近年、居酒屋のM&Aが増えている。ここでは、居酒屋の市場動向やビジネスモデル、M&Aの買い手側によるデュー・ディリジェンスにおける注意点、企業価値評価(株価算定)で使う数値(マルチプルなど)について説明する。これらから、居酒屋においてM&Aを成功させるためのポイントについて考えてみたい。
M&Aの多い居酒屋
居酒屋の全体像を理解するために、市場動向や経営環境、ビジネスモデル、M&A可能性のある競合他社を説明する。
居酒屋の市場動向・経営環境
居酒屋は、酒類の提供を主体とし、メニューが豊富な料理を提供する飲食店のことをいう。
外食産業全体の市場規模は、2011年の22.8兆円から2017年の25.6兆円へ増加しているのに対して、居酒屋の市場規模は、2011年の1兆円から2017年の1兆円と横ばいになっている。
若者の飲酒離れ、企業の接待の減少から市場規模は縮小を続けている。また、2020年の新型コロナ問題による大幅な需要減少が発生したため、今後も需要の減少傾向が続くと予想される。
参入障壁が低い事業であることから、新規参入が多く、他店との差別化ができない居酒屋はすぐに淘汰されてしま厳しい環境にある。原材料費の上昇、人件費の上昇などコスト増加圧力は強く、収益性は低下傾向にある。大手総合居酒屋チェーンでは不採算店の閉店やM&Aによる店舗再編が進められている。
居酒屋のビジネスモデル
居酒屋のビジネスモデルは、酒類(ビール、日本酒、焼酎、ウイスキー、リキュール、ワインなど)を酒類卸売業から仕入れ、顧客に販売するというものである。同時に、食材を生鮮市場で仕入れ、それを保管し、調理し、顧客へ提供することになる。
大手総合居酒屋チェーンでは収益性の向上を図るため、メニューの標準化、セントラル・キッチンにおける一括調理による原価低減を行っている。
今後は、特徴あるブランド、店舗スタイルやメニューの多様化を図ることによって、店舗ごとに差別化を図る経営革新が求められている。
居酒屋M&Aで買い手候補となる企業
居酒屋の事業承継を目的としたM&Aであっても、買い手候補は上場企業や大企業が中心になると考えられる。この業界では、以下のような上場企業が中心となって業界再編を進めていくことが想定される。
少子高齢化の国内市場において単独の成長は難しいことから、居酒屋の経営者は、株式上場が成長のゴールと位置づけられている。上場した後は成長がストップし、最終的にM&Aの売却に進むケースがほとんどである。
たとえば、コロワイド、クリエイト・レストランツ・ホールディングス、大庄、DDホールディングス、ワタミ、木曽路、チムニー、鳥貴族、ハイデイ日高、エー・ピーカンバニー、ジー・テイスト、フジオフードシステム、テンアライド、三光マーケティングフーズ、一家ダイニングプロジェクト、マルシェ、ユナイテッド&コレクティブ、ホリイフードサービス、NATTY SWANKY、海帆、SFPホールディングス、ダイナックホールディングス、ジェイグループホールディングス、JFLAホールディングス、ヴィア・ホールディングス、デルソーレ、きちりホールディングス、ヨシックス、かんなん丸である。
居酒屋M&Aで売却する売り手のメリット
安定している大手企業にM&Aで居酒屋を承継することで、従業員の雇用を維持し、事業のさらなる成長を実現することができる。また、得意先である馴染みの顧客は、お気に入りのお店で継続して飲食を楽しむことができることに加え、原材料メーカーや食品商社などの仕入先との関係を継続することができる。
また、小規模事業者が単独では難しかったIT機器への投資によって、キャッシュレス決済、POS管理を導入することができれば、居酒屋の経営効率化を実現することができる。結果として生産性が向上すれば、従業員の給与水準をアップさせることができるだろう。
さらに、買い手企業が大企業であれば、店舗チェーンの傘下に入ることによる生産性向上、大量仕入れによる原材料費の引下げや、人材採用コスト、広告宣伝費、本社経費を削減し、M&Aによるシナジー効果を得ることができる。
以上のようなシナジー効果が期待され、買い手候補にとって魅力的な事業であれば、売り手側の経営者は、高い売却価格を実現することができ、引退した後のライフプランを充実したものとすることができる。
