従業員への事業承継を成功させる方法

今回のテーマは従業員承継です。後継者不在で悩んでいる経営者の皆さまが、従業員を後継者として考える場合、どのように検討すればよいでしょうか。

目次

従業員承継の基本

事業承継は、企業経営者の立場(社長)の交代であるとともに、経営者の地位を裏付ける財産(株式)を承継することでもあります。つまり、経営承継と資産承継を同時に考えなければいけません。

従業員承継であっても、検討すべき事項は親族内承継とほとんど同じです。まず企業経営の現状を把握し、事業の存続・成長を考えなければいけません。また、現経営者の引退後の老後生活、いまから経営者になろうとする後継者の気持ちや能力を理解しなければいけません。社長を辞める、社長になるという大きな意思決定となります。同時に、資産承継の手続きを検討する必要があります。

つまり、事業承継には、「これからも事業は大丈夫か?」という事業性評価の問題、「経営者の退任・就任」という企業経営者の問題、「資産をどのように承継するのか?」という承継手続きの問題という3つの側面から検討しなければいけないのです。これは従業員承継であっても同じです。

従業員承継における3つの問題

従業員承継における事業性評価は、親族内承継の場合と同じ方法です。事業性に問題があるというのは、事業そのものを存続・成長させることが難しい状況をいいます。例えば、赤字が続いているが収益性改善が難しい、売上減少が続いているが食い止めることは困難というケースです。

この点、従業員承継では、現経営者が築いた経営管理体制を後継者がうまく引き継ぐことができないことが大きな問題となります。他の従業員に対するリーダーシップを発揮することが難しいからです。

また、従業員承継の企業経営者に係る問題とは、従業員が後継者になることを躊躇すること、従業員に対する経営者教育が必要となることです。従業員は、現経営者の親族ではありません。サラリーマンとして雇われる立場において長年働いてきたため、自分がオーナー経営者となって支配すること、組織のトップに立ってリーダーシップを発揮することは難しいと尻込みするケースが多いようです。

また、特定の職務において能力が高く、経験が豊富な従業員であっても、戦略立案や経営管理のような社長の仕事ができるかどうかわかりません。例えば、優秀な営業マンであっても、管理の仕事が大嫌いというケースは多く見られます。OJTで教育すればよいのですが、後継者となる従業員が先代経営者に近い年齢の中高齢者であれば成長可能性は低いと言わざるをえません。

そして、親族でないがゆえに、株式を無償で承継することはできず、有償での買取りとなります。それゆえ、買取り資金の調達という財務の問題が発生します。

従業員がリーダーシップを発揮できるか

よくあるケースとして、従業員が後継者に決まった後でも、社長としてのリーダーシップを発揮できないことが問題となります。経営者はリーダーシップを発揮し、従業員を通して経営課題を解決しなければいけません。経営理念(組織の目標や方向性)を伝えることでゴールを明確化し、従業員の動機づけを行わなければいけないのです。

この点、カリスマ性の高い経営者がいた場合、後継者がリーダーシップを発揮することは容易ではありません。これまで他の従業員と同じレベルでは働いてきた従業員がお題目だけを掲げても、他の従業員はついてきてくれないでしょう。他の従業員からの協力が得られるよう、組織的な経営体制に変えなければいけません。

これまでサラリーマンとして給料を貰う立場にあった従業員が、戦略立案や経営管理という社長の職務を習得し、リーダーシップを発揮できるよう、手厚い教育が求められます。

また、後継者はサラリーマンとして勤務してきた従業員であるため、経営者としての経験がなく、企業オーナー・経営者になることを覚悟することができません。長年サラリーマンとして働いてきた従業員は、経営者の立場で働くことに自信が持てず、「自分には無理だ」と言い出すケースが多く見られます。しかし、運良く後継者として任命されたことに感謝し、その恵まれた状況を正しく理解することができれば、企業オーナー及び経営者になることを覚悟することができるはずです。

従業員承継における株式承継と経営者保証

従業員承継の承継手続きに係る問題とは、従業員が株式や事業用資産を現経営者から承継することが困難な状況をいいます。例えば、法人の株式の買取り、個人の不動産の買取りには大きな資金調達が伴うため、銀行の融資を受けることができないケースです。

従業員承継の場合、現経営者が所有する株式や事業用資産を後継者に対して有償で譲渡することになりますが、その買取り資金が無いケースがほとんどです。そこで、日本政策金融公庫などの金融機関からの融資を受けることができるかが問題となります。

また、現経営者が負担する銀行借入金や個人保証を従業員が引継ぐことを嫌がる状況があります。その場合、そもそも銀行借入金を引き継がないようにする方法はないか、引き継ぐとしても個人保証を外す方法はないか、検討することになります。

ちなみに、ほとんどの会社では、従業員には決算書を見せていないはずですが、検討の最後の局面において銀行借入金の金額を見た従業員が、事業承継を辞退してしまうケースがよくあります。負債の状況は、早い段階で後継者に開示しておかなければなりません。

