられ、売り手に有利な取引条件に誘導させられることを防ぐための条件です。

一方、売り手としては、独占交渉権はできるだけ付与したくないと考えます。付与する場合には、取引価額を高く修正することを交換条件として提示する対案の提示が行われることになるでしょう。

デュー・ディリジェンスの検出事項

また、デュー・ディリジェンスの実施後は、様々な瑕疵や問題点などの検出事項を買い手候補から指摘され、取引価額の減額要求が出されることになります。

売り手は、デュー・ディリジェンスの結果として、取引価額の引下げ交渉が来ることを覚悟しておき、その前の基本合意の段階では、取引価額は可能なかぎり高く合意しておかなければいけません。

なお、基本合意の段階で相手方の「絶対に譲れない条件」を受入れることができない場合、取引交渉は終了となります。売り手は、新たな買い手候補を探し始めなければいけません。

M&Aの買い手にとっての事業価値

第三者に対して事業を売却する際の価格は、理論的には、事業価値に基づいて算定されるものですが、事業価値を正確に評価することは非常に難しいことです。

なぜなら、事業を買収する第三者が誰で、どのように経営するかによって、将来実現できる事業価値が異なるからです。

たとえば、売り手の事業の買収によって買い手側のシナジー効果が十分期待できる場合には、買い手は相対的に高い価格を提示することができます。しかし、シナジー効果がほとんど期待できない場合、事業の不確実性が大きいと判断される場合には、買い手から提示される価格は相対的に低くなると考えられます。

すなわち、第三者事業承継(M&A)の際の取引価額は、事業価値を評価する買い手によって異なるものであり、この点が、親族内事業承継の場合と大きく異なる点なのです。

買い手にとって企業の買収は投資です。買い手の経営者が投資の可否を検討する際、将来生み出されるキャッシュ・フローを予測し、その投資額が何年で回収できるかを見積もるのが一般的です。たとえば、EBITDAで回収するのであれば、5倍~10倍で評価される事例が多く見られました。

M&Aの売り手が評価する事業価値と買い手が評価する事業価値の違い

売り手が評価する事業価値と、買い手が評価する事業価値は異なります。その要因として、以下の二つが考えらます。

事業性評価の違い

一つは、売り手と買い手で、事業の将来性についての考え方が異なるからです。

事業価値を評価する際に前提となる将来キャッシュ・フローは、経営者の将来予想です。将来予想が異なる要因としては、売り手が知っていることを買い手が知らないという「情報の非対称性」が存在していることや、同じ事業でも買い手が強気で売り手が弱気という状況が考えられます。

シナジー効果の違い

もう一つは、買収によって創出されるシナジー効果が異なるからである。シナジー効果により、買い手が買収した対象会社の事業を自社に統合させることによって、予想される将来キャッシュ・フローが買収前の両社の将来キャッシュ・フローの単純合計を上回るということがあります。そのようなシナジー効果によって、新たな事業価値が創出される。これはM&Aの代表的な目的です。

M&Aで提示する事業計画とそれを反映した事業価値

事業価値は、将来キャッシュ・フローといった将来の予想数値によって決まるため、事業計画の信頼性は事業価値の評価に大きな影響を及ぼします。信頼性の高い事業計画を作成するためのポイントは、以下のとおりです。

過去の実績値と事業計画の整合性が確保されていること

事業計画の信頼性は、過去の実績値と将来の事業計画の間の整合性により担保されます。整合性が無い場合には、その根拠を説明しなければいけません。

たとえば、ある費用の発生額が、過去の実績値と比べて事業計画では大幅に減少しているような場合、そのような不整合が、外部経営環境に起因するものなのか、あるいは、内部経営環境に起因するものなのか、明確な根拠を持って説明できるように準備することが望ましいでしょう。

販売計画を例にとりますと、店舗別の売上や製品別売上といった細分化されたデータ(過去実績及び将来計画)を用意することにより、過去の実績と将来の計画の作成根拠を明確化できるとともに、それらの整合性を示すことができます。

また、従業員の解雇や機械設備の撤去を行う予定があれば、これらリストラ費用のようなマイナスのキャッシュ・フローの発生まで事業計画に織り込んでおくことによって、事業計画の信頼性を高めることができます。

売上計画や費用計画の根拠を説明できる資料が添付されていること

全社の事業計画の基礎となる売上計画や費用計画についてその根拠となる細分化された基礎資料が必要となります。小売業であれば、店舗別や商品別の売上計画など、製造業であれば工場別の生産計画や製品別の売上計画などが考えられるでしょう。

また、将来の数値については、その数値の実現可能性の高さを示すような根拠も必要となります。主観的で楽観的すぎる事業計画では、適正な事業価値を評価することはできません。

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この記事を書いた人

公認会計士/税理士/宅地建物取引士/中小企業診断士/行政書士/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)
平成28年経済産業省「事業承継ガイドライン委員会」委員、令和2年度日本公認会計士協会中小企業施策研究調査会「事業承継支援専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」代表幹事。
一橋大学大学院修了。監査法人にて会計監査及び財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、三菱UFJ銀行ウェルスマネジメント・コンサルティング部、みずほ証券投資銀行部門、メリルリンチ日本証券プリンシパル・インベストメント部門に在籍し、中小企業の事業承継から上場企業のM&Aまで、100件を超える事業承継のアドバイスを行った。現在は税理士として相続税申告を行っている。

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