居酒屋で買収を行う際、デュー・ディリジェンスにて調査すべき経営資源や注意点を説明する。
居酒屋の買収デュー・ディリジェンスにおける注意点
居酒屋には、人材不足が深刻であるという問題がある。働き方改革によって労務管理が厳しくなっていることから、未払い残業代が簿外債務となっていないか確認することは不可欠である。
また、保健所の営業指導を受ける必要があることから、食品衛生法におけるHACCPに基づく衛生管理などの規則を遵守しているか確認しなければいけない。
居酒屋の事業性を評価する場合の注意点として、十分な人員を確保できているかどうか、適正な賃金を支払うことができているかどうか、外国人労働者のビザの有効期限が切れていないか、労務管理の状況を調査する必要がある。
また、マニュアル化などによって従業員教育が行われているか、接客について顧客満足度が低下していないか確認しておく必要がある。
居酒屋の買収で承継すべき経営資源
立地条件・ブランド、顧客からの評判が基本となる経営資源である。美味しい料理の調理法、接客マナーなど飲食店の運営ノウハウを承継すべき経営資源である。
また、店舗の立地条件、店舗内装、大型冷蔵庫、調理機器や厨房機器などの有形固定資産も承継すべき経営資源となる。内装が経年劣化し、改装する必要がないか確かめる必要があるだろう。賃貸借契約における原状回復義務は簿外債務の一つとして考慮しなければいけない。
顧客関係のような無形資源は、事業承継によって喪失されることが多いため、居酒屋のM&Aを行う場合は、ブランド、店舗運営ノウハウの引継ぎに時間と労力をかけるなど、無形資産の承継を丁寧に行うことが重要だろう。
居酒屋を買収するときの企業価値評価(株価算定)
居酒屋のM&Aにおける企業価値評価(株価算定)を行う際に活用することができる数値は、以下の通りとなっている。
居酒屋の評価に使う資本コストとマルチプル
まず、TKC経営指標(2018年度)によれば、居酒屋の収益性について、売上高成長率は約▲0.5%である。また、粗利率は65.4%、営業利益率は▲0.4%となっている。生産性について、1人当たり売上高は560万円、1人当たり人件費は202万円となっている。
次に、2020年8月現在の開示情報および市場株価によれば、居酒屋のマルチプル(倍率)について、PBR倍率は2~10倍、PER倍率とEBITDA/企業価値倍率は、類似上場企業のほとんどが営業赤字であるため算定不能となっている。居酒屋は成長可能性がほとんどない事業であるため、EBITDA/企業価値倍率は、3~6倍が妥当であると考えられる。
さらに、筆者が推計する居酒屋の株主資本コストは、安定した老舗企業であれば5%、急成長の新興企業であれば10%が妥当であると考える。これは、この類似上場企業のROICが2~8%であることを考慮しつつ、類似上場企業のベータ値が0.3~0.8であること、ヒストリカル・マーケット・リスク・プレミアム(1950年代~2020年)が7%~9%であることを前提にして、小規模リスク・プレミアムを加算して推計している。
居酒屋の類似上場企業比較法で採用すべき上場企業
居酒屋を評価する類似上場企業比較法で採用すべき上場企業として、クリエイト・レストランツ・ホールディングス(3387)、大庄(9979)、DDホールディングス(3073)、ワタミ(7522)、木曽路(8160)、チムニー(3178)、鳥貴族(3193)、エー・ピーカンバニー(3175)、ジー・テイスト(2694)、フジオフードグループ本社(2752)、テンアライド(8207)、一家ダイニングプロジェクト(9266)、マルシェ(7524)、ユナイテッド&コレクティブ(3557)、ホリイフードサービス(3077)、NATTY SWANKY(7674)、海帆(3133)、SFPホールディングス(3198)、ジェイグループホールディングス(3063)、JFLAホールディングス(3069)、ヴィア・ホールディングス(7918)、デルソーレ(2876)、きちりホールディングス(3082)、ヨシックス(3221)、かんなん丸(7585)が挙げられる。
コロワイドは多数のM&Aによって事業規模が急拡大したため、比較対象から外したほうがよいだろう。