近年、給食業界のM&Aが増えている。ここでは、給食業界の市場動向やビジネスモデル、M&Aの買い手側によるデュー・ディリジェンスにおける注意点、企業価値評価(株価算定)で使う数値(マルチプルなど)について説明する。これらから、給食業界においてM&Aを成功させるためのポイントについて考えてみよう。
M&Aの多い給食業界
給食業界の全体像を理解するために、市場動向や経営環境、ビジネスモデル、M&A可能性のある競合他社を説明する。
給食業界の市場動向・経営環境
給食業は、学校、事業所、病院、児童福祉施設、老人福祉施設、介護老人保健施設に対して継続的に飲食サービスを提供する事業者のことをいう。
2020年の新型コロナ問題によって食事の宅配ニーズが急増していることもあり、給食業者が、ケータリングや宅配弁当の事業に進出するケースが多く見られる。
高齢化社会の進展に伴い、高齢者施設向けの需要が拡大しており、給食業界の市場規模は拡大傾向が続いている。
矢野経済研究所「給食市場に関する調査を実施(2018年)」によれば、国内給食市場規模について、2013年は4.4兆円でしたが、2017年は4.7兆円まで増加し、さらに2022年には5兆円を超えると予想されている。
給食業界のビジネスモデル
給食業のビジネスモデルは、児童福祉施設、老人福祉施設、学校、病院などの調理業務の運営を受託するというものである。調理師などの人材を雇い入れ、食材を卸売市場から仕入れ、それらを調理現場にて調理することになる。
給食業は、コストのほとんどが食材費と人件費であるが、顧客ごとに食事メニューを変える必要があるため、規模の経済性を享受することが難しいという特徴がある。
しかし、可能な限り、規模の経済性を追求するため、基礎的な調理についてはセントラルキッチンで行い、それを調理現場へ配送するシステムを構築するケースが多く見られる。
給食業界M&Aで買い手候補となる企業
給食業の事業承継を目的としたM&Aであっても、買い手候補は上場企業や大企業が中心になると考えられる。この業界では、以下のような大手企業が中心となって業界再編を進めていくことが想定される。
日清医療食品、エームサービス、西洋フード・コンパスグループホールディングス、魚国総本社、LEOC、富士産業、メフォス、東洋食品、日本ゼネラルフード、ハーベスト、グリーンハウス、シダックスフードサービス、フジ食品、ウオクニ、日米クック、ニチダン、日総、東京ケータリング、馬渕商事、淀川食品、栄食メディックス、イフスコヘルスケア、東京天竜、ベネミール、名阪食品、マルワ、エム・テイー・フード、HITOWAフードサービス、葉隠勇進、日本国民食で。
給食業界M&Aで売却する売り手のメリット
安定している大手企業にM&Aで給食業を承継することで、従業員の雇用を維持し、事業のさらなる成長を実現することができる。また、得意先である児童福祉施設、老人福祉施設、学校、病院などは、調理業務の運営を継続して委託することもできることに加え、食材の仕入先との関係を継続することができる。
また、小規模事業者による導入が難しかったクックチル、クックサーブなど新たな調理方式の導入、HACCPの導入など給食業の経営の高度化を実現することができる。結果として生産性が向上すれば、従業員の給与水準をアップさせることができるだろう。
さらに、買い手企業が大企業であれば、事業規模の拡大による生産性向上、大量仕入れによる食材費の引下げや、人材採用コスト、広告宣伝費、本社経費を削減し、M&Aによるシナジー効果を得ることができる。
以上のようなシナジー効果が期待され、買い手候補にとって魅力的な事業であれば、売り手側の経営者は、高い売却価格を実現することができ、引退した後のライフプランを充実したものとすることができる。
給食業界M&Aで買収する買い手の注意点
給食業界で買収を行う際、デュー・ディリジェンスにて調査すべき経営資源や注意点を説明する。
給食業の買収デュー・ディリジェンスにおける注意点
給食業の事業性を評価する場合の注意点として、施設面でセントラルキッチンを導入して調理の効率化を図っているかどうか、調理作業の平準化を図っているか確かめることが必要である。
また、商品面で、児童の成長段階、老人の介護状況に応じた多品種のメニューを開発できているかどうか、衛生面で、異物混入や食中毒に対する予防策が確立されているかどうか確かめることが必要である。
給食業の買収で承継すべき経営資源
顧客との契約関係、調理師などの従業員が基本となる経営資源である。厨房施設は顧客が用意するため、調理現場における有形固定資産は所有していないものの、食材集配センターやセントラルキッチンは重要な経営資源となる。
無形資源は、事業承継によって喪失されることが多いため、給食業のM&Aを行う場合は、顧客関係や従業員の引継ぎに時間と労力をかけるなど、無形資産の承継を丁寧に行うことが重要だろう。
給食業を買収するときの企業価値評価(株価算定)
給食業のM&Aにおける企業価値評価(株価算定)を行う際に活用することができる数値は、以下の通りとなっている。
給食業の評価で使う資本コストとマルチプル
まず、TKC経営指標(2018年度)によれば、給食業の収益性について、売上高成長率は約5.4%である。また、粗利率は43.2%、営業利益率は0.2%となっている。生産性について、1人当たり売上高は529万円、1人当たり人件費は203万円となっている。
次に、2020年8月現在の開示情報および市場株価によれば、給食業のマルチプル(倍率)について、PBR倍率は1.0~1.5倍、PER倍率は10~15倍となっている。EBITDA/企業価値倍率は不明であるが、推定5倍程度だろう。
さらに、筆者が推計する株主資本コストは、安定した老舗企業であれば6%、急成長の新興企業であれば10%が妥当であると考える。これは、この類似上場企業のROICが10~12%と高くなっているものの、類似上場企業のベータ値が0.5~0.9であること、ヒストリカル・マーケット・リスク・プレミアム(1950年代~2020年)が7%~9%であることを前提にして、小規模リスク・プレミアムを加算して推計している。
給食業の類似上場企業比較法で採用すべき上場企業
類似上場企業比較法で採用すべき上場企業として、シダックス(4837)、アスモ(2654)が挙げられる。同業種の上場企業の数が少ないため、企業価値・株式価値評価は、DCF法を中心として行われることになるだろう。