銀行による事業承継提案!なぜ銀行は贈与ではなく売却を提案するのか?

社長の株式承継について、税理士は贈与を提案しますが、銀行は売却(有償譲渡)を提案します。今回は、有償譲渡を前提とした株式承継の方法を解説しましょう。

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子供への株式の売却のメリットは遺産分割対策

中小企業経営者にとって事業承継は難しいテーマですが、社長交代だけでなく、後継者への自社株式の承継が大きなハードルとなります。親族内承継といえば、子供への承継ですから、無償で株式を渡す贈与が基本となるでしょう。通常、子供から譲渡対価をもらおうなどと、親は思わないからです。

しかし、銀行は、無償の贈与ではなく有償の売却を提案します。なぜでしょうか?

その理由は、民法上の問題にあります。後継者ではない子供たちの遺留分です。自社株式という財産は、生前贈与したとしても遺留分の計算から除外されることはありません。将来の相続の際には遺留分の算定基礎に含まれることとなります。生前に贈与された自社株式が「特別受益」として加算されるからです。

銀行はその点を強調します。相続争いを避けて、自社株式を確実に後継者に渡したいのであれば、有償での売却が効果的な手法となると説明します。これによれば、後継者ではない相続人から遺留分を主張されるおそれがなくなり、後継者の地位が安定するというわけです。

ただし、有償で買取るお金などないと言っても、1株1円など恣意的な譲渡価額は認められません。子供には税法上適正な譲渡対価を支払わせなければいけません。

自社株式の売却という方法のメリットとして、業績が好調で将来の株式評価額が上昇するとしても、その前に先手を打って後継者に渡しておけば、税負担の増大を回避することができるという点があります。ただ、これは贈与であっても同様の効果があるため、売却だけの特別のメリットというわけではありません。

もう一つのメリットは、オーナーの個人資産が、非上場株式から現金に転化することになるため、後継者ではない子供たちに渡すことができるという点があります。結果として、将来の遺産分割の際に、後継者である子供と後継者ではない子供との不平等がなくなり、遺留分の問題が発生することを回避することができます。

さらに、いまオーナー個人の手元に現金が少ないという場合であっても、自社株式を売却して現金化すれば、引退後の生活資金をまかなうことができる点が挙げられます。贈与ではお金はもらえません。これは売却に特有のメリットです。

株式の売却のデメリットは税金負担と後継者の借入れ返済

自社株式の売却によれば、後継者は、親が所有する自社株式の譲渡対価を支払わなければいければいけません。優良企業の譲渡価額は、かなり高額になるでしょう。買取り資金が必要です。後継者である子供が借入金をして、その資金を親に支払うことになります。

それゆえ、融資の機会を獲得したいと考える銀行が提案するのです。このスキームを実行した結果として、銀行は優良企業に融資を実行したことになるからです。

遺産分割対策として、株式の売却は効果的な方法です。しかし、譲渡対価を受け取ったオーナー個人の手元に多額の現金が入ってきます。それゆえ、オーナー個人には、譲渡所得に対する税負担が生じます。また、多額の現金を受け取るため、個人財産は減少するどころか、相続税評価ベースでは増加することがあります。トータルで考えると相続財産は減りません。したがって、株式売却を行った後、受け取った現金に係る相続税対策の検討が必要となります。

一方の後継者側では、調達した借入金の元利返済の負担が重くなり、会社の資金繰りを悪化させるおそれがあります。後継者のモチベーションが下がってしまうと大問題でしょう。

このように自社株式の売却を行うと、税金負担と後継者の借入返済の側面においてデメリットが伴いますので、注意が必要です。

後継者は受皿会社を作って資金調達

自社株式を売却する方法は、後継者が自社株式を買い取る方法となります。ただし、個人で買い取るのは、銀行の与信判断の点から難しく、銀行の審査を通すテクニックとして、法人を新設し、法人で自社株式買い取ることになります。

具体的な方法ですが、後継者が受皿会社となる法人を設立し、その法人が銀行から資金調達を行い、自社株式を買い取ります。買い取った後に、親子会社関係、持株会社が事業会社を支配する所有構造が出来上がります。このような状態に着目し、銀行はこの方法のことを「持株会社スキーム」と表現することが多いようです。正確に言えば「受皿会社スキーム」でしょう。

持株会社が株式を買い取った後、事業会社が獲得した利益を持株会社へ配当で分配します。持株会社は、それを原資として借入金を返済し続けます。

このスキームは、全体を俯瞰しますと、会社が後継者に代わって借入金を返済するものとなります。借入金によって自社株式を購入するスキームと同じことです。もちろん、借入金の返済原資は税引き後利益によることから、会社は、返済金額を上回る利益を獲得しておかなければなりません。

後継者は親からの借入れを行うことも可能

自社株式の買取りスキームは、その買取り資金を必ずしも銀行から借入れで調達しなければならないというわけではありません。

後継者が十分な自己資金を持つのであれば、それを使えばよいでしょう。また、株式の譲渡対価を分割払いにする契約として未払いとし、親からの借入れという状態にすることも可能です。社債発行で親族から借入れてもよいでしょう。

会社全部ではなく事業の一部の承継も可能

事業承継は、株式の贈与や売却によって事業全部を移転させなければいけないというわけではありません。事業全部、会社丸ごとというわけでなく、会社が営む事業の一部を移転する方法も効果的でしょう。

例えば、会社が大きな不動産を所有する場合、事業だけを分社化して子会社を設立し、その株式を後継者に売却する方法が考えられます。

この場合は、子会社株式の売却するスキームでもよいですが、事業だけを譲渡するスキーム(事業譲渡)を使うこともできるでしょう。現金交付型会社分割(非適格再編)でも同様です。

いずれにせよ、事業を切り離した後の会社は不動産を所有するだけの状態となり、株式評価額は著しく低くなるはずです。これによって、相続税対策を行うことができます。

自社株式の贈与か売却か、判断に迷ったときは、ぜひ顧問税理士にご相談ください。

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この記事を書いた人

公認会計士/税理士/宅地建物取引士/中小企業診断士/行政書士/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)
平成28年経済産業省「事業承継ガイドライン委員会」委員、令和2年度日本公認会計士協会中小企業施策研究調査会「事業承継支援専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」代表幹事。
一橋大学大学院修了。監査法人にて会計監査及び財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、三菱UFJ銀行ウェルスマネジメント・コンサルティング部、みずほ証券投資銀行部門、メリルリンチ日本証券プリンシパル・インベストメント部門に在籍し、中小企業の事業承継から上場企業のM&Aまで、100件を超える事業承継のアドバイスを行った。現在は税理士として相続税申告を行っている。

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