自動車部品製造業界のM&Aと企業価値評価

自動車部品製造業界のM&Aと企業価値評価

近年、自動車部品製造業界のM&Aが増えている。ここでは、自動車部品製造業界の市場動向やビジネスモデル、M&Aの買い手側によるデュー・ディリジェンスにおける注意点、企業価値評価(株価算定)で使う数値(マルチプルなど)について説明する。これらから、自動車部品製造業界においてM&Aを成功させるためのポイントについて考えてみよう。

M&Aを考える自動車部品製造業界の概要

自動車部品製造業界の全体像を理解するために、市場動向や経営環境、ビジネスモデル、M&A可能性のある競合他社を説明する。

自動車部品製造業界の市場動向・経営環境

自動車部品製造業は、自動車部品や付属品を製造する事業者のこという。主な製品として、自動車エンジンの部品、ブレーキ、クラッチ、車軸、ラジエータ、トランスミッション、車輪などが挙げられる。

人口減少や少子高齢化という環境から、自動車部品の国内需要は減少すると予測される。四輪自動車の国内販売台数は、ここ数年900万台レベルで横ばいにある。

一方で、成長市場である新興国の需要が増加傾向にあり、海外生産が増加すると予想される。海外現地生産が求められるため、輸出が増加することはないだろう。

経済産業省「工業統計表・産業別統計表(平成29年)」によれば、自動車部品製造業の製品出荷額について、2008年は32兆円であったが、2016年には33兆円に僅かながら増加している。

自動車部品製造業界のビジネスモデル

自動車部品製造業のビジネスモデルは、鉄鋼材料を中心に、合成樹脂、アルミニウムやゴムを仕入れ、工場にてプレス、鋳造、鍛造、熱処理、機械加工、塗装、組立などの製造工程に投入して製品を作り、得意先に販売するというものである。主要原材料の鋼材は、完成車メーカーから有償支給されるケースが多く見られる。完成車メーカーが一括購入することで、鋼材の原価を安く抑えることができるのである。

自動車部品製造業界では大量生産が基本となるが、そのために生産技術を確立し、大規模な生産システムを構築すること必要である。

また、業界全体の構造として、トヨタ、日産自動車など完成車メーカーをピラミッドの頂点として、1次部品メーカー、2次部品メーカー、3次部品メーカーといった階層構造、下請け分業構造が形成されている。1次部品メーカーは少数であるが、3次部品メーカーになると、従業員20人未満の小規模事業者が多数を占めている。

自動車部品メーカーは、完成車メーカーの系列となっていう企業と、独立している企業に大別される。近年、完成車メーカーの海外進出に合わせて、海外現地生産を開始する系列部品メーカーが増えてきている。

電気自動車(EV)の普及と自動車部品製造業

電気自動車(EV)の普及は、従来のエンジンをモーターに置き換えるため、四輪自動車の駆動系の構造が大きく変化する。それにより、使用する自動車部品や技術は、従来のものと大きく変わる。

エンジンが無くなれば、エンジン関連の精密機械加工、熱処理、メッキや板金加工を担う自動車部品メーカーの需要が無くなる。その一方で、モーター、インバーター、駆動用電池の需要が大きく増えます。このため、エンジンの自動車部品メーカーはビジネスモデルの転換を求められる一方で、電気・電子部品メーカーにとって大きなチャンスとなる。

政府目標では、2030年までに国内自動車販売台数に占める電気自動車(EV)の割合を30%まで高めるとのことである。自動車部品メーカーは、エンジン関連の部品事業をM&Aによって売却するとともに、電気・電子部品の製造事業を新たに立ち上げる、M&Aによって買収しなければいけない。大きな構造転換、経営革新の時期にある。

自動車部品製造業界M&Aで買い手候補となる企業

自動車部品製造業の事業承継を目的としたM&Aについて、買い手候補は上場企業や大企業ではなく、同じ下請け階層にある同業他社になると考えられる。規模の経済を追求してコスト削減を行うための経営統合が中心になるだろう。以下の1次部品メーカーを頂点とする系列内部での業界再編が進むと考えられる。

豊田自動織機、豊田合成、デンソー、アイシン精機、日本精工、小糸製作所、NOK、KYB、日立オートモティブシステムズ、IJTテクノロジーホールディングス、ジェイテクト、ミツバ、フタバ産業、プレス工業、市光工業、日本発条、ブリヂストンである。

