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警備業界のM&A(買収・売却)と企業価値評価
近年、警備業界のM&Aが増えている。ここでは、警備業界の市場動向やビジネスモデル、M&Aの買い手側によるデュー・ディリジェンスにおける注意点、企業価値評価(株価算定)で使う数値(マルチプルなど)について説明する。これらから、警備業界においてM&Aを成功させるためのポイントについて考えてみよう。
M&Aの多い警備業界
警備業界の全体像を理解するために、市場動向や経営環境、ビジネスモデル、M&A可能性のある競合他社を説明する。
警備業界の市場動向・経営環境
警備業は、施設における盗難等の事故の警戒や防止、人身の安全確保、貴重品の盗難防止のためのサービスを提供する事業者のことをいう。
近年、テロ事件の増加、凶悪犯罪の増加に伴って、安心や安全のための意識が高まったことから、警戒警備のニーズが増加してきた。
労働集約的な施設警備や雑踏警備、輸送警備、交通警備が中心であったが、IT技術を活用したオンライン監視システム、警備ロボットやドローン、監視カメラによる機械警備が増加している。それゆえ、警備業界は、労働集約的な産業から最新テクノロジーを活用したAI産業に移行しつつある。
警察庁「警備業の概況(平成25~29年)」によれば、警備業の国内売上高合計について、2013年は3.2兆円であったが、2017年は3.5兆円まで増加している。
警備業界のビジネスモデル
警備業のビジネスモデルは、従業員を採用して警備員としての教育を施し、警備現場に派遣するというものである。
近年は、インターネットを利用したオンライン警備サービスが増加し、24時間の遠隔監視システムが稼働している。この点、警備機械設備の導入には多額の設備投資資金が必要となるため、M&Aによる規模拡大が求められている。
警備業界M&Aで買い手候補となる企業
警備業の事業承継を目的としたM&Aであっても、買い手候補は上場企業や大企業が中心になると考えられる。この業界では、以下のような上場企業が中心となって業界再編を進めていくことが想定される。
ALSOK(綜合警備保障)、セコム、セコム上信越、アール・エス・シー、CSP(セントラル警備保障)、トスネット、共栄セキュリティ、東洋テック、ビケンテクノ、日本管財である。
警備業界M&Aで売却する売り手のメリット
安定している大手企業にM&Aで警備業を承継することで、警備員として働く従業員の雇用を維持し、事業のさらなる成長を実現することができる。また、顧客は、警備業務を継続して委託することもできることができる。
また、小規模事業者が単独では難しかったIT投資によるオンライン遠隔監視サービスの提供、警備ロボットやドローンの導入よって、警備業の高度化と効率化を実現することができる。結果として生産性が向上すれば、従業員の給与水準をアップさせることができるだろう。
さらに、買い手企業が大企業であれば、事業規模の拡大による生産性向上、人材採用コスト、広告宣伝費、本社経費を削減し、M&Aによるシナジー効果を得ることができる。
以上のようなシナジー効果が期待され、買い手候補にとって魅力的な事業であれば、売り手側の経営者は、高い売却価格を実現することができ、引退した後のライフプランを充実したものとすることができる。
警備業界M&Aで買収する買い手の注意点
警備業界で買収を行う際、デュー・ディリジェンスにて調査すべき経営資源や注意点を説明する。
警備業の買収デュー・ディリジェンスにおける注意点
警備業は、労働集約型の産業であることから、未払い残業代が簿外債務となっていないか確かめることは不可欠である。警備員が高齢化している場合には、退職による従業員の減少を予想しておくとともに、退職金が簿外債務になっていることがあるため、退職給付債務の認識は要注意である。
また、警備業法に規制される業界であることから、警備員に対して法令で規定される教育を実施しているかどうか確かめることが必要である。警備業務検定試験の合格者、警備員指導教育責任者資格、機械警備業務管理者資格などの国家資格の取得者に対する面接を行うことも必要だろう。
警備業の事業性を評価する場合の注意点として、IT技術を活用した警備技術の導入を進めているかどうかがポイントとなる。無線で操作できる遠隔操作型の警備システムであれば、高度なIT機器を操作できる従業員の継続雇用が重要である。
移動用車両という固定資産はもちろん、警備の機械設備が陳腐化していないか、大規模修繕や更新投資が必要ないか確かめることが必要である。
警備業の買収で承継すべき経営資源
警備員と顧客関係が基本となる経営資源である。また、機械警備を行う機械設備などの固定資産が経営資源となる。オンライン警備ではインターネットを活用するため、ソフトウェアなど無形固定資産も承継することになるだろう。
無形資源は、事業承継によって喪失されることが多いため、警備業のM&Aを行う場合は、人的資産や顧客関係の引継ぎに時間と労力をかけるなど、無形資産の承継を丁寧に行うことが重要だろう。
警備業を買収するときの企業価値評価(株価算定)
警備業のM&Aにおける企業価値評価(株価算定)を行う際に活用することができる数値は、以下の通りとなっている。
警備業の評価で使う資本コストとマルチプル
まず、TKC経営指標(2018年度)によれば、警備業の収益性について、売上高成長率は約1.7%である。また、粗利率は54.0%、営業利益率は3.8%となっている。生産性について、1人当たり売上高は382万円、1人当たり人件費は250万円となっている。
次に、2020年8月現在の開示情報および市場株価によれば、警備業のマルチプル(倍率)について、PBR倍率は0.6~2.0倍、PER倍率は10~20倍、EBITDA/企業価値倍率は4~9倍となっている。
さらに、筆者が推計する株主資本コストは、安定した老舗企業であれば7%、急成長の新興企業であれば12%が妥当であると考える。これは、この類似上場企業のROICが6~9%と高くなっているが、類似上場企業のベータ値が0.3~0.8であること、ヒストリカル・マーケット・リスク・プレミアム(1950年代~2020年)が7%~9%であることを前提にして、小規模リスク・プレミアムを加算して推計している。
警備業の類似上場企業比較法で作用すべき上場企業
類似上場企業比較法で採用すべき上場企業として、ALSOK(2331)、セコム(9735)、CSP(9740)、トスネット(4754)、共栄セキュリティサービス(7058)、東洋テック(9686)が挙げられる。