近年、建設用金属製品製造業界のM&Aが増えている。ここでは、建設用金属製品製造業界の市場動向やビジネスモデル、M&Aの買い手側によるデュー・ディリジェンスにおける注意点、企業価値評価(株価算定)で使う数値(マルチプルなど)について説明する。これらから、建設用金属製品製造業界においてM&Aを成功させるためのポイントについて考えてみよう。
M&Aを考える建設用金属製品製造業界の概要
建設用金属製品製造業界の市場環境
建設用金属製品製造業とは、金属材料を加工してサッシ・ドア等を製造販売する事業者のことをいう。例えば、アルミニウム製の建材として、木造住宅用サッシ、ビル用サッシ、ドア、室内建具、エクステリアなどの製品がある。
アルミサッシの生産量は、販売先である建設業の業績、例えば新設住宅着工戸数に比例する。リーマンショック後の新設住宅着工件数は約80万戸まで減少したが、近年は緩やかな増加が続き、約100万戸で推移している。
経済産業省「工業統計表・産業別統計表(平成29年度)」によれば、国内の建設用金属製品製造業の出荷額は、2012年に1兆1,595億円でしたが、2016年に1兆3,361億円まで増加している。
近年は、公共事業からの受注工事が減少し、民間投資からの受注工事が増加する傾向にあるようだ。しかし、人口減少による空き家増加により、今後の新設住宅着工戸数は減少することが見込まれる。建設業界と同様に先行きは厳しいである。
建設用金属製品製造業界においては、経営合理化のための業界再編(M&A)が進むと考えられる。たとえば、業界最大手のLIXILは、トステム、INAX、新日軽、サンウェーブ工業、東洋エクステリアが経営統合した会社である。また、三協立山も三共アルミニウム工業と立山アルミニウム工業が合併した会社である。
建設用金属製品製造業界のビジネスモデル
建設用金属製品製造業のビジネスモデルは、材料である鋼板、鋳鍛造鋼、合金鋼板、アルミニウムを仕入れ、加工を行う。原材料費の比率は約25%であり、一般向け金属製品の原材料比率約40%に比して低くなっている。アルミの場合、アルミ合金を押出し加工し、表面処理することで、様々な用途に合わせた製品を製造する。
販売先は、ゼネコン等の建設会社と建設資材の卸売業者である。製品の価格は、建設現場の「積算価格」に基づいて決められるため、事業規模の小さい事業者では、価格の乱高下に苦しむケースが見られる。
建設用金属製品製造業界M&Aで買い手候補となる企業
建設用金属製品製造業の事業承継を目的としたM&Aであっても、買い手候補は上場企業や大企業が中心になると考えられる。この業界では、以下のような上場企業が中心となって業界再編を進めていくことが想定される。
すなわち、YKK AP、三協立山、不二サッシ、文化シヤッター、淀川製鋼所、ジェコス、東邦亜鉛、コンドーテック、三晃金属工業、アルメタックス、山洋工業、ダイケン、元旦ビューティ工業、サンコーテクノ、カネソウ、北越メタル、大谷工業、エスイーである。
この業界の最大手はLIXILであるが、大型M&A案件に注力しているため、中小M&A案件を検討対象とする可能性はほとんどないだろう。
建設用金属製品製造業界M&Aで売却する売り手のメリット
安定している大手企業にM&Aで建設用金属製品製造業を承継することで、従業員の雇用を維持し、事業のさらなる成長を実現することができる。また、得意先であるゼネコンは、製品を継続して購入することもできることに加え、鋼板やアルミニウムなどの仕入先や外注先との関係を継続することができる。
また、小規模事業者が単独では難しかった設備投資や、事業のデジタル化の推進よって、経営効率化を実現することができる。結果として生産性が向上すれば、従業員の給与水準をアップさせることができるだろう。
さらに、買い手企業が大企業であれば、生産規模の拡大による生産性向上、大量仕入れによる原材料費の引下げや、人材採用コスト、広告宣伝費、本社経費を削減し、M&Aによるシナジー効果を得ることができる。
以上のようなシナジー効果が期待され、買い手候補にとって魅力的な事業であれば、売り手側の経営者は、高い売却価格を実現することができ、引退した後のライフプランを充実したものとすることができる。
建設用金属製品製造業界M&Aで買収する買い手の注意点
建設用金属製品製造業の買収デュー・ディリジェンスにおける注意点
建設用金属製品製造業は、ゼネコン等の少数の販売先との取引に異存するという特徴がある。また、下請け同業者が継続的に取引に応じることも重要なポイントである。
建設用金属製品製造業の事業性を評価する場合の注意点として、大口得意先との取引基本契約は継続するかどうかを確かめる必要がある。
また、製品を製造しているか、下請けに製造を外注しているかを確かめなければならない。
さらに、販売先の経営状態が悪化して、不良債権が無いか、長期滞留債権の回収可能性を評価することは不可欠だろう。
工場の機械設備が陳腐化していないか、大規模修繕の必要が無いか、確かめることも必要だろう。
建設用金属製品製造業の買収で承継すべき経営資源
大口得意先との取引基本契約が基本となる経営資源である。また、製造工程にける熟練工の製造技術、生産管理ノウハウも承継すべき経営資源となる。
技術系の無形資源は、事業承継によって喪失されることが多いため、建設用金属製品製造業のM&Aを行う場合は、顧客との人間関係と熟練工のノウハウの引継ぎに時間と労力をかけるなど、無形資産の承継を丁寧に行うことが重要だろう。
建設用金属製品製造業のM&Aで買収するときの企業価値評価(株価算定)
建設用金属製品製造業のM&Aにおける企業価値評価(株価算定)を行う際に活用することができる数値は、以下の通りとなっている。
まず、TKC経営指標(2018年度)によれば、建設用金属製品製造業の収益性について、売上高成長率は約▲11.1%である。また、粗利率は20.6%、営業利益率は3.7%となっている。生産性について、1人当たり売上高は1,807万円、1人当たり人件費は478万円となっている。
次に、2020年8月現在の開示情報および市場株価によれば、建設用金属製品製造業のマルチプル(倍率)について、PBR倍率は0.5~1.1倍、PER倍率は10~20倍、EBITDA/企業価値倍率は6~8倍となっている。
さらに、筆者が推計する株主資本コストは、安定した老舗企業であれば6%、急成長の新興企業であれば9%が妥当であると考える。これは、この類似上場企業のROICが3%前後と低くなっているものの、類似上場企業のベータ値が0.4~0.6であること、ヒストリカル・マーケット・リスク・プレミアム(1950年代~2020年)が7%~9%であることを前提にして、小規模リスク・プレミアムを加算して推計している。
なお、類似上場企業比較法で採用すべき上場企業として、三協立山(5932)、文化シヤッター(5930)、不二サッシ(5940)、アルメタックス(5928)、ダイケン(5900)、川岸工業(5921)、元旦ビューティ工業(5935)、カネソウ(5979)、エスイー(3423)が挙げられる。
LIXILグループ(5938)も同業ではあるが、規模の大きさにおいて他社と著しい差がある巨大企業であるため、非上場の中小企業の価値評価では除外するほうがよいだろう。