近年、スーパーマーケット業界のM&Aが増えている。ここでは、スーパーマーケット業界の市場動向やビジネスモデル、M&Aの買い手側によるデュー・ディリジェンスにおける注意点、企業価値評価(株価算定)で使う数値(マルチプルなど)について説明する。これらから、スーパーマーケット業界においてM&Aを成功させるためのポイントについて考えてみよう。
M&Aを考えるスーパーマーケット業界の概要
スーパーマーケット業界の市場環境
スーパーマーケット業は、食料品を中心に(50%以上)日用雑貨や衣料品などの家庭用品を小売りする売場面積1,500㎡以上の事業者のことをいう。食料品・日用雑貨に加えて、医薬品、化粧品、衣料品、インテリアなどを取り扱う総合スーパーと食料品販売を専門とする食品スーパーに大別される。
2000年までに大量出店されたことから過剰店舗の状態に陥り、多くのスーパーマーケットが破綻や閉鎖に追い込まれ、M&Aの業界再編が一気に進むことになった。
日本チェーンストア協会によれば、スーパーマーケット全店売上高の合計は、2015年の13兆2千億円から、2018年の13兆円へ減少しており、今後も減少が続くと見込まれている。一方、業界3団体によれば、食品スーパー全店売上高の合計は、2015年から2018年にかけて約11兆円で横ばいに推移している。
スーパーマーケット業界のビジネスモデル
スーパーマーケット業のビジネスモデルは、生鮮食品であれば、卸売業ら継続的に大量に仕入れ、それを消費者へ販売するというものである。近年は、生産者から直接仕入れる取引も増加している。
大手のイオン、イトーヨーカドーに対抗しようとするスーパーマーケット各社は、CGCジャパン、ニチリウ、コプロといった仕入れ・商品開発の共同組織を形成し、購買力の強化を図っている。
生鮮食品は仕入れたものをパッケージングする必要があるが、プロセスセンターでの集中加工、店内での加工、外注加工、いずれかによって加工が行われます。加工技術も重要な差別化要因となるだろう。
スーパーマーケット業界M&Aで買い手候補となる企業
スーパーマーケット業の事業承継を目的としたM&Aであっても、買い手候補は上場企業や大企業が中心になると考えられる。この業界では、以下のような上場企業が中心となって業界再編を進めていくことが想定される。
アークス、バローホールディングス、ライフコーポレーション、平和堂、オーシャンシステム、JMホールディングス、アルビス、ダイイチ、リテールパートナーズ、いなげや、オークワ、アクシアルリテイリング、ベルク、ヤオコー、ハローズ、大黒天物産、マミーマート、関西スーパーマーケット、パン・パシフィック・インターナショナル・ホールディングスである。
スーパーマーケット業界M&Aで売却する売り手のメリット
安定している大手企業にM&Aであるパーマーケットを承継することで、従業員の雇用を維持し、事業のさらなる成長を実現することができる。また、地域の消費者は、お気に入りの店舗での買い物を継続できることに加え、卸売業者などの仕入先との関係を継続することができる。
また、小規模事業者が単独では難しかったIT投資(EC取引、キャッシュレス決済、トレーサビリティ管理)によるデジタル化の推進よって、スーパーマーケット業の経営効率化を実現することができる。結果として生産性が向上すれば、従業員の給与水準をアップさせることができるだろう。
さらに、買い手企業が大企業であれば、店舗規模の拡大による生産性向上、商品開発の効率化、大量調達による原材料費の引下げや、人材採用コスト、広告宣伝費、流通コスト、本社経費を削減し、M&Aによるシナジー効果を得ることができる。
以上のようなシナジー効果が期待され、買い手候補にとって魅力的な事業であれば、売り手側の経営者は、高い売却価格を実現することができ、引退した後のライフプランを充実したものとすることができる。
スーパーマーケット業界M&Aで買収する買い手の注意点
スーパーマーケット業の買収デュー・ディリジェンスにおける注意点
スーパーマーケット業の事業性を評価する場合の注意点として、生鮮食品の鮮度管理・ロス管理がある。これが商品の粗利率に大きな影響を与えますので、効率的な運営が行われているかどうか調査することが必要となる。
食品衛生法のHACCPに基づく衛生管理も必ずチェックしたい。
近年では、トレーサビリティのシステム導入によって食の安全が図られているか、キャッシュレス決済システムを使用しているか、セルフレジを導入しているか、ネット販売などEC取引を増やしているかどうかが、競争優位を得るためのポイントとなるようである。
スーパーマーケット業の買収で承継すべき経営資源
店舗の立地条件が基本となる経営資源である。店舗への道路アクセスや人の流れに問題ないか確かめることが必要である。競合が同一商圏内に新規出店してこないか、商圏分析を行っておかなければいけない。
また、人材不足が問題となっていることから、パート・アルバイトを含む従業員は重要な経営資源となる。
さらに、建物・什器備品などの有形固定資産も重要な経営資源となる。業務用冷凍冷蔵庫、プリパッケージング機器、ショーケースなどの設備機器は、必ず実査することだ。店舗内を査閲し、陳列商品のボリューム、店内のレイアウト、稼働レジ台数を確かめておくことが不可欠である。
スーパーマーケット業のM&Aで買収するときの企業価値評価(株価算定)
スーパーマーケット業のM&Aにおける企業価値評価(株価算定)を行う際に活用することができる数値は、以下の通りとなっている。
まず、TKC経営指標(2018年度)によれば、スーパーマーケット業の収益性について、売上高成長率は約▲1.2%である。また、粗利率は26.2%、営業利益率は概ねゼロ%(赤字)となっている。生産性について、1人当たり売上高は1,817万円、1人当たり人件費は242万円となっている。
次に、2020年8月現在の開示情報および市場株価によれば、スーパーマーケット業のマルチプル(倍率)について、PBR倍率は1.5~2.0倍、PER倍率は15~20倍、EBITDA/企業価値倍率は6~12倍となっている。
さらに、筆者が推計する株主資本コストは、安定した老舗企業であれば6%、急成長の新興企業であれば9%が妥当であると考える。これは、この類似上場企業のROICが7%前後であることを考慮しつつ、類似上場企業のベータ値が0.5~0.7であること、ヒストリカル・マーケット・リスク・プレミアム(1950年代~2020年)が7%~9%であることを前提にして、小規模リスク・プレミアムを加算して推計している。
なお、類似上場企業比較法で採用すべき上場企業として、アークス(9948)、平和堂(8276)、ライフコーポレーション(8194)、ヤオコー(8279)、ベルク(9974)、大黒天物産(2791)、ハローズ(2742)、オーシャンシステム(3096)、JMホールディングス(3539)、アルビス(7475)、ダイイチ(7643)、リテールパートナーズ(8167)、エコス(7520)、いなげや(8182)、オークワ(8217)、フジ(8278)、アクシアルリテイリング(8255)、マミーマート(9823)、関西スーパーマーケット(9919)、バローホールディングス(9956)、ヤマザワ(9993)、北雄ラッキー(2747)が挙げられる。
なお、イズミ、ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス、マックスバリュ西日本、マックスバリュ東海、イオン北海道、マックスバリュ東北、イオン九州などイオンのグループ各社、セブン&アイ・ホールディングスは、規模が大きすぎるため、非上場の中小企業の比較対象からは除外すべきだろう。