近年、葬儀業界のM&Aが増えている。ここでは、葬儀業界の市場動向やビジネスモデル、M&Aの買い手側によるデュー・ディリジェンスにおける注意点、企業価値評価(株価算定)で使う数値(マルチプルなど)について説明する。これらから、葬儀業界においてM&Aを成功させるためのポイントについて考えてみよう。
M&Aの多い葬儀業界
葬儀業界の全体像を理解するために、市場動向や経営環境、ビジネスモデル、M&A可能性のある競合他社を説明する。
葬儀業界の市場動向・経営環境
葬儀業(葬儀社)は、死体埋葬準備、葬儀(葬式)施行を行う事業者のことをいう。葬儀は行わず、葬儀を行う施設を賃貸する企業(葬祭会館)もある。
高齢化によって今後も需要の増加が見込まれる一方で、近年は、ホテル、電鉄、生花小売業などの異業種からの市場参入が増加していることから、受注獲得競争が激化している。
経済産業省「特定サービス産業実態調査」によれば、葬儀の2017年の国内売上高合計は約1.5兆円であった。2020年は約1.9兆円になっていると推測される。
社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計)」によれば、2040年まで国内の死亡者数の増加が続くと予想されており、葬儀のニーズは増加傾向にある。
葬儀業界のビジネスモデル
葬儀業のビジネスモデルは、葬儀を行うことのできる従業員を雇用し、顧客に対して葬儀サービスを提供することである。近年は葬祭会館の不動産を所有するケースも増えている。
葬儀サービスは、葬儀の企画から始まり、祭壇・葬具の提供、葬儀会場の設営、火葬場の手配、死亡届・火葬許可証の手続き代行、宗教者の依頼、遺体搬送、痛いアンチ、斎場の手配、会葬者の受付や案内、納棺・湯灌・死化粧など多岐にわたる。これらすべての葬儀サービスを自社で提供することは難しいため、一部の業務が外注されるケースが多いようだ。
葬儀サービスの品質は従業員の能力に依存するが、これを担保するための資格として、厚生労働省認定の「葬祭ディレクター資格」がある。
葬儀業界M&Aで買い手候補となる企業
葬儀業の事業承継を目的としたM&Aであっても、買い手候補は上場企業や大企業が中心になると考えられる。この業界では、以下のような上場企業が中心となって業界再編を進めていくことが想定される。
ティア、平安レイサービス、ニチリョク、燦ホールディングス、サン・ライフホールディング、こころネットである。
葬儀業界M&Aで売却する売り手のメリット
安定している大手企業にM&Aで葬儀業を承継することで、従業員の雇用を維持し、事業のさらなる成長を実現することができる。また、販売先である一般顧客は、信頼できる葬儀社へ発注を継続することもできることに加え、老人福祉施設や病院との連携関係を継続することができる。
また、小規模事業者が単独では難しかった葬祭会館のための不動産投資よって、葬儀業の売上高の増加を実現することができる。結果として生産性が向上すれば、従業員の給与水準をアップさせることができるだろう。
さらに、買い手企業が大企業であれば、事業規模の拡大による生産性向上、大量仕入れによる原材料費の引下げや、人材採用コスト、広告宣伝費、本社経費を削減し、M&Aによるシナジー効果を得ることができる。
以上のようなシナジー効果が期待され、買い手候補にとって魅力的な事業であれば、売り手側の経営者は、高い売却価格を実現することができ、引退した後のライフプランを充実したものとすることができる。
葬儀業界M&Aで買収する買い手の注意点
葬儀業界で買収を行う際、デュー・ディリジェンスにて調査すべき経営資源や注意点を説明する。
葬儀業の買収デュー・ディリジェンスにおける注意点
葬儀業では、安定的に顧客を紹介してもらうことができる提携先を持つことが重要である。医療福祉施設、病院、農業協同組合、市区町村役場などである。互助会制度を構築して、顧客関係の維持を図ることも重要だろう。こうした提携先との関係性が継続するかどうか、確認しておく必要がある。
葬祭会館を所有する場合、その不動産が陳腐化していないか、大規模修繕や建替えが必要ないか、確認する必要があるだろう。
葬儀業の買収で承継すべき経営資源
葬儀サービスの能力と経験を有する従業員が基本となる経営資源である。継続的に顧客の紹介がある提携先との関係性は重要な無形資産である。
また、葬祭会館を持つ場合は、不動産という有形固定資産を承継しなければいけない。その立地条件も重要な無形資産となる。
無形資産は、事業承継によって喪失されることが多いため、葬儀業のM&Aを行う場合は、提携先との関係の引継ぎに時間と労力をかけるなど、無形資産の承継を丁寧に行うことが重要だろう。
葬儀業を買収するときの企業価値評価(株価算定)
葬儀業のM&Aにおける企業価値評価(株価算定)を行う際に活用することができる数値は、以下の通りとなっている。
まず、TKC経営指標(2018年度)によれば、葬儀業の収益性について、売上高成長率は約3.4%である。また、粗利率は54.8%、営業利益率は3.5%となっている。生産性について、1人当たり売上高は1,566万円、1人当たり人件費は431万円となっている。
次に、2020年8月現在の開示情報および市場株価によれば、葬儀業のマルチプル(倍率)について、PBR倍率は0.5~1.0倍、PER倍率は15~20倍、EBITDA/企業価値倍率は4~6倍となっている。
さらに、筆者が推計する株主資本コストは、安定した老舗企業であれば5%、急成長の新興企業であれば10%が妥当であると考える。これは、この類似上企業のROICが5~8%であることを考慮しつつ、類似上場企業のベータ値が0.3~0.7であること、ヒストリカル・マーケット・リスク・プレミアム(1950年代~2020年)が7%~9%であることを前提にして、小規模リスク・プレミアムを加算して推計している。
なお、類似上場企業比較法で採用すべき上場企業として、ティア(2485)、平安レイサービス(2344)、ニチリョク(7578)、燦ホールディングス(9628)、サン・ライフホールディング(7040)、こころネット(6060)、きずなホールディングス(7086)が挙げられる。