パン製造業・小売業界のM&Aにおける企業価値評価とデュー・ディリジェンス

パン製造業・小売業界のM&Aにおける企業価値評価とデュー・ディリジェンス

近年、パン製造業・小売業界のM&Aが増えている。ここでは、パン製造業・小売業界の市場動向やビジネスモデル、M&Aの買い手側によるデュー・ディリジェンスにおける注意点、企業価値評価(株価算定)で使う数値(マルチプルなど)について説明する。これらから、パン製造業・小売業界においてM&Aを成功させるためのポイントについて考えてみたい。

パン製造業・小売業界の概要

パン製造業・小売業界の市場環境

パン製造業とは、食パンや菓子パンなどのパン類を製造する事業者のことをいいます。大手製パン業者が大規模な製パン工場を所有し、規模の利益を追求したことから、現在の市場は、寡占化が進んでいる。

日本全体のパン消費量は、総務省の「家計調査年報」によれば、約1兆5千億円と推測されている。しかし、1世帯当たりのパン消費額は、2015年の25,378円をピークに、近年は横ばいの金額で推移している。

市場全体が縮小していく中で、販路はスーパーマーケット、コンビニエンスストア、百貨店などの大型量販店が中心となり、パン小売店のシェアは低下する傾向にある。

そして、パン小売業の事業者数は、総務省の経済センサスによれば、1982年の34,000店をピークに2016年は12,000店まで減少した。またパン小売業の年間売上高合計は、1991年の7,600億円をピークに2016年は5,100億円まで減少した。

パン製造業・小売業界のビジネスモデル

パン製造業を営む企業には、大別して、①製造、②製造販売(フレッシュ・ベーカリー)の3つがある。

一方、パン小売業者は、大手製パン業者から仕入れて販売するのではなく、差別化するために、自店舗でパンを製造する「焼き立てパン」の製造小売業というビジネスモデルを採用している。

パン販売の現在の主体は、コンビニエンスストアになっているものと考えられる。パン小売業界は、今後は人口減少による需要減少が予測され、単独で存続することは極めて厳しい状況である。味や食感にこだわる消費者ニーズに適合した商品開発などの経営革新が必要になると考えられる。

パン製造業・小売業界で買い手候補となる主たる上場企業

パン製造業の事業承継を目的としたM&Aであっても、買い手候補は上場企業が中心になると考えられる。この業界では、以下の上場企業を挙げることができる。

山崎製パン、フジパン、第一屋製パン、コモ、シノブフーズ、わらべや日洋ホールディングス、サトー商会である。

一方、パン小売業には専業の上場企業が無いため、同じ地域の未上場の大企業が中心となってM&Aによる業界再編を進めることになると考えられる。

パン製造業・小売業界M&Aで売却する売り手のメリット

安定している大手企業にM&Aでパン製造業・パン小売業を承継してもらうことで、従業員の雇用を維持し、事業のさらなる成長を実現することができる。また、販売する一般消費者は、長年購入を続けてきたお気に入りのパンの購入を継続することもできることに加え、原材料(小麦粉やイーストなど)の仕入先との関係を継続することができる。

また、小規模事業者が単独では難しかったIT投資によるデジタル化の推進よって、パン製造業・小売業の経営効率化を実現することができる。結果として生産性が向上すれば、従業員の給与水準をアップさせることができるだろう。

さらに、買い手企業が大手の製造業であれば、製造規模の拡大による生産性向上、大量仕入れによる原材料費の引下げや、人材採用コスト、広告宣伝費、本社経費を削減し、M&Aによるシナジー効果を得ることができる。

買い手候補にとって魅力的な事業になれば、高い売却価格を実現することができ、引退した後のライフプランを充実したものとすることができる。

パン製造業・小売業界M&Aで買収する買い手の注意点

パン製造業・小売業の買収デュー・ディリジェンスの注意点

パン製造業・小売業は、得意先が一般消費者であり、現金販売であることから、資金繰りが難しい事業ではない。財務体質が問題となることは少ないだろう。ただし、量販店に対して販売する場合は、掛売りとなって回収サイトが長期化する傾向にあるので、注意が必要である。

パン製造業の事業性を評価する場合の注意点として、設備投資とキャッシュ・フローの関係が挙げられる。多額の研究開発費を要することから、現金支出が先行し、製品化までの時間も長期になることから、強固な財務体質および資金調達が求められる。

一方、パン小売業の事業性を評価する場合、競争が激しい業界であることから、競合との差別化が図られているかが問題となる。パンは日常的に消費する商品であり、パン小売店は地域密着型営業を基本とするものの、多様な消費者ニーズに適合するよう、品揃えを増やすことが必要となる。パン小売店では、定番商品を持っていることはもちろん、商品種類として60アイテム以上揃えているかどうかが差別化のポイントだと言われている。

パン製造業・小売業のM&Aにおける企業価値評価

パン製造業・小売業の企業価値評価(株価算定)を行う際に活用していただくことができる数値は、以下の通りとなっている。

まず、TKC経営指標(2018年度)によれば、パン製造業の収益性について、売上高成長率は約8.7%である。また、粗利率は25.7%、営業利益率は▲1.0%となっている。生産性について、1人当たり売上高は847万円、1人当たり人件費は267万円となっている。

一方、パン小売業の収益性について、売上高成長率は約1.7%である。また、粗利率は20.7%、営業利益率は1.9%となっている。生産性について、1人当たり売上高は1,685万円、1人当たり人件費は316万円となっている。

次に、2020年8月現在の開示情報および市場株価によれば、パン製造業・小売業のマルチプル(倍率)について、PBR倍率は0.8~1.0倍、PER倍率は25~35倍、EBITDA/企業価値倍率は5倍~15倍となっている。

さらに、筆者が推計するパン製造業・小売業の株主資本コストは、安定した老舗企業であれば7%、急成長の新興企業であれば12%が妥当であると考える。これは、この類似上場企業のROICが5%前後であることを考慮しつつ、類似上場企業のベータ値が0.7~1.0であること、ヒストリカル・マーケット・リスク・プレミアム(1950年代~2020年)が7%~9%であることを前提にして、小規模リスク・プレミアムを加算して推計している。

なお、類似上場企業比較法で採用すべき上場企業として、製造業であれば山崎製パン(2212)、日糧製パン(2218)、第一屋製パン(2215)が挙げられる。一方、小売業には専業の上場企業が無いため、一般の食品スーパーを採用することが考えられる。

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