近年、ガソリンスタンドのM&Aが増えている。ここでは、ガソリンスタンドの市場動向やビジネスモデル、M&Aの買い手側によるデュー・ディリジェンスにおける注意点、企業価値評価(株価算定)で使う数値(マルチプルなど)について説明する。これらから、ガソリンスタンド業界においてM&Aを成功させるためのポイントについて考えてみたい。
M&Aを考えるガソリンスタンド業界の概要
ガソリンスタンド業界の市場環境
ガソリンスタンド業は、計量器付きの給油ポンプを備え、自動車そのたの燃料用ガソリン、軽油および液化石油ガスの販売や、自動車の洗車・車検・整備点検などのサービスを提供する事業者のことをいう。
ガソリンスタンド業界の約4割の事業者が赤字となっており、事業者数は急激な減少傾向にある。人口減少や若者からの自動車離れに加え、電気自動車などエコカーの普及によって需要の減少は確実であるため、セルフ式ガソリンスタンドへの転換、他業態への転換が増えている。廃業も増えている。
経済産業省「資源・エネルギー統計年報・平成30~34年石油製品需要見通し」によれば、燃料ガソリンの年間販売量は、2010年に58百万キロリットルであったが、2022年に45百万キロリットルまで減少することが見込まれている。
ガソリンスタンド業界のビジネスモデル
ガソリンスタンド業のビジネスモデルは、石油元売りからガソリンを仕入れ、それを一般消費者に販売するというシンプルなものである。
しかし、本業の収益性が低いため、ガソリン以外の製品、たとえば、タイヤ、バッテリー、パーツの販売や、洗車・車検・タイヤ交換、コンビニ、損害保険の代理店業務などの周辺業務によって収益を獲得することが必要である。これらの周辺業務は、本業のガソリン販売よりも利益率が高く、ガソリンスタンド事業の利益確保にとって不可欠なものである。
ガソリンスタンド業界M&Aで買い手候補となる企業
ガソリンスタンド業の事業承継を目的としたM&Aであっても、買い手候補は元売り3系列の傘下にある大企業が中心になると考えられる。元売りは、JXホールディングス、出光興産&昭和シェル、コスモエネルギーホールディングスの3社である。この業界では、以下のような上場企業が中心となって業界再編を進めていくことが想定される。
伊藤忠エネクス、ミツウロコグループ、三愛石油、三谷商事、カメイ、日新商事、サンリンである。
ガソリンスタンド業界M&Aで売却する売り手のメリット
安定している大手企業にM&Aでガソリンスタンド業を承継することで、従業員の雇用を維持することができる。また、近隣のドライバーが継続してガソリンを購入することができる。
また、小規模事業者が単独では難しかったIT投資によるデジタル化の推進よって、ガソリンスタンド業の経営効率化を実現することができる。結果として生産性が向上すれば、従業員の給与水準をアップさせることができるだろう。
さらに、買い手企業が大企業であれば、チェーン展開による生産性向上、大量仕入れによる原価引下げや、人材採用コスト、広告宣伝費、本社経費を削減し、M&Aによるシナジー効果を得ることができる。
以上のようなシナジー効果が期待され、買い手候補にとって魅力的な事業であれば、売り手側の経営者は、高い売却価格を実現することができ、引退した後のライフプランを充実したものとすることができる。
ガソリンスタンド業界M&Aで買収する買い手の注意点
ガソリンスタンド業の買収デュー・ディリジェンスにおける注意点
事業承継を考えるガソリンスタンド業では、施設が老朽化している可能性がある。また、老朽地下タンクの補強が義務化されていることから、修繕費用に係る簿外債務が発生している可能性がある。タンク設置後40年から50年経過すると、防食加工費用として500万円前後の修繕費が発生する。
また、廃業する場合であっても、不動産を処分する場合には、地下タンクの除去費用と土壌汚染の浄化費用が発生するため、土地の評価額は低くなると考えるべきだろう。
事業性評価における注意点として、電気自動車への対応がある。今後の収益源として電気自動車の充電インフラの提供が考えられるが、充電スタンドの設置に取り組むなど、成長事業への投資に取り組んでいるか、確かめる必要があるだろう。
ガソリンスタンド業の買収で承継すべき経営資源
店舗の土地と建物が基本となる経営資源である。従業員はアルバイトが中心となるが、商品知識や接客力を持つ人材は、重要な経営資源となる。ガソリンスタンド業のM&Aを行う場合は、不動産の引継ぎに時間と労力をかけるなど、有形固定資産の承継を確実に行うことが重要だろう。
ガソリンスタンド業のM&Aで買収するときの企業価値評価(株価算定)
ガソリンスタンド業のM&Aにおける企業価値評価(株価算定)を行う際に活用することができる数値は、以下の通りとなっている。
まず、TKC経営指標(2018年度)によれば、ガソリンスタンド業の収益性について、売上高成長率は約8.7%である。また、粗利率は17.2%、営業利益率は0.4%となっている。生産性について、1人当たり売上高は3,840万円、1人当たり人件費は361万円となっている。
次に、2020年8月現在の開示情報および市場株価によれば、ガソリンスタンド業のマルチプル(倍率)について、PBR倍率は0.3~0.5倍、PER倍率は10~15倍、EBITDA/企業価値倍率は5~10倍となっている。
さらに、筆者が推計する株主資本コストは、5%が妥当であると考える。これは、この類似上場企業のROICが2%前後であることを考慮しつつ、類似上場企業のベータ値が0.3~0.8であること、ヒストリカル・マーケット・リスク・プレミアム(1950年代~2020年)が7%~9%であることを前提にして、小規模リスク・プレミアムを加算して推計している。
このようなROICと資本コストの水準では、買い手にとっての投資案件として不適格となる可能性が高くなるため、ガソリンスタンド業界ではDCF法による企業価値評価が行われる可能性はほとんど無いと考えられる。本業に係る事業価値をゼロとする評価が行われることもあるだろう。
なお、類似上場企業比較法で採用すべき上場企業として、日新商事(7490)、カメイ(8037)が挙げられる。