負債の引継ぎは、事業性評価と関連する問題です。事業性に問題が無く、借入金の返済可能性が高い場合は、後継者が負債の引継ぎを嫌がることは無いでしょう。しかし、事業性に問題があり、借入金を返済できなくなる可能性がある場合は、後継者が負債の引継ぎに躊躇することになります。会社が倒産すれば、個人財産も失ってしまう事態に陥るからです。

子どもへの親族内承継を断念した現経営者が、すぐに直面する問題が、後継者にしたいと考えた従業員に、事業の買取り資金がないという現実です。この点については、「私がこれまで十分稼いできたし、十分な退職金もいただくから、事業はタダで従業員に引き継いでもいい。」という気前の良い経営者もいます。従業員に対して会社や事業を無償で譲渡する(贈与する)という方法です。ただし、従業員は他人ですから、奥様や子どもなど推定相続人から財産の流出に反対されることがないよう、事前に親族全員で話し合い、従業員承継に合意しておかなければいけません。

株式評価額の引下げ

有償で譲渡するという場合であっても、会社の株式評価が非常に高くなっているために従業員が買い取ることができない状況に直面します。しかし、ほとんどのケースは、会社に定期預金や有価証券などの余剰資金や生命保険の積立金があるために株式評価の高くしている状況です。これについては、2つの対処方法があります。

一つは、株式評価を下げてから会社の株式を譲渡する方法です。余剰資金や保険解約返戻金を現経営者に退職金として支払うか、株主に剰余金の分配を行えば、株式評価額は低下します。従業員に手が届く金額(例えば、3,000万円など)まで評価を引き下げることができれば、あとは個人で資金調達させればよいでしょう。

もう一つは、会社ではなく、事業だけを切り出して譲渡する方法(事業譲渡)です。余剰資金や生命保険は会社に残し、営業用資産と負債のみ従業員へ譲渡するということです。そうすれば、従業員に手が届く金額まで評価を引き下げることができるはずですので、あとは個人で資金調達させればよいでしょう。

後継者である従業員の資金調達方法として、日本政策金融公庫(国民生活事業)の融資があります。最大7,200万円です。中小企業経営承継円滑化法の金融支援の適用も受けるとすれば、低い特例利率が適用されますので、有利な条件での借入金となります。

有償で譲渡するという場合であっても、会社の株式評価が非常に高くなっていると、従業員が買い取ることができない状況に直面します。本社ビルのような大きな不動産や投資用資産があるために株式評価が高くなることがあります。この状況では、会社ではなく、事業だけを切り出して譲渡する方法(事業譲渡)を採ります。すなわち、不動産は会社に残し、営業用資産と負債のみ従業員へ譲渡するということです。そうすれば、従業員が買い取ることができるでしょう。

ちなみに、このように不動産を対象から外して事業譲渡するケースは、先代経営者は、本社ビルを後継者に賃貸し始めるなど、事業承継が済んだ後に不動産賃貸業を営む法人を持つこととなります。

所有と経営の分離

現経営者の子どもが社長に就かなかったために、孫へ事業を継がせようと考えるケースがときどきあります。すなわち、先代経営者の子どもの世代には一時的に経営は行わず、孫の世代まで事業承継を先延ばしするということです。

この場合、現経営者は、後継者である従業員は「中継ぎ」と位置づけて株式を承継せず、株式を持ち続けます。そして、孫が継ぐまでの間は、従業員や外部招聘の専門人材に、リリーフとして社長職を任せます。雇われサラリーマン社長による経営です。

中小企業は、株式の所有と社長の経営を同一のオーナー経営者が行うことが原則ですが(所有と経営の一致)、このようなケースでは、一時的な所有と経営の分離が発生することになります。

この状況が発生することはやむを得ませんが、いくつか問題があります。株主側からすれば、親族外の従業員が社長として経営を行うことによって、経営リスクを考えない無茶な経営が行われ、会社が倒産してしまうおそれがあります。サラリーマン社長は、会社を所有しているわけでなく、負債保証しているわけでもありませんので、ハイリスクの投資を実行しようと考えるわけです。成功すれば社長の成果、失敗しても失うものがないからです。これに対して、経営者側、すなわち雇われ社長側からすれば、業績向上によって事業価値が高まったとしても、それは株主の財産に転化されるため、個人の利益に直結しないことから、業績を上げるための経営努力を行おうというモチベーションが生じにくいという問題があります。努力の成果を得られないのであれば、サラリーマンとして無理せずのんびり働こうと考えることでしょう。

したがって、このような問題が伴う状況であることを認識したうえで、孫への事業承継が実現するまで、慎重に事業の存続を図る必要があります。

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この記事を書いた人

公認会計士/税理士/宅地建物取引士/中小企業診断士/行政書士/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)
平成28年経済産業省「事業承継ガイドライン委員会」委員、令和2年度日本公認会計士協会中小企業施策研究調査会「事業承継支援専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」代表幹事。
一橋大学大学院修了。監査法人にて会計監査及び財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、三菱UFJ銀行ウェルスマネジメント・コンサルティング部、みずほ証券投資銀行部門、メリルリンチ日本証券プリンシパル・インベストメント部門に在籍し、中小企業の事業承継から上場企業のM&Aまで、100件を超える事業承継のアドバイスを行った。現在は税理士として相続税申告を行っている。

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