近年、美容院・理容店業界のM&Aが増えている。ここでは、美容院・理容店業界の市場動向やビジネスモデル、M&Aの買い手側によるデュー・ディリジェンスにおける注意点、企業価値評価(株価算定)で使う数値(マルチプルなど)について説明する。これらから、美容院・理容店業界においてM&Aを成功させるためのポイントについて考えてみよう。
M&Aの多い美容院・理容店業界
美容院・理容店業界の全体像を理解するために、市場動向や経営環境、ビジネスモデル、M&A可能性のある競合他社を説明する。
美容院・理容店業界の市場動向・経営環境
美容院とは、パーマ、カット、結髪、化粧など容姿を美しくする美容サービスを提供する事業者のことをいう。近年は、パーマ、カットだけでなく、ヘッドスパやネイルアートやまつ毛エクステンションまで追加し、メニューを増やす美容院が増えてきている。
これに対して、理容店(理容室、床屋、散髪屋)とは、散髪、刈込み、顔そりなどの理容サービスを提供する事業者のことを。理容店を営むには、理容師法に基づく理容師の免許を取得することが必要である。近年は、最低限の理容サービスを短時間で提供する低価格店舗が増えてきており、価格競争が進んできている。
近年、若年層のヘアスタイルの多様化の結果、理容室の利用者が美容室に流れる動きが出てきている。QBハウスなど低価格店舗との競争など、理容室にとって厳しい経営環境にある。
美容サービスの市場規模について、総務省「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数調査(早慶)(平成29年)」によれば、周辺サービスを含めた理美容代の市場規模について、2010年は1兆3,251億円であったが、2017年は1兆5,516億円と僅かに増加している。
美容院・理容店業界のビジネスモデル
美容院のビジネスモデルは、美容師を雇用し、一般の顧客に対して美容サービスを販売するというものである。経営者自身が美容師であり、自ら施術する個人経営も多く、経営者の美容センスや接客技術が、美容院の経営の成否を決めてしまう。顧客ニーズをとらえ、美容師としての知名度を高めることができるかどうかが重要となる。経営資源のほとんどが人材でありことから、美容院は労働集約型産業と言える。
理容店業のビジネスモデルは、理容師を雇用し、一般の顧客に対して理容サービスを販売するというものである。経営者自身が理容師であり、自ら施術する個人経営も多く、経営者の理容センスや接客技術が、理容店の経営の成否を決めてしまいる。
美容院と理容店のいずれも、その経営資源のほとんどが人材であることから、美容院と理容店は、労働集約型ビジネスと言える。
美容院・理容店業界M&Aで買い手候補となる企業
美容院・理容店業の事業承継を目的としたM&Aであっても、買い手候補は上場企業や大企業が中心になると考えられる。この業界では、以下のような上場企業が中心となって業界再編を進めていくことが想定される。
田谷、ヤマノホールディングス、アルテサロンホールディングス、エム・エイチ・グループ、キュービーネットホールディングス、ハクブン、エム・ワイ・ケー、アッシュ、カットツイン、レイフィールド、アポロホールディングス、マイク・イワサキ、A’Group、トービケン、Dash、ヘッドライト、リビアス、ディアローグである。
美容院・理容店業界M&Aで売却する売り手のメリット
安定している大手企業にM&Aで美容院・理容店業を承継することで、従業員の雇用を維持し、事業のさらなる成長を実現することができる。また、固定的に利用を続ける一般顧客は、お気に入りの理容師や美容師を継続して利用することもできる。
また、小規模事業者が単独では難しかったインターネット・マーケティングなどデジタル化の推進よって、美容院・理容店の売上拡大を実現することができる。結果として生産性が向上すれば、従業員の給与水準をアップさせることができるだろう。
さらに、買い手企業が大企業であれば、ヘッドスパなど周辺サービスの追加による売上拡大、店舗チェーン規模の拡大による生産性向上、シャンプー・リンスの大量購入による原価引下げや、人材採用コスト、広告宣伝費、本社経費を削減し、M&Aによるシナジー効果を得ることができる。
