事業承継税制(非上場株式の納税猶予制度)の制度趣旨を理解しよう!

事業承継
目次

事業承継税制を理解しよう

事業承継の難しさと税制面での優遇の必要性

事業承継は、会社の社長を交代するだけよいというものではありません。会社の社長は株主総会で選任される取締役から選ばれることから、株主総会を支配するに足る株式を所有しなければなりません。

それゆえ、先代経営者が所有する株式を後継者に引き渡さなければなりません。

通常であれば、先代経営者は議決権株式の大部分を所有しているはずですから、後継者に引き渡すべき株式はかなり多数の株式となります。

株式を贈与する際、債務超過で株価がゼロの会社ならば全く問題はありません。業績が良好で黒字が続き、内部留保の厚い優良企業や、土地に大きな含み益がある企業の場合、株式の評価額が高くなることから、株式の引き渡しに伴う税負担の大きさが問題となります。

この点、会社を個人と一体化させている中小企業経営者の場合、「自分の息子だから、カネはいらないよ。株式はタダで渡してやるよ。」とか「株価は額面50円でよいのだろう?」と考える方が多いようです。

しかし、優良企業の株式を息子にタダで引き渡すようなことをすれば、税務署は黙っていない。贈与税の脱税になるからです。

一般的に、優良企業の株価は年を追う毎に上昇します。利益が出ている限り上昇が止まらないと考えてよいでしょう。

近年、社長の高齢化、事業承継の遅れによって、株式を後継者に引き渡すタイミングが遅れ、その結果、予想外に株価が高くなり、その税負担の大きさに戸惑うケースが増えてきているのです。

すなわち、事業承継の際には後継者に相続税又は贈与税が課されるが、資金力の乏しい中小企業経営者にとってはその負担が重すぎるのです。そのため、多くのケースでは、株式を親族内で分散して承継することで税負担を軽くしようとします。

しかし、こうした対応は、会社の支配力を分散させ、経営の安定性を損ねることになります。

そこで、事業承継に伴う税負担を軽減させ、事業承継を円滑に実行させる措置として導入されたのが事業承継税制です。

事業承継税制とは?

事業承継税制とは、中小企業経営承継円滑化法に基づく非上場株式の相続税・贈与税の納税猶予制度のことをいいます。これは、中小企業者の後継者が、先代経営者から会社の株式を承継する際に贈与税100%、相続税80%(一般措置)を軽減する特例制度であり、平成20年に導入されました。

後継者が、経済産業大臣の認定を受けた株式を先代経営者から相続又は贈与により取得した場合には、発行済議決権株式総数の2/3までの部分(一般措置)に対応する相続税又は贈与税の納税を猶予されます。

この制度の適用によって、安定的な会社支配権を確保できる2/3の議決権株式を(一般措置)、税負担をほとんど伴わずして、後継者1人が承継することが可能となるのです。

ただし、後継者の要件として、後継者とその親族などとで議決権総数の過半数を保有し、かつ、これらの者の中で筆頭株主であることなどが課せられており、事業承継税制の対象となる後継者は事実上1人に限定されています。

また、この特例制度の適用を受けるためには、相続税・贈与税の申告期限から5年間は以下のような要件を満たして事業を継続することが必要です。

① 雇用の8割以上を5年間平均で維持すること
② 後継者が代表を継続すること
③ 贈与税の場合、先代経営者が代表者から退任すること
④ 対象株式を継続して保有すること
⑤ 上場会社、資産管理会社、風俗関連事業を行う会社に該当しないこと等

これらの要件を満たせなかった場合は、猶予されていた税金の全額納付となってしまいます。

事業承継税制のメリット

事業承継税制のメリットを一言で表現するとすれば、驚異的な節税効果です。

大まかにイメージを表現すると以下の図のようになります。67%の株式の80%軽減ということであるから、概ね5割を超える大幅な節税効果です。

事業承継の支援を専門とする筆者は、年間50社以上の中小企業経営者に対して税負担の軽減に効果的なアドバイスを提供しており、生前贈与、民事信託、従業員持株会、投資育成会社、株価引下げ対策など様々な手法を駆使して承継スキームを立案します。その手法はケースバイケースであり、数えきれないバリエーションがあります。

しかし、この事業承継税制ほど節税効果の大きな手法は他には存在していません。その節税効果は絶大なものであるから、筆者個人の見解としては、これを活用したほうがよいと断言してもよいでしょう。

事業承継税制の問題点

①事業承継税制の存在が知られていない

このように大きなメリットを持つ制度であるにもかかわらず、この制度は、中小企業経営者に知られていない。東京商工会議所による中小企業経営者に対するアンケート調査(平成27年1月)によれば、事業承継税制について「知っている」とする回答は23.5%であるのに対して、「知らない」とする回答は39.1%であった。事業承継税制は世間に普及していないのである。

②事業承継税制の適用申請に会社の顧問税理士が協力しない

運良くこの制度を知ることになった中小企業経営者は、会社の顧問税理士に相談するはずである。しかし、平均年齢60歳を超える普通の税理士は、事業承継税制に非協力的な姿勢を見えるケースが多い。筆者は、数少ない協力的な税理士の一人であるが、筆者のもとに適用申請を依頼されるお客様のほとんどは、「顧問税理士が支援してくれない。」という理由からである。
上記アンケート調査によれば、事業承継税制の問題点として、「要件が多く制度がわかりにくい。」「提出書類が煩雑でわかりにくい。」の2点が採り上げられている。筆者のように実績を積んで申請手続きに慣れてしまえば問題ないが、適用要件が細かく規定されており、それを充足できなかった場合のダメージが大きいため、申請した経験のない税理士が最初の1件を手掛ける際には躊躇することになるだろう(大手会計システムTKCから適用要件の充足を自動判定してくれるソフトウェアが販売されているほどである。)。また、60歳を超えた高齢のベテラン税理士に、複雑かつ難解な税制を一から勉強させることは酷であろう。
それ以上に問題となるのは、提出書類の数が多く、それらを集めるも一苦労であることから、税理士の立場からすれば、その労力に見合う報酬を取ることができるかどうかという点である。筆者の設定している30万円~50万円(規模に応じて)という報酬でも原価割れして赤字になることもあり、儲かる商売ではない。既存の顧問先からは、「これくらいの手続きは、月額顧問料の範囲内で当然にサービスしてくれるだろう。」などと無償サービスを要求されることもある。税理士も商売であるから、赤字になるような仕事はしたくない。

