事業承継が失敗する危険性をもたらす3つ問題

スムーズに進んでいた親族内承継が、突然にお金や相続の問題によって失敗しするケースがあります。代表的なケースとその対応策を説明しましょう。

目次

事業承継と経営承継とは何か

事業承継は、自分が経営する事業を、引退に伴い後継者に引き継ぐことです。先代経営者は、株式を後継者に引き継ぎ、代表者の地位を譲ります。ただし、そこで相続税又は贈与税が課されます(所得税の場合もあり)。

一方で、後継者が未熟な場合には、一人前の経営者になれるように教育しなければなりません。後継者を支える社内体制の構築も必要でしょう。

ただし、今日では、職業の多様化や職業に対する意識自体の変化に伴い、必ずしも親族が後継者になるとは限らなくなりました。子供がいない家庭も増えています。そんな中で、従業員を内部昇格させて後継者にしたり、外部から招いた人物を後継者にしたりするケースが次第に増えてきています。

しかし、中には、後継者が見つからず、自分の引退とともに廃業に追い込まれるケースもあります。

そして、今後少子化が進んでいくと、後継者が見つからないというケースがますます増えていくことが予想されます。せっかく続けてきた事業を後継者に引き継ぎたくても引き継ぐことができないという状態は、社会的な価値の喪失をもたらしています。

しかも、運よく後継者にしたい人物が見つかり、その人物もその気になってくれたとしても、その人物が本当に後継者になれるかは別問題です。その人物が後継者にふさわしい能力を備えているとは限りませんし、自分と同じように従業員や取引先、銀行等との信頼関係を築けるとは限りません。つまり、事業承継の前に後継者の育成が必要となり、そのためにはある程度の時間とノウハウが必要です

後継者ではない相続人が騒ぎ出す問題

後継者が見つかり育成できたとしても、後継者への株式承継、経営承継にはいくつかの問題が伴います。

例えば、子供を後継者とした場合、後継者に承継させた自社株式について、後継者ではない子供(相続人)が遺留分を主張してくるリスクがあるでしょう。

極端なケースを想定し、被相続人が遺言で遺産の全てをアカの他人にあげてしまったとします。そうすると、本来相続できたはずの法定相続人が、遺産をもらえないことになってしまいます。

そんな場合に、法定相続人が本来の自分の取り分(法定相続分)のうち一部だけ、自分のものだと主張することができます。これが遺留分です。

遺留分は、配偶者・子どもならば法定相続分の2分の1、親・祖父母ならば法定相続分の3分の1です。

後継者が自社株式を相続した場合、後継者ではない相続人が「遺留分」を主張してくる可能性があります。その場合には、後継者は、それらの相続人に対して遺留分に相当する現金を支払わなければなりません。

このような遺留分の問題に対する解決策として、後継者は、先代経営者が生きているうちに、遺留分をもつ想定相続人の全員との間で、相続の対象となる自社株式を遺留分の計算から除くという合意をすることができます。

ただし、後継者は経済産業大臣の「確認」を受け、家庭裁判所の許可を得ておくことが必要です。この手続を済ませておけば、後継者が引き継いだ事業用財産・株式について、後継者ではない相続人が遺留分を主張してくることはなくなります。

もう一つの解決策として、生命保険に加入しておき、その死亡保険金を代償分割の資金とすることが考えられます。生前の早い段階から、将来の遺産分割の準備を行うのであれば、後継者である相続人が死亡保険金を受け取る終身保険に加入しておくとよいでしょう。

すなわち、経営者が生命保険の被保険者となり、死亡保険金の受取人を後継者にしておくのです。そうすれば、経営者の死亡時に後継者が死亡保険金を受け取り、それを後継者ではない相続人へ代償金を支払ったり、相続税の納税に充てたりすることができます。

後継者となった従業員に株式を買い取るお金が無い問題

従業員を後継者とした場合であれば、サラリーマン従業員に資金力が乏しいため融資を受けて株式を買取ることができない状況に直面することもあります。

このような買取資金の調達の問題に対する解決策として、「日本政策金融公庫法の特例」があります。これは、後継者個人が融資を受けることができ、後継者の資金ニーズに対応するものです。

たとえば、自社株式の買取資金、遺留分を主張してきた後継者ではない相続人への支払いのための資金、自社株式についての相続税、贈与税を納税するための資金が対象です。

これらの資金を日本政策金融公庫は、低い利率で融資してくれるのです。ただし、この特例の利用についても、経済産業大臣の認定を受けることが必要です。

後継者が相続税を支払うお金が無い問題

最後に想定されるのは、株式の生前贈与に伴う贈与税、相続に伴う相続税の負担が重く、株式承継が進まなくなる問題です。このような税負担の問題に対する解決策として、事業承継税制があります。

後継者は、先代経営者から自社株式を相続した場合は相続税を支払わなければなりません。また、先代経営者から生前に自社株式の贈与を受けた場合は贈与税を支払わなければなりません。これらはいずれも重い税負担を伴います。

そこで、中小企業の非上場株式の承継を促進するために、贈与税や相続税の納税猶予制度が設けられています。適用要件は細かく規定されているため、すべて充足しているか確かめることは容易ではありませんが、重要な要件は以下の3つです。

事業承継後5年間にわたり承継前の80%の雇用を維持すること、事業承継の実行と同時に先代経営者が代表者の地位から退くこと、経済産業大臣の「認定」を受けることです。

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この記事を書いた人

公認会計士/税理士/宅地建物取引士/中小企業診断士/行政書士/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)
平成28年経済産業省「事業承継ガイドライン委員会」委員、令和2年度日本公認会計士協会中小企業施策研究調査会「事業承継支援専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」代表幹事。
一橋大学大学院修了。監査法人にて会計監査及び財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、三菱UFJ銀行ウェルスマネジメント・コンサルティング部、みずほ証券投資銀行部門、メリルリンチ日本証券プリンシパル・インベストメント部門に在籍し、中小企業の事業承継から上場企業のM&Aまで、100件を超える事業承継のアドバイスを行った。現在は税理士として相続税申告を行っている。

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