事業承継の支援では、自社株をどう評価するか、また相続税・贈与税の課税や納税をどうするかという事が話題になりがちです。しかし、最も大切なことは事業価値を維持し続けることです。そのための経営承継が重要です。
企業経営を承継することが必要
賃貸不動産を所有するのであれば、その不動産の運営と管理は外部の管理会社に委託することが一般的でしょう。
しかし、不動産のように管理会社に丸投げというわけにはいきません。非上場株式という個人財産を所有する場合、その会社の経営は、基本的に企業オーナーが自ら行うことになります。
上場企業のような「所有と経営の分離」を行わないのであれば、外部専門家に経営を委任するケースは少ないはずです。
つまり、非上場株式という個人財産には、企業経営という仕事が伴います。株式を承継した後継者が、自ら経営を行わなければならないのです。
生前に非上場株式を贈与する際にも、企業経営の承継が不可欠です。不動産の賃貸経営と異なり、株式さえ承継できれば相続対策が完了というわけにはいきません。
企業オーナーは、株式承継と経営承継という2つの側面から事業承継を考える必要があるのです。これが企業オーナーの相続対策の着眼点です。
事業価値を明らかして引き継ぐ
経営承継に求められるのは、後継者の代になってもお金を稼ぎつつけることです。つまり、継続的に利益を生み出すことが可能となるような事業価値の継続です。
このような事業価値を実現するためには、優れた商品開発能力、技術力、容易に真似のできないビジネスモデルやのれん、信用力、顧客関係、ブランド等、付加価値を生み出す経営資源(=事業価値)を事前に明らかにしておく必要があります。
事業価値を正しく認識することができれば、創業者が創りあげた事業を承継することも可能となります。ただし、事業価値のほとんどが目に見えない資産や経営資源ですので、株式や事業用資産という目に見える財産のように容易に承継することはできません。
人間の能力や知的資産(技術、ノウハウ、顧客など)等の目に見えにくい無形の経営資源をどのように後継者に移転するか、経営承継の方法が問題となります。
たとえば、ある会社(製造業)にとって高い技術力が重要な経営資源となっている場合、その事業価値をどのように承継すべきでしょうか。高い技術力が会社の組織全体で共有できている場合、その承継は比較的容易でしょう。
しかし、高い技術力を持つのが経営者個人である場合には、社長交代によって消滅するため、それを承継することが困難です。もし経営者が突然の病で引退することにでもなれば、その技術力を承継できる者がいないため、事業価値を存続させることが難しくなるでしょう。
事業価値が経営者の個人的能力に依存している場合、現状のままのかたちですぐに経営承継することは難しいといわれています。それゆえ、早急に事業価値を承継しやすいかたちにする仕組み、組織作り、または承継させるべき後継者の育成が必要となります。
予定している後継者では事業価値を維持するのが難しいと判断された場合、経営承継のための仕組み(組織等)を再検討するか、または別の後継者候補を選定しなければいけません。それができない場合には、M&Aなど別の事業承継の方法を検討しなければなりません。
事業価値を維持できる仕組みや組織作り
中小企業では、会社の事業価値が経営者個人に依存しているケースがほとんどです。しかし、経営者個人に集中していた事業価値を、他の一個人が承継することは、人材の厚みの乏しい中小企業にとって難しい問題となります。
それゆえ、このような状況で経営承継を円滑に進めるためには、経営者によるワンマン経営から、従業員も加えたチームで組織的に経営する体制に移行する必要があります。
すなわち、個人が有していた貴重な経営資源を、組織全体で共有できる仕組みを作ることが必要となります。これによって、事業価値の消滅を防ぐのです。
組織的な経営体制を採用する場合、意思決定を経営者個人で行うのではなく組織で行うようにシステム化することが必要です。経営者個人に集中していた意思決定権限を、従業員に委譲することによって、経営者個人への依存度を低くするのです。
職務分掌を明確にすることで、権限の委譲が可能となります。それとともに委譲された権限に基づく意思決定の際の判断基準も明確化すべきでしょう。経営者が去った後の新しい経営理念や経営方針を確立し、浸透させなければなりません。
しかし、組織体制を作ったとしても、経営者の経営管理能力に欠ける場合は問題となります。この点については、優秀な経営者人材を集めることが容易ではない中小企業にとっての限界だといわざるを得ません。
それゆえ、結局は後継者個人が自ら学習し、経営管理能力を習得してもらうしかないのです。経営承継させる後継者の育成が、極めて重要な意味をもつことになります。
後継者による事業性評価が不可欠になる
事業承継に成功しても、対象会社が破綻しては意味がありません。対象会社の事業価値の存続は可能なのか、後継者は事前に分析しておく必要があります。
すなわち、事業承継を行う前に、事業性評価のためのデュー・ディリジェンスを実施することが必要です。
事業性評価によって事業の価値が明確になっていないと、後継者は何をどのように経営すればよいのか、わからないでしょう。
事業承継に成功しても事業が破綻してしまえば意味がありません。後継者教育や経営承継へ向けての手続きも、事業価値を維持できることが前提となって行うことなのです。
また、後継者が経営権を引き継ぐことを決めた場合、役員・従業員や会社関係者が心理的、物理的にその決定をスムーズに受け入れるかどうかが重要な問題となります。
この点、経営承継に向けて関係者が動き出す過程において、ある程度の説明と事前対策を施すことができます。現経営者が独断的に決定し、周辺には何の説明もしていないという状況のまま、突然の社長交代を行うことがないよう、事前に関係者への周知を図ることが必要です。
後継者に求められる決意と覚悟