自動車部品製造業界M&Aで売却する売り手のメリット

安定している大手企業にM&Aで自動車部品製造業を承継することで、従業員の雇用を維持し、事業のさらなる成長を実現することができる。また、得意先である完成車メーカーや上位の系列部品メーカーは、製品を継続して購入することもできることに加え、下請け部品メーカーとの関係を継続することができる。

また、小規模事業者が単独では難しかった大量生産技術、生産システム、ロボット、FAシステムの投資による高速化・自動化の推進よって、工場の生産性向上を実現することができる。結果として生産性が向上すれば、従業員の給与水準をアップさせることができるだろう。

さらに、買い手企業が大企業であれば、生産規模の拡大による生産性向上、大量仕入れによる原材料費の引下げや、人材採用コスト、広告宣伝費、本社経費を削減し、M&Aによるシナジー効果を得ることができる。

以上のようなシナジー効果が期待され、買い手候補にとって魅力的な事業であれば、売り手側の経営者は、高い売却価格を実現することができ、引退した後のライフプランを充実したものとすることができる。

自動車部品製造業界M&Aで買収する買い手の注意点

自動車部品製造業を買収する際のデュー・ディリジェンスにおいて調査すべき経営資源、注意点について説明する。

自動車部品製造業の買収デュー・ディリジェンスにおける注意点

自動車部品製造業は、品質・コスト・納期において合格点が必要であるという特徴がある。

自動車部品製造業の事業性を評価する場合の注意点として、価格競争力はもちろん、技術力・製品開発力を調査しなければいけない。技術力を伝承するための人材育成は行われていうか、コスト削減を進めるための研究開発は行われていうか、確かめることが必要である。

また、製造ノウハウに係る知的財産権が保全されていうか、機械設備が陳腐化していないか、大規模修繕や更新投資が必要ないか、確認する必要がある。

さらに、特定の得意先に依存する系列部品メーカーの場合、その得意先との取引基本契約がM&A実行後に継続するかどうか、法務デュー・ディリジェンスで確認しなければいけない。

自動車部品製造業の買収で承継すべき経営資源

技術力・製品開発力が基本となる経営資源である。採用難に直面する企業が多いため、技術力を持つ若い人材が最も重要な経営資源となる。特定の販売先に依存する系列メーカーであれば、販売先との取引基本契約も重要な経営資源である。

また、コスト競争力に直結する大量生産システム、すなわち、機械設備、ソフトウェアも重要な経営資源となるだろう。

顧客関係、技術力などの無形資産は、事業承継によって喪失されることが多いため、自動車部品製造業のM&Aを行う場合は、技術力、生産システムの承継に時間と労力をかけるなど、無形資産の承継を丁寧に行うことが重要だろう。

自動車部品製造業のM&Aで買収するときの企業価値評価(株価算定)

自動車部品製造業のM&Aにおける企業価値評価(株価算定)を行う際に活用することができる数値は、以下の通りとなっている。

自動車部品製造業の評価で使う資本コストとマルチプル

まず、TKC経営指標(2018年度)によれば、自動車部品製造業の収益性について、売上高成長率は約3.6%である。また、粗利率は13.0%、営業利益率は3.0%となっている。生産性について、1人当たり売上高は1,999万円、1人当たり人件費は453万円となっている。

次に、2020年8月現在の開示情報および市場株価によれば、自動車部品製造業のマルチプル(倍率)について、PBR倍率は0.9~1.5倍、PER倍率は30~50倍、EBITDA/企業価値倍率は5~9倍となっている。

さらに、筆者が推計する株主資本コストは、安定した老舗企業であれば3%、急成長の新興企業であれば10%が妥当であると考える。これは、この類似上場企業のROICが3%~8%という極めて低い水準であるものの、類似上場企業のベータ値が1.1~1.9であること、ヒストリカル・マーケット・リスク・プレミアム(1950年代~2020年)が7%~9%であることを前提にして、小規模リスク・プレミアムを加算して推計している。

自動車部品製造業の類似上場企業比較法で採用すべき企業の例

類似上場企業比較法で採用すべき上場企業として、豊田合成(7282)、デンソー(4935)、アイシン精機、日本精工(6471)、小糸製作所(7276)、NOK(7240)、KYB(7242)、IJTテクノロジーホールディングス(7315)、ミツバ(7280)、フタバ産業(7241)、プレス工業(7246)、市光工業(7244)、ニッパツ(5991)が挙げられる。デンソー、豊田自動織機とブリヂストンは規模が大きすぎるため、比較対象から外すべきケースのほうが多いだろう。

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