以上のようなシナジー効果が期待され、買い手候補にとって魅力的な事業であれば、売り手側の経営者は、高い売却価格を実現することができ、引退した後のライフプランを充実したものとすることができるだろう。
美容院・理容店業界M&Aで買収する買い手の注意点
美容院・理容店業界で買収を行う際、デュー・ディリジェンスにて調査すべき経営資源や注意点を説明する。
美容院・理容店業の買収デュー・ディリジェンスにおける注意点
美容院・理容店業は、美容師・理容師である従業員の継続雇用が最重要であるという特徴がある。従業員の技術レベルや接客レベルの向上のための教育に力を入れているか、従業員の定着率はどうか、従業員の継続雇用が可能かどうか、確かめておく必要がある。複数店舗がある場合、すべての店舗における管理美容師および管理理容師(3年以上の実務経験者)に対するヒアリングが実施されるべきだろう。
美容院・理容店業の事業性を評価する場合の注意点として、美容院と理容店は、個人事業であっても法人であっても零細企業が多く、家計と事業が分離していないことから、決算書の粉飾が多いことが挙げられる。多くの決算書(法人であれば貸借対照表と損益計算書)は、実態と乖離しているため、注意して調査することが必要だろう。従業員に対する未払賞与の計上漏れは調査で判明するが、未払残業代は簿外の偶発債務となっていることもある。人件費の調査は重要である。
美容院・理容店業の買収で承継すべき経営資源
美容室では、1人の美容師が1人の顧客に接することなり、属人的な人間関係が構築されることから、顧客関係(固定客)を持つ美容師が基本となる経営資源である。美容師が他店へ転職してしまうと、顧客関係も消滅してしまう。美容師の継続雇用は極めて重要な承継手続きである。
理容店では、顧客関係(固定客)が基本となる経営資源である。理容店は、ほとんど店舗において、固定客の比率が8割超と言われている。固定客を承継することが不可欠だろう。
また、美容室と理容店のいずれにおいても、店舗の内装(インテリア)や設備(レイアウトも含めて)、備品・消耗品(アメニティなど)が承継すべき経営資源となる。立地条件も重要なものである。
無形資源は、事業承継によって喪失されることが多いため、美容院・理容店業のM&Aを行う場合は、顧客関係の引継ぎに時間と労力をかけるなど、無形資産の承継を丁寧に行うことが重要だろう。
美容院・理容店業を買収するときの企業価値評価(株価算定)
美容院・理容店業のM&Aにおける企業価値評価(株価算定)を行う際に活用することができる数値は、以下の通りとなっている。
まず、TKC経営指標(2018年度)によれば、美容院の収益性について、売上高成長率は約2.2%である。また、粗利率は81.9%、営業利益率は0.4%となっている。生産性について、1人当たり売上高は657万円、1人当たり人件費は314万円となっている。
これに対して、理容店業の収益性について、売上高成長率は約▲10.5%である。また、粗利率は91.7%、営業利益率は4.6%となっている。生産性について、1人当たり売上高は546万円、1人当たり人件費は310万円となっている。
次に、2020年8月現在の開示情報および市場株価によれば、美容院・理容店業のマルチプル(倍率)について、PBR倍率は2.0~3.0倍、PER倍率は30~40倍、EBITDA/企業価値倍率は7~11倍となっている。
さらに、筆者が推計する株主資本コストは、安定した老舗企業であれば5%、急成長の新興企業であれば9%が妥当であると考える。これは、この類似上場企業のROICが2~4%であることを考慮しつつ、類似上場企業のベータ値が0.3~0.8であること、ヒストリカル・マーケット・リスク・プレミアム(1950年代~2020年)が7%~9%であることを前提にして、小規模リスク・プレミアムを加算して推計している。
なお、類似上場企業比較法で採用すべき上場企業として、田谷(4679)、ヤマノホールディングス(7571)、アルテサロンホールディングス(2406)、エム・エイチ・グループ(9439)、キュービーネットホールディングス(6571)が挙げられる。