M&A売却で売り手による情報開示はどのように行うか?

目次

M&Aの対象事業に係る情報はどのように開示するか?

M&Aの買い手候補へ買収提案を行った結果、買収への関心を示してきた場合、自社の情報を開示し、その内容を理解してもらう必要があります。

その手段は、①インフォメーション・メモランダムの開示及び②経営者によるプレゼンテーションです。

【情報開示の方法】

インフォメーション・メモランダムへの記載事項は何か

買い手側の判断材料を提供する

買収という買い手の意思決定には、その判断材料となる情報が必要とされます。M&Aでも同様、対象事業の情報開示が必要になります。

ただし、情報開示に伴う情報漏えいなど様々なリスクが想定されるため、情報開示の前には「秘密保持契約」を締結しておかなければなりません。

情報開示の方法の一つは、インフォメーション・メモランダムの開示、すなわち、買い手候補が買収価格を算定するために必要な情報を一式をまとめたパッケージを提示することです。

買い手候補は、このインフォメーション・メモランダムを材料として、今から交渉に入るか否か、どの程度の買収価格を提示するか、検討することになります。

買収価格の評価は、買い手候補にとって極めて重要なM&A検討プロセスです。売り手側は、買い手が事業価値を評価するために必要十分な情報を提供しなければなりません

インフォメーション・メモランダムによって事業価値を買い手候補に十分に理解・評価してもらうためには、特に「分かりやすさ」と「数値の裏づけ根拠」の二つがポイントとなります。

開示情報の具体的な項目

【インフォメーション・メモランダム】

(1) 会社概要
・設立年月日、沿革、株主構成などの基本情報、会社パンフレットなど
(2) 事業の概要
・業界動向の分析(競合他社の説明、市場占有率)
・製品カタログ、製品の強みを説明
・商流図、事業系統図、子会社との資本関係
・主要な固定資産(土地、建物、機械設備など)のリスト
・事業別・地域別・製品別売上高明細書
・得意先リスト(売上高上位10社)
・仕入先リスト(仕入額上位5社)
・許認可、知的財産権のリスト
(3) 組織の情報
・組織図(各部署ごとの人数)
・経営陣の紹介(担当職務、略歴)
・従業員(個人氏名は隠す、職種と年齢、保有する技能や資格を記載)
・社内規程(就業規則、退職金規程など)
(4) 財務情報
・過去3年間の決算書(損益計算書、貸借対照表、資本金等増減計算書)
・直近の事業年度の税務申告書
・土地の時価情報
・生命保険の解約返戻金の情報
・退職給付債務
・銀行借入金、保証債務の明細書(返済期限、月額返済額、利率など)
(5) 事業計画
・将来3年~5年の損益予測、運転資本予測、投資計画(減価償却費)
・具体的な事業戦略

具体的な事業戦略の説明とは、経営環境に対する見方、投資計画の詳細、営業計画、組織・人事計画、製造計画、情報システムへの投資計画、資金繰りなどの財務情報です。

財務情報については、決算書や申告書だけではなく、貸借対照表の非事業性資産を評価するための時価情報が必要となります。たとえば、不動産や有価証券の時価、保険積立金の時価、簿外となっている退職給付債務の時価などです。

事業計画の根拠資料を出すことは不可欠

また、買い手候補による株式価値評価を可能とするため、将来3年~5年分の損益予測および投資計画が不可欠です。

中小企業の場合、実際に事業計画を作っているケースは少ないでしょうから、その作成を顧問税理士に依頼することになるかもしれません。FA(M&Aアドバイザー)に依頼するケースもあります。

投資計画についても、将来の収益性に影響する情報となるので、必ず作っておきましょう。また、従業員の解雇や機械設備の撤去を行うのであれば、リストラ費用の発生まで事業計画に織り込んでおくほうがよいでしょう。

さらに、売上予測や費用予測の算出根拠となる資料もあわせて開示します。たとえば、売上であれば店舗別や製品別等の細分化された数値を、過去実績及び将来計画に関して開示し、過去の実績と将来の計画が整合性を持って作成されていること、つまり事業計画の信頼性を示すのです。このような細分化された数値を精緻なレベルで開示することができない場合は、事業計画そのものの信頼性に疑間を持たれることになり、事業価値を高く評価してもらうことが厳しくなります。

情報を全て開示する必要はない

なお、交渉の初期段階では対象会社の機密情報まで出す必要はありません。たとえば、製造原価明細や工程レイアウト図など極めて重要な企業秘密、工場の土壌汚染などの深刻なマイナス情報については、大まかな概要だけの説明にとどめ、詳細は後から実施されるデュー・ディリジェンスにおいて開示するようにすればよいでしょう。

開示資料の形式も美しく整える!

