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事務用品製造業界のM&A(買収・売却)と企業価値評価
近年、事務用品製造業界のM&Aが増えている。ここでは、事務用品製造業界の市場動向やビジネスモデル、M&Aの買い手側によるデュー・ディリジェンスにおける注意点、企業価値評価(株価算定)で使う数値(マルチプルなど)について説明する。これらから、事務用品製造業界においてM&Aを成功させるためのポイントについて考えてみよう。
M&Aを考える事務用品製造業界の概要
事務用品製造業界の市場環境
事務用品製造業とは、事務処理に使用する筆記用具やノート、電卓などの事務用品を製造している事業者のことをいう。
人口減少と少子化の影響もあり、事務用品の国内市場は縮小傾向にある。競争も激化しており、高品質・高機能の商品開発、消費者の嗜好の多様化に伴い、事務用品の商品の細分化と多様化が進んでいる。特に、事務用品の代替品となるOA機器の普及により企業需要が減少している。また、市場参入した海外メーカーとの競争は激化している。
一方で、鉛筆やボールペンなどの筆記用具は、発展途上国の需要が増加する見込みであるため、海外売上の増加が期待される。海外市場の開拓を行うことが急務だろう。
経済産業省「工業統計表・品目別統計表(平成29年度)」によれば、筆記具関連製品、紙製品(ノート、封筒、手帳、ファイル、フォルダなど)、その他事務用品(のり、ホチキス、消しゴム、テープ、クリップ、ピンなど)の国内売上高合計額は2012年の3,683億円であったが、2016年には4,124億円となっている。その一方で、事業所数は2012年の864ヶ所であったが、2016年には814ヶ所に減少している。
一方、海外から筆記用具の輸入額で大きいのは中国からの輸入で、2017年は73億円である。逆に、海外から筆記用具の輸出額で大きいのはアメリカに対する輸出で、2017年は64億円である。
事務用品製造業界のビジネスモデル
事務用品製造業の流通経路は、自社で生産した製品を国内の卸売業者またはインターネット通販会社に販売することである。卸売業者は独立商社もあるが、メーカー系の販売会社も多く見られる。インターネット通販では、アスクルやカウネットの規模が拡大してきている。
今後の経営課題は、販路開拓および生産コスト引下げのための海外進出である。汎用品は低価格を求められるため海外生産比率を高めるとともに、国内では機能性とデザイン性を高め、高付加価値を付与していかなければならない。
事務用品製造業界で買い手候補となる主たる企業
事務用品製造業の事業承継を目的としたM&Aであっても、買い手候補は上場企業や大企業が中心になると考えられる。この業界では、以下のような上場企業が中心となって業界再編を進めていくことが想定される。
事務用品の割合が高い同業者としてキングジム、リヒトラブ、コクヨ、パイロットコーポレーション、三菱鉛筆があり、多角化している事業者として、カシオ、サクラクレパス、パイロットコーポレーション、ゼブラ、マックス、ナカバヤシ、シモジマ、エレコム、岩崎通信機、くろがね工作所などがある。
事務用品製造業界M&Aで売却する売り手のメリット
安定している大手企業にM&Aで事務用品製造業を承継することで、従業員の雇用を維持し、事業のさらなる成長を実現することができる。また、得意先である一般消費者は、使い慣れた事務用品、お気に入りのデザインの文具を継続して購入することもできることに加え、メーカーや専門商社などの仕入先との関係を継続することができる。
また、小規模事業者が単独では難しかったIT投資によるデジタル化の推進よって、事務用品製造業の経営効率化を実現することができる。結果として生産性が向上すれば、従業員の給与水準をアップさせることができるだろう。
さらに、買い手企業が大企業であれば、工場の統合による生産規模の拡大による効率化、大量仕入れによる原材料費の引下げや、人材採用コスト、広告宣伝費、本社経費を削減し、M&Aによるシナジー効果を得ることができる。
以上のようなシナジー効果が期待され、買い手候補にとって魅力的な事業であれば、売り手側の経営者は、高い売却価格を実現することができ、引退した後のライフプランを充実したものとすることができる。
事務用品製造業界M&Aで買収する買い手の注意点
事務用品製造業M&Aの買収デュー・ディリジェンスの注意点
事務用品製造業は、製造業として工場を持っているため、その機械設備が陳腐化していないか、将来的に大規模修繕や更新・取替投資が必要とされていないかを確認することが必要である。
また、事務用品製造業の事業性を評価する場合の注意点として、アジアでの低コスト生産体制が整っているか、海外への販路が確立しているかどうか、確認する必要がある。
事務用品製造業M&Aで承継すべき経営資源
事務用品製造業では、品質の高い製品を安定的に生産できる技術力と生産管理のノウハウが基本となる経営資源である。製品開発を行う人材、工場の機械設備、海外の生産拠点、国内および海外の顧客関係(販売チャネル)が承継すべき経営資源となる。
製品開発力などの無形資源は、事業承継によって喪失されることが多いため、事務用品製造業のM&Aを行う場合は、顧客関係の引継ぎに時間と労力をかけるなど、無形資産の承継を丁寧に行うことが重要だろう。
事務用品製造業の買収のための企業価値評価(株価算定)
事務用品製造業のM&Aにおける企業価値評価(株価算定)を行う際に活用することができる数値は、以下の通りとなっている。
まず、TKC経営指標(2018年度)によれば、事務用品製造業の収益性について、売上高成長率は約13.9%である。また、粗利率は17.1%、営業利益率は3.0%となっている。生産性について、1人当たり売上高は1,172万円、1人当たり人件費は337万円となっている。
次に、2020年8月現在の開示情報および市場株価によれば、事務用品製造業のマルチプル(倍率)について、PBR倍率は0.9~1.4倍、PER倍率は20~25倍、EBITDA/企業価値倍率は5~10倍となっている。
さらに、筆者が推計する株主資本コストは、安定した老舗企業であれば5%、急成長の新興企業であれば9%が妥当であると考える。これは、この類似上場企業のROICが5%前後であることを考慮しつつ、類似上場企業のベータ値が0.5~0.8であること、ヒストリカル・マーケット・リスク・プレミアム(1950年代~2020年)が7%~9%であることを前提にして、小規模リスク・プレミアムを加算して推計している。
なお、類似上場企業比較法で採用すべき上場企業として、キングジム(7962)、リヒトラブ(7975)、コクヨ(7984)が挙げられる。