電気工事業界のM&A(買収・売却)と企業価値評価

近年、電気工事業界のM&Aが増えている。ここでは、電気工事業界の市場動向やビジネスモデル、M&Aの買い手側によるデュー・ディリジェンスにおける注意点、企業価値評価(株価算定)で使う数値(マルチプルなど)について説明する。これらから、電気工事業界においてM&Aを成功させるためのポイントについて考えてみよう。

目次

M&Aを考える電気工事業界の概要

電気工事業界の市場環境

電気工事業は、電気工作物(送電線・配電盤・照明など)を設置または修繕 する事業者のことをいう。

電力会社系の事業者は、電力インフラの設備投資が占める割合が大きいため、電力会社の業績悪化に伴い、一般の建設工事へシフトしている。

国土交通省「設備工事業に係る受注高調査結果(平成30年9月)」によれば、電気工事業の受注高合計は、2002年度の1兆2千億円から、2017年度の1兆5千億円に増加している。これは、大都市圏におけるリニア中央新幹線や東京オリンピック、大阪万博などの特需によるものである。

電気工事業界のビジネスモデル

電気工事業のビジネスモデルは、大企業の下請け工事を行うものである。電力会社、JR、NTT、ゼネコン、製鉄所の系列ができている。

近年、再生可能エネルギー関連の需要の増加、電力網におけるスマートグリッド技術の導入などの環境変化があることから、今後の電気工事業界では、情報通信分野へ対応できる高度な技術や施工能力が求められてくるだろう。

電気工事業界M&Aで買い手候補となる企業

電気工事業の事業承継を目的としたM&Aであっても、買い手候補は上場企業や大企業が中心になると考えられる。この業界では、以下のような上場企業が中心となって業界再編を進めていくことが想定される。

関電工、きんでん、四電工、中電工、九電工、北海電気工事、北陸電気工事、ユアテック、トーエネック、サンテック、コムシスホールディングス、協和エクシオ、日本電設工業である。

電気工事業界M&Aで売却する売り手のメリット

安定している大手企業にM&Aで電気工事業を承継することで、従業員の雇用を維持し、事業のさらなる成長を実現することができる。また、得意先である電力会社、NTT、ゼネコンは、技術力の高い下請け業者に継続して発注することもできることに加え、2次下請け業者との関係を継続することができる。

また、小規模事業者が単独では難しかった新技術の導入よって、電気工事の高度化を図ることができる。結果として生産性が向上すれば、従業員の給与水準をアップさせることができるだろう。

さらに、買い手企業が大企業であれば、工事規模の拡大による生産性向上、大量仕入れによる原材料費の引下げや、人材採用コスト、広告宣伝費、本社経費を削減し、M&Aによるシナジー効果を得ることができる。

以上のようなシナジー効果が期待され、買い手候補にとって魅力的な事業であれば、売り手側の経営者は、高い売却価格を実現することができ、引退した後のライフプランを充実したものとすることができる。

電気工事業界M&Aで買収する買い手の注意点

電気工事業の買収デュー・ディリジェンスにおける注意点

電気工事業では、工事原価を繰り延べることによって利益を捻出する粉飾決算が多く見られる。未成工事支出金の過大計上がないか確かめる必要がある。また、売上債権(完成工事未収入金)の回収可能性に問題がないか確かめる必要もあるだろう。交際費やリベートなど不透明な支出も多く発生することから、仮払金など不明瞭な資産が計上されている場合は注意が必要である。

電気工事業の買収で承継すべき経営資源

大規模な設備投資を必要としないため、施工技術を持つ人材が基本となる経営資源である。電気工事業の許可はもちろん、第一種電気工事士の有資格者が経営資源となる。

技術力の高い人材は、事業承継によって流出することが多いため、電気工事業のM&Aを行う場合は、従業員との面談に時間と労力をかけ、処遇を手厚くするなど、人材の承継を丁寧に行うことが重要だろう。

電気工事業のM&Aで買収するときの企業価値評価(株価算定)

電気工事業のM&Aにおける企業価値評価(株価算定)を行う際に活用することができる数値は、以下の通りとなっている。

まず、TKC経営指標(2018年度)によれば、電気工事業の収益性について、売上高成長率は約2.5%である。また、粗利率は25.2%、営業利益率は4.7%となっている。生産性について、1人当たり売上高は1,926万円、1人当たり人件費は558万円となっている。

次に、2020年8月現在の開示情報および市場株価によれば、電気工事業のマルチプル(倍率)について、PBR倍率は0.6~0.8倍、PER倍率は10~15倍、EBITDA/企業価値倍率は4~8倍となっている。

さらに、筆者が推計する株主資本コストは、安定した老舗企業であれば6%、急成長の新興企業であれば9%が妥当であると考える。これは、この類似上場企業のROICが6%前後であることを考慮しつつ、類似上場企業のベータ値が0.6~0.7であること、ヒストリカル・マーケット・リスク・プレミアム(1950年代~2020年)が7%~9%であることを前提にして、小規模リスク・プレミアムを加算して推計している。

なお、類似上場企業比較法で採用すべき上場企業として、関電工(1942)、きんでん(1944)、四電工(1939)、中電工(1941)、九電工(1959)、北海電気工事(1832)、北陸電気工事(1830)、ユアテック(1934)、トーエネック(1946)、サンテック(1960)、コムシスホールディングス(1721)が挙げられる。

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この記事を書いた人

公認会計士/税理士/宅地建物取引士/中小企業診断士/行政書士/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)
平成28年経済産業省「事業承継ガイドライン委員会」委員、令和2年度日本公認会計士協会中小企業施策研究調査会「事業承継支援専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」代表幹事。
一橋大学大学院修了。監査法人にて会計監査及び財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、三菱UFJ銀行ウェルスマネジメント・コンサルティング部、みずほ証券投資銀行部門、メリルリンチ日本証券プリンシパル・インベストメント部門に在籍し、中小企業の事業承継から上場企業のM&Aまで、100件を超える事業承継のアドバイスを行った。現在は税理士として相続税申告を行っている。

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