開示資料のフォーマットに決まったものはありませんが、投資銀行が作るように、MS-PowerPointを使ってビジュアル的にも美しい体裁を整え、きちんと製本することができれば理想的です。そこまで丁寧に作成する余裕がない場合には、対象会社が用意した資料をコピーして、そのままバインダーに綴り込むようなものでも構いません。

ただし、「事業計画」の説明資料だけは、見せ方に工夫しなければなりません。M&Aで提示する事業計画は、経営者へのヒアリングに基づき、数値データやグラフ、説明文によってとして開示されることになりますが、単に数字だけを開示するのではいけません。その根拠となる事業戦略を経営分析のフレームワーク(SWOT分析など)に基づいて整理し、効果的なプレゼンテーション資料としてまとめておくべきでしょう。

マネジメント・プレゼンテーションで何を説明すべきか

M&Aで、もう一つの情報開示の方法は、トップ・ミーティングによる経営者からのマネジメント・プレゼンテーションです。

経営者が事業をセールスする!?

財務情報など定量的な情報は、書面で開示すれば買い手候補もある程度内容を理解できますが、事業内容や事業戦略などの定性的な情報は、経営者による口頭説明が必要となります。

買い手候補に対するプレゼンテーションでは、M&A対象会社のビジネスの中身(たとえば、直近の財務内容、事業内容、経営戦略など)を適切に伝えることが不可欠です。それが、買い手候補に自社の事業価値を適切に理解してもらうための手段とななります。

ミーティングの場所は、対象会社の事務所やホテルの貸会議室などを用意し、秘密を保持できる場所を確保します。

この場には、買い手候補のトップに近い経営者に出席してもらい、お客様及び自社の経営陣(たとえば、営業担当役員、管理担当役員)によるプレゼンテーションを実施します。

このミーティングが、M&A当事者同士の初顔合わせの場となるケースもよくありますが、買い手候補にとっては、経営陣の資質と能力を評価する機会となります。経営陣の経営に対する考えを積極的にアピールしたほうがよいでしょう。

最も重要なことは、このマネジメント・プレゼンテーションが、M&Aで売却対象となる事業を売り込む、セールスする機会となりますから、いかに買い手候補に「買いたい」と思わせるかが勝負になるということです。自社の経営陣には、プレゼンテーションの入念な準備をお願いすると同時に、当社としても見栄えの良い資料作成などで最大限のサポートを提供します。

製造業であれば工場見学させることも

なお、買い手候補に事業価値を適切に理解・評価してもらうためには、事業価値を生み出す源泉を理解させることが重要です。

たとえば、製造業の場合には、プレゼンテーションだけでなく工場見学会を設けることも一つの方法です。同業者であれば、工場内を見渡せば技術力、生産能力、機械設備の稼働状況等の実態をある程度評価できるからです。

一般的に、製造業の会社の経営者は、同業者であれば、工場を一度見ただけでその生産性や技術力、最大生産能力や機械設備の稼働状況などを評価できるといわれ、工場見学はM&A株価の算定のために不可欠なプロセスとなります。

自社の経営陣によるマネジメント・プレゼンテーションは非常に重要な意味を持っています。買い手候補は、ここで買収するかどうか、M&Aの基本的な意向を固めるケースが少なくありません。

また、情報開示の結果、買い手候補から多くの質問が出されることが想定されるため、想定される質問項目に対しては、予め回答を用意しておくことが望ましいでしょう。

個別項目の説明の方法はこれだ!

買い手候補の会社に買収提案を持ち込んだ際、何を説明すればよいのでしょうか。初期的な買収提案においては、対象会社のビジネスの中身(例えば、直近の財務内容、事業内容、経営戦略など)を適切に伝えることが必要であります。初回の買収提案の際には、以下の項目について明瞭に説明できるように準備しておきましょう。

対象会社の概要

会社の情報として、組織や人員体制、店舗や工場の特徴といった有形、無形の資産についての説明をはじめ、販売や生産の現状を説明する。次に外部経営環境として、事業が属する市場環境や見通し、市場シェアや競合他社の状況、競合他社に対する優位性(製品力や営業力など)についてもアピールする。

事業価値源泉

会社の強みは事業価値源泉であり、この強みが競合他社と比較して明確であればあるほどに売却可能性は高まる。事業の強みや課題、特徴、どの部分を強化していけば競争に打ち勝っていけるのかといった情報を説明したい。

事業戦略

今後の事業戦略やその戦略を支えるための具体的な施策を明らかにする。工場設立などの設備投資計画、人材採用計画といった前向きの施策だけでなく、工場や店舗閉鎖や支店閉鎖、部門の統廃合など、合理化につながる施策も打ち出し、将来どの程度の売上増が見込めるのか、どの程度のコスト削減が期待できるのかを分かりやすく説明したい。

