事業再構築補助金と中小M&A推進計画の矛盾

「中小M&A推進計画」はM&A促進によって中小企業の生産性を向上させることを目的としている。その一方で、コロナ禍のなか、事業再構築補助金制度が活況を呈している。今回は、事業再構築補助金が中小M&A推進計画の進展を阻害している問題点について解説したい。

補助金は生産性向上を阻害する

コロナ禍のなか、事業再構築補助金制度が活況を呈している。中小企業に対する最大6千万円の補助金である。一方で、政府系金融機関から実質無利子無保証融資が提供されている。

これらは、コロナ・ショックに対する一時的な対応として、効果的な支援策であろう。しかし、このような支援が長期間続いたときの重大な副作用を認識しておく必要がある。

それは、経済学でいわれる「保護政策は長期的に産業競争力を弱める」という一般原則である。つまり、生産性の低いゾンビ企業の延命措置になるという副作用である。手厚い支援は、長期的に日本経済の衰退を後押ししているのだ。

ゾンビ企業は、①業績が悪く回復見込みが立たないにもかかわらず、②債権者や政府の支援により存続する企業として定義される(東京大学星教授、日本経済新聞2021年5月13日)。

事業再構築補助金の5つの再構築タイプにおいて、「事業再編」タイプはM&Aを推進するものであり、生産性向上に直接寄与するものであろう。しかし、それ以外のタイプは、結果として単なる延命措置にしかならないと容易に想像できるようなものだ。補助金申請を強引に採択させるような上級テクニックを持つ公認会計士には理解できる状況であろう。

菅義偉首相の「成長戦略会議」において、中小企業の生産性向上のため、中小企業の淘汰によって、経済の新陳代謝を促進することが必要だと議論されている。そこでは、「低賃金労働に依存した企業は、日本社会にとっても労働者にとってもマイナス」、「倒産をしてくれたほうがありがたいくらい」(同会議有識者メンバーのデービッド・アトキンソン氏)という大胆な主張まで展開されている。

中小企業白書によれば、中小企業の生産性は、大企業の生産性を大きく下回る。筆者は、日本経済を代表する大企業(大手金融機関)と、日本経済の底辺に位置する零細企業(個人の会計事務所)の両方を経験し、労働生産性の大きな違いを身をもって体感した。中小企業の従業員の給与は、大企業の従業員の給与と比べると著しく低いのである。

日本経済全体の生産性向上を図るために、生産性の低い中小企業は廃業し、生産性の高い中小企業が成長しなければいけない。まさに中小企業の新陳代謝の実行だ。

しかし、事業再構築補助金のような手厚い支援は、中小企業の新陳代謝を阻害する。生産性の低いゾンビ企業が延命させられ、将来性あるベンチャー企業の新規参入が進まない。結果として、わが国の開廃業率は、諸外国と比べて著しく低いままである。

事業再構築補助金が経済の新陳代謝を阻害するメカニズムは、2つの経路をたどる。

一つは、ゾンビ企業が商品・サービスを提供し続けることによって市場の供給量が減少せず、余計な値下げ圧力が働くことである。これによって、成長企業の収益性が高まらず、新規参入が困難となる。

もう一つは、ゾンビ企業が労働者の雇用を維持し続けることによって、成長企業で必要とされる技能を持つ人材が増えないことである。これによって、成長企業の人材採用が進まず、成長が困難となる。

これらの結果、新しいアイデアを持つ若者による起業が阻害され、ベンチャー企業の開業は低迷し続けるのだ。

以上のことから、コロナ緊急対応以外の補助金は止めたほうがいいと考える。特に、ものづくり補助金や事業再構築補助金だ。このような補助金の予算は、ゾンビ企業ではなく、ベンチャー企業を育成するための補助金に回すべきだ。

補助金は事業承継を阻害する

国の事業承継支援施策として、「第三者承継支援総合パッケージ」や「中小M&A推進計画」があるが、これらはM&A促進によって中小企業の生産性を向上させることを目的としている。

しかし、このように「中小M&A推進計画」を立案する一方で、事業再構築補助金でゾンビ企業を延命させていては、本末転倒である。廃業とM&Aが不可避な経営環境を国が作らなければ、事業承継は進まないであろう。

筆者は、中小企業経営支援の現場を見ているが、旧態依然とした零細な町工場に、新しい製造設備を導入するための「ものづくり補助金」が支給され、経営革新等認定支援機関の指導によって延命措置が講じられている。