③事業承継税制を否定する専門家も多い

一般向けに開催される事業承継のセミナーで、制度内容に誤解を招くような説明を行う専門家が多いようです。一番多いのは、制度を全く理解できていない専門家が、単純に制度が難しくて手続きに手間が掛かるという理由だけで、「使いづらい制度だから止めておきましょう。」と一蹴してしまうケースです。

制度を理解している専門家であっても、「このデフレ低成長時代にあって、事業縮小や従業員リストラができないという制約は厳しすぎる。」と言う専門家、「M&Aという重要な経営戦略が封じられる制度は好ましくない。」と言う専門家がいます。

この点について、筆者の経験上、そもそもこの制度を適用する会社は、好業績の優良なファミリー企業であるから、事業縮小や会社売却を考える必要性は全くないと思っています。

微妙に納得してしまうために厄介なのは、「この制度は一度適用してしまうと、未来永劫、世代交代のたびに適用申請を続けなければならず、止めようと思ったときには、猶予された『多額の税金』に利息まで付けて納税しなければなりませんよ。」と、納税時の税負担の重さを強調する専門家です。

この点については、大きな誤解があるようです。納税猶予の対象となる株式は、次世代に承継される度に評価し直されるため、最初に適用されたときの高い株価が付きまとうわけではありません。株価が上昇を続ける場合は制度の適用を続けることになるが、株価が下落したのであれば、事業承継税制を止めたとしても納税すべき税額は小さくなっており、何も恐れることはありません。

事業承継税制を適用したいと思っても、今の顧問税理士が必ず手伝ってくれるわけではありません。相続税申告だけ相続専門の税理士に依頼することがあるように、事業承継税制の申請だけは、事業承継専門の税理士に依頼すべきなのかもしれません。

事業承継税制の注意点

このように①代表者要件、②雇用維持要件は、先代経営者から後継者へ自社株式が贈与されてから5年間だけ課せられる要件です。事業承継税制が、雇用維持を制度趣旨とするものであることから、当然に求められる要件だと言えましょう。

一方、③株式継続所有要件は、後継者が次の後継者(先代から数えて3代目社長)へ事業承継する日まで課せられる要件です。

つまり、後継者はM&Aで自社株式を第三者に売却することはできないという足枷が課せられます(第三者に対して贈与し、それに経営承継円滑化法を適用することができますが、それではM&Aで会社売却して現金を得ようとする目的は達せられません。)。

M&Aできないこと、これが事業承継税制の注意点ということができそうです。

事業承継税制と相続

事業承継税制は、先代経営者から後継者への社長交代のタイミングで自社株式を贈与することを想定しています(相続の際に自社株式を相続人へ承継することは想定していません。)。つまり、先代経営者が贈与者で、後継者が受贈者です。

それゆえ、先代経営者が死亡する際に、どのように相続税の納税猶予制度へ意向するのかが、明確に説明されていません。事業承継税制に取り組む場合は、この点まで理解しておく必要があるでしょう。

事業承継税制を適用していた先代経営者に相続が発生した場合

先代経営者が死亡した場合、後継者が先代経営者から相続によって自社株式を取得したものとみなされることになります。ただし、自社株式の評価額は、相続時ではなく贈与時の価額によることになります。

この場合、先代経営者が死亡した日から6ヶ月以内に贈与税の「免除届出書」を税務署長に提出することによって、これまで猶予されていた贈与税は免除されます。

また、自社株式について相続税の納税猶予制度の適用を受ける場合には、相続開始日から8ヶ月以内に経済産業大臣に申請を行い、10ヶ月以内に相続税申告を行う必要があります。

相続があったとき事業継続期間の要件はどうなるか?

贈与税の納税猶予制度が適用されますと、以下のような事業継続期間(経営承継期間)の要件が課されます。

① 代表者であること
② 雇用の8割以上(平均)を維持すること
これに加えて、事業継続期間を終了後も続けて課せられる要件として、③ 株式を継続所有することもあります。

この点、相続税の納税猶予制度の適用を行いますと、また事業継続期間がゼロからスタートするのではないかという疑問が生じるはずです。

これに関する取扱いですが、相続税の納税猶予制度への切り替え時には、①代表者要件、②雇用維持要件は課されないものとなっています。

ただし、③株式継続所有要件については事業継続期間に限られた要件ではないため、相続の発生後も継続して課せられることには留意してください。

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この記事を書いた人

公認会計士/税理士/宅地建物取引士/中小企業診断士/行政書士/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)
平成28年経済産業省「事業承継ガイドライン委員会」委員、令和2年度日本公認会計士協会中小企業施策研究調査会「事業承継支援専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」代表幹事。
一橋大学大学院修了。監査法人にて会計監査及び財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、三菱UFJ銀行ウェルスマネジメント・コンサルティング部、みずほ証券投資銀行部門、メリルリンチ日本証券プリンシパル・インベストメント部門に在籍し、中小企業の事業承継から上場企業のM&Aまで、100件を超える事業承継のアドバイスを行った。現在は税理士として相続税申告を行っている。

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