事業計画

対象会社の将来像を裏づける決算書の数値を示す。財務情報は過去3~5年、将来3~5年分を開示することが一般的である。売却対象が1つの事業部であり法人全体ではない場合は、財務情報を準備することは難しい。その場合、社内における管理会計をベースとした損益計算書のみを開示すればよいだろう。

想定されるシナジー効果

買い手が買収した場合、どれだけのシナジー効果が創出され、どれだけ事業価値が高まるのか、新しい企業オーナーのもとで実行される事業戦略を提案する。思い切った設備投資や人材獲得といった成長戦略から、大規模なコスト削減を狙った合理化といった経営戦略まで様々な施策が織り込まれる。このような事業戦略は、ある意味、売り手から買い手に対しての能動的な提案であり、アピールである。その計画に明確な裏づけやロジックが存在していれば、買い手に受け入れられる可能性が十分ある。

「いくらで売りたいのですか?」と聞かれたら、こう答える!

買い手候補の社長に買収を提案した際、必ず聞かれる質問が、「いくらで売りたいのか?」です。

売り手の価格目線が高すぎるような場合は、買い手として交渉を始める意味が無いからです。この質問にはどのように回答すべきでしょうか。

この質問への回答は、慎重に行う必要があります。初期段階では、売り手と買い手の価格イメージは一致していなません。そのような価格イメージが曖昧な状況で価格交渉を開始してしまうと、合意できる取引であっても、ボタンを掛け違えてしまうおそれがあります。

それゆえ、初期段階では売り手からの価格提示は控えるべきなのです。この段階では、売り手の希望売却価格を伝えることよりも、むしろ買い手候補の関心を高めるための説明、事業・財務内容や経営戦略を説明することに注力すべきです。

それでもなお買い手から希望売却価格を問われたときには、以下のような曖昧なコメントにとどめておくとよいでしょう。

確実に売れそうな会社を強気で提案する場合には、

「入札を行いますので、一番高い買収価格を提示して頂いたお相手と取引いたします。」、
「将来の成長性を反映させた公正な評価額での売却を希望しています。」、
「5年後にはEBITDAが2倍に成長することを予測しておりますが、現在の類似上場企業のマルチプル(倍率)が7倍ですので、来期予想EBITDAの7倍程度の評価が適正だと考えています。」

と理路整然と答えましょう。

これに対して、売れそうにない会社を弱気で提案する場合には、

「清算価値である純資産価額をイメージしていますが、それを下回るからといって交渉に応じないわけではありません。」、
「価格条件は全く考えていません。貴社へ事業を引き継いでもらうことが従業員の幸せになると考えています。」

と謙虚に答えておくとよいでしょう。

買い手候補からの質問に対する対応方法

最後の対応が、買い手候補からの質問に対して対象会社の経営者やM&Aアドバイザーが回答すること、又は追加情報の開示を行うことです。

買い手候補から出てくる質問の代表例は、以下のようなものです。これらの質問が出てきたときに即座に答えられるよう、事前に回答を準備しておくようにしておかなければいけません。

  1. 退職給付債務に対する引当金は全額が計上されているか。
  2. 棚卸資産が増加しているが、不良在庫、陳腐化在庫があるのではないか。
  3. 売掛金が多いが、回収可能性に問題はないのか。不良債権はないか。
  4. 工場に土壌汚染などの環境問題は発生していないか。
  5. 大口得意先との関係は良好か、今後も継続して取引できる見込みか。
  6. 機械設備の入れ替えなど更新投資は適切に行ってきたか。将来に大規模修繕が発生する可能性はないか。
  7. オーナーや関係会社からの間接業務の提供や従業員の受入れがないか。(スタンド・アローン・コストに関する情報を求められます。資本関係が複雑なグループ企業が対象になるケース、事業の一部を切り出して売却するケースには問題となります。)
  8. 大口得意先やライセンス供与元との契約書に「チェンジ・オブ・コントロール条項」(オーナーの異動があった場合、契約を継続するためには相手方の事前同意を必要とする条項)は入っていないか。
  9. 労働組合を解散させることはできないか。
  10. 従業員の中で重要なキーパーソンは誰か。

 

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この記事を書いた人

公認会計士/税理士/宅地建物取引士/中小企業診断士/行政書士/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)
平成28年経済産業省「事業承継ガイドライン委員会」委員、令和2年度日本公認会計士協会中小企業施策研究調査会「事業承継支援専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」代表幹事。
一橋大学大学院修了。監査法人にて会計監査及び財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、三菱UFJ銀行ウェルスマネジメント・コンサルティング部、みずほ証券投資銀行部門、メリルリンチ日本証券プリンシパル・インベストメント部門に在籍し、中小企業の事業承継から上場企業のM&Aまで、100件を超える事業承継のアドバイスを行った。現在は税理士として相続税申告を行っている。

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