近年、コンクリート製品製造業界のM&Aが増えている。ここでは、コンクリート製品製造業界の市場動向やビジネスモデル、M&Aの買い手側によるデュー・ディリジェンスにおける注意点、企業価値評価(株価算定)で使う数値(マルチプルなど)について説明する。これらから、コンクリート製品製造業界においてM&Aを成功させるためのポイントについて考えてたい。
M&Aを考えるコンクリート製品製造業界の概要
コンクリート製品製造業界の市場環境
コンクリート製品とは、重要な建設資材の一つで、ポール、パいる、ヒューム管、建築用ブロック、土木用ブロック、カーテンウォールなどを製造する事業者のことをいう。製造してから90分以内に使用する生コンクリートは、建設業者に直接納品されるのに対して、コンクリート製品は、工場で製品化してから建設業者へ納品される。
これは製法が容易で大型の生産設備を必要としないものが多いため、小規模なオーナー系企業が乱立する業界となっている。
コンクリート製品の需要は減少している。2020年の東京オリンピックの需要で一時的に増加しているが、少子高齢化による住宅需要の減少、公共工事におけるコスト削減の厳格化などによって、長期的な需要は減少する見通しとなっている。
セメント新聞社「セメント年鑑(平成30年度版)」によれば、代表的なコンクリート製品であるパイルの国内総売上高を見ると、2008年は800億円であったが、2017年は327億円まで減少している。ヒューム管について2008年は200億円であったが、2017年は86億円まで減少している。
このため、各事業者は、人員削減や工場や営業所の統廃合などによる経営効率化に加えて、同業他社との提携やM&Aによる業界再編に動いている。
コンクリート製品製造業界のビジネスモデル
コンクリート製品製造業のビジネスモデルは、セメントメーカーからセメントや砂利などの骨材を仕入れ、それを工場において製造し、完成品を商社や建材卸売業者を通じて建設業者へ販売するといるものである。
近年は、砂利の原材料価格が上昇する一方、ゼネコンなど建設業者が値上げに応じないことから、コンクリート製造業者の利益率が低下する傾向にある。
コンクリート製品は、製品自体が大きいため、海外生産によって輸入することは不可能、輸送費の負担を考えると、建設現場の近隣の工場において生産するしかない。それゆえ、製造コストを低減する余地はほとんどない状況だ。
コンクリート製品製造業界M&Aで買い手候補となる主たる上場企業
コンクリート製品製造業の事業承継を目的としたM&Aであっても、リストラによる生産規模縮小が進む大手企業では、中小企業を買収しようといる意向が無いため、現金対価のM&Aが行われる可能性はほとんど無いだろう。
それゆえ、コンクリート製品製造業界におけるM&Aでは、吸収合併や共同持株会社設立による経営統合が行われることになると考えられる。もちろん上場企業が中心となって業界再編を進めていくことが想定されるが、買い手を見つけることは極めて困難な状況にある。
コンクリート製品製造業界M&Aで売却する売り手のメリット
安定している大手企業にM&Aでコンクリート製品製造業を承継することで、従業員の雇用を維持することができる。また、得意先である建設業者は、コンクリート製品を継続して購入することができる。
また、小規模事業者が単独では難しかった工場統廃合による経営効率化を実現することができる。工場の操業度が上がれば、製品単位あたりの製造コストを引き下げることができる。結果として生産性が向上すれば、従業員の給与水準をアップさせることができるだろう。
さらに、買い手企業が大企業であれば、工場統廃合による生産性向上、大量仕入れによる原材料費の引下げや、人材採用コスト、広告宣伝費、本社経費を削減し、M&Aによるシナジー効果を得ることができる。
以上のようなシナジー効果が期待され、買い手候補にとって魅力的な事業であれば、売り手側の経営者は、気兼ねなく引退することができるだろう。
コンクリート製品製造業界M&Aで買収する買い手の注意点
コンクリート製品製造業M&Aのデュー・ディリジェンスの注意点
コンクリート製品製造業は、大規模な工場を持っているため、工場の生産設備が古くなっていないか、過去に更新投資を行ってきているかを確かめる必要がある。ただし、2020年以降は需要減少が確実であるため、過剰投資になっていないことが重要である。この点、成形機や養生設備などの製造設備だけでなく、クレーンやトラックなどの運搬設備にも注意が必要である。
また、販売先である中小の建設業者や建材卸売業者の業績が悪化していることがあるため、これら販売先の信用力はどうか、不良債権を抱えていないか確かめることが必要である。
コンクリート製品製造業M&Aで承継すべき経営資源
工場の生産設備やトラックなど運搬設備が基本となる経営資源である。また、高い製造技術が求められる業界ではないため、コスト管理能力や生産工程の最適化など生産管理におけるノウハウといった無形資産が、重要な経営資源となるだろう。
無形資源は、事業承継によって喪失されることが多いため、コンクリート製品製造業のM&Aを行う場合は、工場長や生産工程の管理を担当する従業員の引継ぎに時間と労力をかけるなど、無形資産の承継を丁寧に行うことが重要となる。
コンクリート製品製造業のM&Aにおける企業価値評価(株価)
コンクリート製品製造業のM&Aにおける企業価値評価(株価算定)を行う際に活用することができる数値は、以下の通りとなっている。
まず、TKC経営指標(2018年度)によれば、コンクリート製品製造業の収益性について、売上高成長率は約12.5%である。ただし、これは東京オリンピックの特需が反映されているものと考えられる。また、粗利率は20.2%、営業利益率は3.1%となっている。生産性について、1人当たり売上高は2,268万円、1人当たり人件費は463万円となっている。
次に、2020年8月現在の開示情報および市場株価によれば、コンクリート製品製造業のマルチプル(倍率)について、PBR倍率は0.5~1.0倍、PER倍率は10~30倍、EBITDA/企業価値倍率は5~9倍となっている。
さらに、筆者が推計する株主資本コストは、安定した老舗企業であれば5%、急成長の新興企業であれば10%が妥当であると考える。これは、この類似上場企業のROICが4%前後であることを考慮しつつ、類似上場企業のベータ値が0.5~0.9であること、ヒストリカル・マーケット・リスク・プレミアム(1950年代~2020年)が7%~9%であることを前提にして、小規模リスク・プレミアムを加算して推計している。
なお、類似上場企業比較法で採用すべき上場企業として、コーアツ工業(1743)、富士ピー・エス(1848)、ピーエス三菱(1871)、旭コンクリート工業(5268)、日本コンクリート工業(5269)、ヨシコン(5280)、ジオスター(5282)、ヤマックス(5285)、麻生フォームクリート(1730)、高橋カーテンウォール(1994)、日本ヒューム(5262)、トーヨーアサノ(5271)、三谷セキサン(5273)、日本興業(5279)、ヤマウ(5284)、イトーヨーギョー(5287)、アジアパいるホールディングス(5288)、ベルテクスコーポレーション(5290)が挙げられる。