近年、エステティックサロン業界のM&Aが増えている。ここでは、エステティックサロン業界の市場動向やビジネスモデル、M&Aの買い手側によるデュー・ディリジェンスにおける注意点、企業価値評価(株価算定)で使う数値(マルチプルなど)について説明する。これらから、エステティックサロン業界においてM&Aを成功させるためのポイントについて考えてみよう。
M&Aの多いエステティックサロン業界
エステティックサロン業界の全体像を理解するために、市場動向や経営環境、ビジネスモデル、M&A可能性のある競合他社を説明する。
エステティックサロン業界の市場動向・経営環境
エステティックサロン業は、女性又は男性向けに美顔や送信、脱毛、マッサージなど全身の美容サービスを提供する事業者のことをいう。
総務省・経済産業省「平成24・28年経済センサス、活動調査」によれば、エステティック業の国内売上高合計は、2012年の2,161億円から、2016年の2,292億円へと僅かに増加している。
エステティック業は成熟産業であり、今後の大きな成長は期待できないが、一定の国内需要は継続するものと予想される。
エステティックサロン業界のビジネスモデル
エステティックサロン業のビジネスモデルは、従業員であるエステティシャンを雇用し、一般顧客に対して全身美容サービスを提供するものである。エステティックサロンのサービスは、フェイシャルとボディに大別されるが、痩身、脱毛、デトックスなど目的に合わせたメニューが設けられている。また、最近は男性向けエステティックサロンも増えてきている。
美容院の美容師や、理容店の美容師と異なり、エステティックサロンで働くエステティシャンには国家資格がない。したがって、従業員の施術の品質には大きな幅が生じているようである。
近年のデフレ環境において、価格競争が引き起こされたため、大手チェーン店では、低価格ブランドを打ち出す企業が増えてきました。その一方で、脱毛の需要が伸びており、脱毛専門店が増えている。
ハンドマッサージ中心の店舗であるすればと、施術場所とベッドと備品だけあれば運営が可能となるため、独立開業が簡単である。それゆえ、大手チェーン店である程度の技術と経験と顧客関係を習得した従業員は、容易に独立開業してしまう。顧客のほうも、決まったエステティシャンにきめ細かいサービスを求める傾向にあるため、大手チェーンの利用者が、個人事業の店舗に流れているようである。
結局、低価格で低品質・低付加価値のサービスを提供する大手チェーン店と、高価格で高品質・高付加価値のサービスを提供する個人店の二極化が進んだ。
エステティックサロン業界M&Aで買い手候補となる企業
エステティックサロン業の事業承継を目的としたM&Aであっても、買い手候補は上場企業や大企業が中心になると考えられる。この業界では、以下のような大企業が中心となって業界再編を進めていくことが想定される。いずれも非上場企業である。
TBCグループ、ロイヤル商事、ソシエ・ワールド、キレイモ、ザ・フォウルビ、ビューティトップヤマノ、不二ビューティ、エル、スリムビューティハウス、オリーブスパアカデミーである。
エステティックサロン業界M&Aで売却する売り手のメリット
安定している大手企業にM&Aであるテティックサロン業を承継することで、従業員の雇用を維持し、事業のさらなる成長を実現することができる。また、固定客である個人顧客は、馴染みのエステティシャンの施術を同じ店舗で継続して受けることができる。
また、小規模事業者が単独では難しかった広告宣伝費の増額よって、エステティックサロン業の売上拡大を実現することができる。結果として生産性が向上すれば、従業員の給与水準をアップさせることができるだろう。
さらに、買い手企業が大企業であれば、店舗チェーン規模の拡大による生産性向上、人材採用コスト、本社経費を削減し、M&Aによるシナジー効果を得ることができる。
以上のようなシナジー効果が期待され、買い手候補にとって魅力的な事業であれば、売り手側の経営者は、高い売却価格を実現することができ、引退した後のライフプランを充実したものとすることができる。
エステティックサロン業界M&Aで買収する買い手の注意点
エステティックサロン業界で買収を行う際、デュー・ディリジェンスにて調査すべき経営資源や注意点を説明する。
エステティックサロン業の買収デュー・ディリジェンスにおける注意点
エステティックサロン業は、顧客関係がエステティシャンに帰属しているという点に特徴がある。人気のあるエステティシャンには高額の給与を支給することになり、費用のなかで人件費の負担が最大となる。
未払残業代が無いか、退職給付債務が簿外処理されていないか、確かめておく必要がある。また、エステティシャンの退職は事業価値の低下をもたらすため、営業成績の良いエステティシャンとは個別に面談を行い、継続雇用できる処遇を確約しておくべきだろう。
また、複数回の料金を一括前受けで受領している場合、前受金として計上し、役務提供に応じて売上(収益)へ振替処理すべきところ、契約時に全額を売上高として処理している場合もあるので、注意して調査したほうがよいだろう。
エステティックサロン業の買収で承継すべき経営資源
固定客との顧客関係を抱えるエステシャンが基本となる経営資源である。エステシャンが退職すると、その顧客関係は流出してしまう。
エステティックサロン業のM&Aを行う場合は、エステシャンの継続雇用によって人的資源を承継するとともに、顧客関係の引継ぎに時間と労力をかけるなど、無形資産の承継を丁寧に行うことが重要だろう。
エステティックサロン業を買収するときの企業価値評価(株価算定)
エステティックサロン業のM&Aにおける企業価値評価(株価算定)を行う際に活用することができる数値は、以下の通りとなっている。
まず、TKC経営指標(2018年度)によれば、エステティックサロン業の収益性について、売上高成長率は約▲1.4%である。また、粗利率は80.6%、営業利益率は▲0.9%となっている。生産性について、1人当たり売上高は797万円、1人当たり人件費は340万円となっている。
エステティックサロン業のマルチプル(倍率)については、2020年現在、このエステティックサロン業を主たる事業として営む上場企業が無いため、算定することができない。
参考までに、美容院のマルチプル(倍率)を見ると、筆者が推計する株主資本コストは、安定した老舗企業であれば5%、急成長の新興企業であれば9%が妥当であると考えられる。
なお、類似上場企業比較法で採用すべき上場企業は、2020年現在、存在していないため、DCF法によって企業価値評価や修正純資産法、時価純資産プラス営業権によって評価を行うしかないだろう。