後継者は、経営者としての資質や能力のほか、経営を引き継ぐ決意や覚悟が求められます。
また、後継者以外の親族の意向、現経営者の個人財産の状況等など財産承継の観点も考慮したうえで、事業承継の方針を設定する必要があります。
さらに、後継者としての経営ビジョン、経営管理能力など、事業承継を行う前に、後継者が自ら考え、確立させておかなければなりません。
そして、後継者がリーダーシップを発揮できるように、従業員との人間関係も築いておかなければいけません。
具体的に求められる能力を列挙しますと、次のようなものがあります。
後継者に求められるリーダーシップ
第一に、従業員に対するリーダーシップを発揮できることです。経営者は、従業員の意欲向上を図り、動機づけを行うため、強いリーダーシップを発揮する必要があります。
経営者交代によって従業員の間に生じる不安は、「自分の生活が維持できるのか」、「新しい経営者の経営手腕はどうか」、「上司としての人間性はどうか」等、多岐にわたります。
これらの不安を早期に解消するためには、後継者の強いリーダーシップが要求されます。
そのためには、後継者が企業経営に対する熱意と将来を展望できる経営戦略を持つことです。将来にわたって従業員の生活を安定させられることを明示しなければなりません。
後継者は取引先や銀行との関係も引き継ぐ
第二に、取引先との関係を良好に維持する能力です。
後継者に対して従業員が感じる不安と同じものを取引先も感じるはずです。後継者はこの点を認識し、事業承継を行う前における取引の状況をよく理解して、良好な取引関係を継続させることが重要です。
そのための営業計画や、人間関係を作る社交性が必要になるでしょう。
特に、重要な取引先に対しては、後継者候補となる子供が出向して数年間修行させてもらうことも有効な手段となるでしょう。
第三に、金融機関との関係を良好に維持する能力を持っていることです。
事業の継続、発展のためには、資金繰りや設備資金の調達が必要となります。長期的な成長を図るためには、金融機関との良好な関係が不可欠です。
そのためにも、金融機関との人間関係を引き継がなければいけません。後継者は、その業界での経験等が求められることに加え、金融機関とのコミュニケーション(財務に関する情報開示)や担当者との人間関係作りに尽力する必要があるのです。
後継者が新たな経営理念を考える
中小企業では、一般的に経営者が強いカリスマ性を持ち、強いリーダーシップを発揮して経営を行っています。
したがって、後継者がこのような状態の企業経営を引き継ぐには、以下のような心構えを持っておく必要があります。
第一に、自ら新しい経営理念を確立することです。これは、現経営者の経営に対する想いや価値観・信条といった経営理念を、後継者がストレートに受け継ぐだけではありません。今後の経営に対する自らの価値観を反映させた新しい経常理念を創り上げる必要があるということです。
株式承継によって事業用資産などの有形の経営資源を後継者が引き継いだとしても、経営理念や経営戦略といった経営者に帰属する無形の経営資源を維持することができなければ、真の意味での事業承継とはなりません。
現経営者が持っている自社の経営理念を明確にしたうえで、後継者がそれに自らの価値観を付加し、今後の時代を乗り切るための無形の経営資源として確立しなければならないのです。
後継者による経営管理体制の整備も必要になる
第二に、現経営者の経営ノウハウを承継することです。
中小企業の経営者は、強力なリーダーシップを発揮しながら自社の経営管理を行うとともに、さまざまな利害関係者(従業員、取引先等)と人間関係を有する営業マンです。
後継者は、経営者として必要な業務知識や経験、人脈、リーダーシップなどの能力、 経営ノウハウを習得することが求められます。
それゆえ、早い時期の後継者教育を通じて、現経営者の経営ノウハウを後継者が承継しなければなりません。
第三に、自社の経営管理体制を整備することです。
現経営者の引退の時期においては、現経営者を補佐する幹部社員や古参従業員も高齢化しており、定年退職の時期が近づいているはずです。
それゆえ、次世代を通じて経営者を補佐する将来の幹部社員・従業員候補を選抜し、役員や従業員の世代交代を準備しなければいけません。これを後継者が主体となって進めることが必要です。
事業承継における社長交代の時期はいつか?
後継者の選定には、現経営者の引退の時期が関連しています。
仮に現在65歳の社長が70歳に引退すると決めたとすれば、5年以内に後継者問題を解決し、経営承継を実行しなければなりません。つまり、5年間の猶予しか残されていないのです。
経営承継の時期は、現経営者の体力や健康状態を考慮に入れつつ、後継者の育成状況を勘案して決めるべきでしょう。
経営承継を決定したならば、その時期を社内へ公表し、取引先企業や金融機関へ告知することが必要となります。
具体的には、2つのアプローチをすり合わせることになります。
一つは、現経営者の引退したい気持ちと健康状態に応じて、「現経営者がいつまでに引退したいか」決めるアプローチです。
いくら死ぬまで働きたい、まだまだ元気だといっても、現経営者の肉体的・精神的な老化現象は避けられないことです。
もう一つは、後継者の決意と覚悟、能力・経験の度合いに応じて、「後継者がいつ社長になりたいか」決めるアプローチです。後継者教育を完了させるまでに数年の期間が必要となります。
現経営者としては、いつまでも(死ぬまで)自分のやり方で経営を続けたいと思うかもしれません。
しかし、老化による不適切な経営判断が、事業価値に及ぼす弊害も無視できません。
また、現経営者が病気や事故で急死することになれば、会社は大混乱に陥ります。企業経営が止まることで事業価値に悪影響を及ぼすような事態に陥る前から準備が必要です。現経営者は引退の準備を進め、その一方で、後継者は社長就任の準備を自発的に始めなければなりません。