ファミリーオフィスの3つのタイプと運営担当者の役割

ファミリーオフィス

欧米の超富裕層の方々は、ファミリーの永続的な発展を考え、メンバーの個人財産や事業を管理・運用・承継するために、各分野の専門家を束ねた「ファミリーオフィス」を組織しています。日本でファミリーオフィスを設置する場合、どのような体制と機能が求められるのでしょうか。ここでは、ファミリーオフィスの種類、必要な機能、担当者の役割を見ていきましょう。

目次

ファミリーオフィスとは

金融機関が富裕層向けの提供するプライベートバンクも人気があります。しかし、その上をいく超富裕層は外部の金融機関のサービスを利用しません。自ら「ファミリーオフィス」を運営し、金融資産を運用するものです。富裕層が運営するファミリーオフィスとはどのようなものでしょうか。

UBS「グローバルファミリーオフィスレポート2016」

UBS「グローバルファミリーオフィスレポート2016」によれば、超富裕層のお客様がファミリーオフィスに求める機能は、一代の資産運用だけでなく複数の世代間での資産承継となっています。永続的な存続をが最も重要となります。

加えて、会計と税務といった事務処理機能、遺産相続の手続き、ファミリーの人間関係、子供の教育、健康、慈善活動や社会貢献活動となっています。このように、巨大な財産を築いたファミリーは、資産規模の拡大を追求するというのではなく、現状の規模の維持を目指すことを考えます。

そして、UBS「グローバルファミリーオフィスレポート2016」では、ファミリーオフィスの運営コストのうち、金融資産運用に関連するものは4割程度と報告されています。すなわち、残り6割の運営コストがそれ以外のサービスに費やされているのです。

ファミリーオフィスでは、金融資産や不動産といった有形資産だけでなく、ファミリーの名声や評判、ブランド、人脈や子供の能力などの無形資産の獲得と次世代への承継が考えられています。

専門家チームによって構成されるファミリーオフィス

ファミリーオフィスとは、事業に成功した超富裕層が、自らの親族のために雇う専門家チームのことです。欧米では、資産家ファミリーの永続的な発展を目的として運営されるファミリーオフィスが多数存在します。

米国では、マルチ・ファミリーオフィスが4000社以上あると言われますが、日本にはファミリーオフィス自体がほとんど存在していません。

そのチームは、弁護士、税理士、投資顧問業者などから構成され、ファミリーのニーズに基づいて、財産保全と資産運用、会計税務、資産承継や相続税対策、教育や医療など親族が必要とするありとあらゆるサービスを提供します。人生のフルサポートを提供する内容となっているのです。

もともとは米国ではカーネギー財団やロックフェラー財団などの資産家の資産の保全・承継を目的に誕生したものであり、現在、米国では3000以上のファミリーオフィスが存在するといわれています。ヨーロッパでもスイスを中心にファミリー・オフィスが多数存在します。

ファミリーオフィスとプライベートバンクの違いは何か

富裕層の国であるスイスでは、一族が独立の法人を運営せず、専門的なサービスを外注するコマーシャル・ファミリーオフィスが提供されています。スイスのプライベートバンクは、金融資産運用以外にも多様な付随サービスを提供することから、コマーシャル・ファミリーオフィスの一種と考えることができます。

しかし、同じ金融機関(たとえば、UBS銀行など)であっても、スイス本国のサービスと日本のサービスは、まったく異なります。日本のプライベートバンクは、基本的に金融資産運用以外のサービスは提供していません。コンプライアンスの問題が厳しく、金融業以外の業務に手を出すことができないからです。税務はもちろん、不動産投資の助言すら行っていないのです。

したがって、スイスのプライベートバンクは、ファミリーオフィスの外注業者、日本のプライベートバンクは、単なる証券会社だと思っていただければよいでしょう。

ファミリーガバナンスの機能

一族内の平和を保つために、運営担当者がファミリーの間に入り、議長のような役割を果たすこともあります。親族間の合意形成を支援します。たとえば、家業における役割分担やファミリーの憲法と言うべき「家憲」の制定です。これがファミリーガバナンスです。

そして、企業経営しているのであれば、家業の支援、次世代の後継者育成までをサポートすることで、ファミリーの永続的な発展を目的として運営されます。

ファミリービジネスが必要とするファミリーオフィス

世界的に見て、経済・地域社会の基盤を支えているのはファミリービジネスです。ファミリーによって所有・経営されている企業は、世界の企業数の約70%を占め、日本では約95%の企業がファミリービジネスとなっています。

