近年、土木建設工事業界のM&Aが増えている。ここでは、土木建設工事業界の市場動向やビジネスモデル、M&Aの買い手側によるデュー・ディリジェンスにおける注意点、企業価値評価(株価算定)で使う数値(マルチプルなど)について説明する。これらから、土木建設工事業界においてM&Aを成功させるためのポイントについて考えてみよう。
M&Aを考える土木建設工事業界の概要
土木建設工事業界の市場環境
土木建設工事業は、河川工事、トンネル工事、橋梁工事、道路工事、土地区画整備工事、土地造成工事を行い、ゼネコンから土木一式工事、建築一式工事、とび・土工・コンクリート工事などの下請けを行う土木建設の専門工事業者をいう。
国土交通省「平成30年度建設投資見通し」によれば、建設投資額は、禁煙は震災復興やオリンピック特需で増加しているものの、長期的には緩やかに減少が続いた。国内の建設投資額は、1990年の81兆円から2018年の57兆円に減少している。2018年の内訳は、公共事業(土木建築)が23兆円、民間住宅が16兆円、民間土木建築が18兆円である。土木工事では、公共事業が民間工事の4倍(政府20兆円:民間5兆円)となっていると言われる。
一方で、人手不足、特に職人の不足が深刻化しており、土木工事業に従事する就業者数は、2010年の50万人から2016年には46万人まで減少している。
土木建設工事業界のビジネスモデル
土木建設工事業のビジネスモデルは、発注者から元請けするゼネコンから下請けし、工事を完成させるというものである。従業員を直接雇用して施工を行う場合もあれば、2次下請け業者へ外注して施工管理のみ行う場合もある。
土木建設工事業界M&Aで買い手候補となる企業
土木建設工事業の事業承継を目的としたM&Aであっても、買い手候補は上場企業や大企業が中心になると考えられる。この業界では、以下のような上場企業が中心となって業界再編を進めていくことが想定される。
太洋基礎工事、高松コンストラクション、常磐開発、大本組、佐藤渡辺、大豊建設、佐田建設、東鉄工業、大盛工業、南海辰村建設、植木組、矢作建設工業、徳倉建設、金下建設、福田組、ライト工業、サイタホールディングス、川田テクノロジーズである。
土木建設工事業界M&Aで売却する売り手のメリット
安定している大手企業にM&Aで土木建設工事業を承継することで、従業員の雇用を維持し、事業のさらなる成長を実現することができる。また、得意先であるゼネコンは、工事を継続して発注することもできることに加え、2次下請け業者との関係を継続することができる。
また、小規模事業者が単独では難しかった価格交渉力の向上を実現することができる。結果として受注額が増加すれば、従業員の給与水準をアップさせることができるだろう。
さらに、買い手企業が大企業であれば、工事規模の拡大による生産性向上、大量仕入れによる原材料費の引下げや、人材採用コスト、広告宣伝費、本社経費を削減し、M&Aによるシナジー効果を得ることができる。
以上のようなシナジー効果が期待され、買い手候補にとって魅力的な事業であれば、売り手側の経営者は、高い売却価格を実現することができ、引退した後のライフプランを充実したものとすることができる。
土木建設工事業界M&Aで買収する買い手の注意点
土木建設工事業の買収デュー・ディリジェンスにおける注意点
土木建設工事業は、会計上、工事進行基準で収益と費用を計上するが、売上債権の回収が遅延しやすいため、回収可能性を確かめることが不可欠である。粉飾決算が多発する業界でもあるため、財務デュー・ディリジェンスは厳しく実施しなければならない。また、建設業法違反や独占禁止法違反の事例が散見されるため、コンプライアンスに係る問題がないかどうか確かめることが必要だろう。
土木建設工事業の事業性を評価する場合の注意点は、職人の確保である。高齢化によって職人の減少が見込まれている場合、どのように補充するかを検討しなければいけない。現場の3K(危険・汚い・きつい)の労働環境の改善も必要だろう。
また、土木施工管理技士1級資格など許可業種に係る実務経験社がいれば、建設業の許可要件として不可欠であるため、継続雇用が可能かどうか面談で質問することも必要となるだろう。
土木建設工事業の買収で承継すべき経営資源
設計・施工管理能力をもつ技術者が基本となる経営資源である。また、優良な下請け工事業者との継続的な取引関係も重要な経営資源である。
重機・車両・機械、CAD図面ソフトウェア、駐車場・資材置き場・修理工場・宿舎・事務所などの不動産が経営資源となる。
無形資源は、事業承継によって喪失されることが多いため、土木建設工事業のM&Aを行う場合は、技術力の高い職人の引継ぎに時間と労力をかけるなど、無形資産の承継を丁寧に行うことが重要だろう。
土木建設工事業のM&Aで買収するときの企業価値評価(株価算定)
土木建設工事業のM&Aにおける企業価値評価(株価算定)を行う際に活用することができる数値は、以下の通りとなっている。
まず、TKC経営指標(2018年度)によれば、土木工事業の収益性について、売上高成長率は約0.4%である。また、粗利率は20.3%、営業利益率は3.9%となっている。生産性について、1人当たり売上高は1,892万円、1人当たり人件費は481万円となっている。
一方で、建築工事業の収益性について、売上高成長率は約7.9%である。また、粗利率は17.2%、営業利益率は3.0%となっている。生産性について、1人当たり売上高は3,968万円、1人当たり人件費は531万円となっている。
次に、2020年8月現在の開示情報および市場株価によれば、土木建設工事業のマルチプル(倍率)について、PBR倍率は0.5~0.7倍、PER倍率は10~15倍、EBITDA/企業価値倍率は4~8倍となっている。
さらに、筆者が推計する株主資本コストは、安定した老舗企業であれば8%、急成長の新興企業であれば11%が妥当であると考える。これは、この類似上場企業のROICが8%前後であることを考慮しつつ、類似上場企業のベータ値が0.6~0.9であること、ヒストリカル・マーケット・リスク・プレミアム(1950年代~2020年)が7%~9%であることを前提にして、小規模リスク・プレミアムを加算して推計している。
なお、土木と建築いずれも類似上場企業比較法で採用すべき上場企業として、太洋基礎工事(1758)、高松コンストラクション(1762)、ソネック(1768)、常磐開発(1782)、山東工業社(1788)、大本組(1793)、守谷商会(1798)、飛島建設(1805)、佐藤渡辺(1807)、鉄建建設(1815)、西松建設(1820)、大豊建設(1822)、佐田建設(1826)、奥村組(1833)、東鉄工業(1835)、大盛工業(1844)、淺沼組(1852)、森組(1853)、(1861)、植木組(1867)、矢作建設工業(1870)、徳倉建設(1892)、金下建設(1897)、福田組(1899)、ライト工業(1926)、サイタホールディングス(1999)、川田テクノロジーズ(3443)、ナカノフドー建設(1827)が挙げられる。
巨大なゼネコンである大林組、大成建設、清水建設、鹿島、戸田建設、熊谷組、東急建設、安藤ハザマ、三井住友建設は、非上場の中小企業の比較対象として適切ではない。