このような経営支援が、本当に正しいのか。実は日本経済全体の活力を低下させているのではないか。古い零細企業は、現経営者の引退とともに廃業させ、他の企業へ事業承継させたほうがいい。承継する相手が中堅企業であれば、IoTなどデジタル技術を活用する資金力があり、生産性を向上させることも可能であろう。転籍した従業員の給与水準が上がって幸せをもたらす。

事業再構築補助金は、事業承継支援施策の推進を阻害しているものと考えられる。

事業承継によるデジタル産業への労働者移転

コロナ対策で導入された実質無利子無保証の融資などを利用した中小企業には、コロナ危機以前から業績が悪化していた企業が多いと言われている(東京大学と東京商工リサーチのアンケート)。それゆえ、コロナ後の来年以降には、ゾンビ企業の過剰債務問題が一気に顕在化し、経営破綻してしまう中小企業が多発することが予想される。公認会計士の再生案件の仕事も増えるだろう。

その結果として生じる大量の失業者に対して、国は雇用のセーフティーネットを用意すべきだ。そこで成長事業が雇用の受け皿になるのは間違いない。

日本経済の持続的成長を図るために、ICT(情報通信技術)の活用が不可欠だと言われている(平成30年版情報通信白書)。それゆえ、ICTそのものを提供する「情報システム開発業」へ労働者を移転させなければならない。情報システム開発業が労働者の雇用を増加させることができる支援施策を導入すべきだ。

これまでゾンビ企業で雇われていた従業員が、成長事業で雇われるためには、デジタル技術を活用する技能が必要となるだろう。そのような場合、新たな技能取得のための職業訓練制度が必要とされる。

国は、ゾンビ企業へ無駄に税金を投じるよりも、デジタル人材の育成に税金を投じるべきではないか。産業構造を変えなければ、生産性向上という根本的な問題は解決しない。

私見ではあるが、経済産業省とデジタル庁が主導して、「デジタル事業支援機構(仮称)」を設立し、そこでデジタル人材を大量雇用するのはどうか。そこでの人件費と教育費は国が負担すればよい。そして、「新しい革新的な新事業のアイデア」を一般から幅広く募って、それを実現するための情報システム開発を「デジタル事業支援機構」が受託する。その結果、新事業の実現可能性が高まり、起業が促進されるものと考える。

デジタル・サービスで起業する際の最大の問題点は、新事業のアイデアを持つ若者すべてがITC利活用の技能を持っているとは限らないことだ。素晴らしい社会貢献アイデアを持つ若者が、プログラミング技能を持つとはかぎらない。情報システムの受託開発の部分だけは、行政が下請けすればいいのではないか。

事業承継支援者のあり方

埼玉県中小企業診断士協会の高沢会長は、中小企業診断士に向けて「診断士の使命は経営者と一緒に考え行動しながら経営力向上を支援することであり、補助金申請だけの依頼なら断るべきだ」と発言されている(中小企業診断士、「コロナ特需」に自戒、日本経済新聞2021年5月13日)。日本経済の新陳代謝が進まない現状を憂いておられるのだろう。

事業再構築補助金を求めるゾンビ企業は多い。しかし、私たち公認会計士は、そのようなゾンビ企業に対して、事業再構築や事業再生などといった無駄な延命策を支援してはならない。生産性向上を目指すために、経営者に対して「M&Aによる事業譲渡の必要性」を粘り強く説得しなければいけないのだ。

中小企業経営の現場で汗を流し、ギリギリの努力を続ける経営者たちの苦労を否定したくはない。しかし、次世代を生きる子どもたちに、現在のような厳しい低成長経済を引き継いでもよいのだろうか。未来の日本を見すえ、親世代が痛みを受け入れる覚悟が必要なのではないか。

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この記事を書いた人

公認会計士/税理士/宅地建物取引士/中小企業診断士/行政書士/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)
平成28年経済産業省「事業承継ガイドライン委員会」委員、令和2年度日本公認会計士協会中小企業施策研究調査会「事業承継支援専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」代表幹事。
一橋大学大学院修了。監査法人にて会計監査及び財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、三菱UFJ銀行ウェルスマネジメント・コンサルティング部、みずほ証券投資銀行部門、メリルリンチ日本証券プリンシパル・インベストメント部門に在籍し、中小企業の事業承継から上場企業のM&Aまで、100件を超える事業承継のアドバイスを行った。現在は税理士として相続税申告を行っている。

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