私は日本でもファミリーオフィスが必要とされる時代が到来したと考えています。ファミリーオフィスと言えば海外の会社を連想される方もいると思いますが、日本特有の経済・金融・税制環境に精通している必要があること、顧客にとって文化的にも距離的にも近い必要があることから、日本版ファミリーオフィスが求められていると考えています。

ファミリーオフィスの機能と業務

ファミリーオフィスの主たる機能は、富裕層一族の資産を管理することです。大別して3つ、金融資産、不動産、事業のポートフォリオを管理することになります。

投資の助言

この機能を果たすために必要な業務ですが、一つは、金融資産や不動産への投資の関する助言を提供する一方で、金融機関を選定し、監視する業務があります。投資を金融機関に丸投げすれば、手数料や信託報酬の高い投資信託ばかり買わされる「いいカモ」となってしまうため、それを阻止することです。

事務管理と会計税務

また、資産の事務管理や経理(会計・税務申告)があります。法律や税務などの専門サービスに、個人で弁護士や税理士を雇っていると、コスト面で負担が重くなります。富裕層一族の資産は、個人が個別に管理するよりも、一族全体を包括的に管理するほうが、効果的かつ効率的なのです。

特に、税務については、資産税に係る高度な知識と経験が必要となるため、一般的な税理士では対応できない業務です。

資産承継の計画立案と実行

さらに、富裕層一族の個人の資産承継に係る計画立案する業務です。諸外国のファミリーオフィスでは、相続税がゼロまたは極めて軽い環境にあるため、相続税対策を実施されることがほとんどなく、死ぬまで金融資産で運用しているような富裕層がほとんどです。

しかし、相続税が諸外国と比べて重い日本では、相続税対策が極めて重要な意味を持ちます。金融資産と不動産では相続税の負担が大きく異なるため、これらの組み換えを行うなど、最適な資産承継スキームを計画しなければいけません。

ライフスタイル・サービス

そして、資産内容に沿ったライフスタイル・サービス(医療や教育)に係る助言を提供する一方で、これらを提供する外部業者を選定し、監視する業務があります。ジェット機やヨットなど贅沢品、宝飾品、高価なコレクションの取得を支援すること、子供を進学させるために最高の教育を提供すること、身辺警護などセキュリティを確保すること、最高のホテルと飲食店やスパの予約や交通手段の手配といったコンシェルジュ・サービスを提供することがあります。

特に、全世界をカバーするような緊急医療、重篤な疾病に対する最先端の医療技術を提供するサービスは、近年、極めて重要なものとなっています。

親族間の人間関係の調整

加えて、富裕層一族の中での争いを処理し、調整する業務があります。特に、事業へ投資している企業オーナーの場合、現経営者と後継者との「対話」を推進する役割を果たします。親子なら解決できても、従兄弟同士では解決困難な争いがあるため、調整役としての機能は重要です。

ファミリーオフィスの3つのタイプ

ファミリーオフィスは、シングル・ファミリーオフィス、マルチクライアント・ファミリーオフィスおよびコマーシャル・ファミリーオフィスの3種類に分類されます。

シングル・ファミリーオフィスは、ある特定のファミリーだけにサービスを提供するものであるのに対して、マルチクライアント・ファミリーオフィスは複数のファミリーを顧客とするものです。

また、シングル・ファミリーオフィスとマルチクライアント・ファミリーオフィスは、富裕層一族が財産を拠出して法人を作り、独自に専門人材を雇って運営するものであるのに対して、コマーシャル・ファミリーオフィスは、専門人材を雇うことなく、外部業者のサービスを有償で利用するにとどまります。

資産規模が50億円までの富裕層は、プライベートバンクなどが提供するコマーシャル・ファミリーオフィスを利用しますが、50億円を超えると、専門人材を雇い入れて独自に運営するようになります。50億円からマルチクライアント・ファミリーオフィスを、100億円を超えると単独でシングル・ファミリーオフィスを運営しようとします。

資産規模タイプ
10億円~50億円コマーシャル・ファミリーオフィス
50億円~100億円マルチクライアント・ファミリーオフィス
100億円~シングル・ファミリーオフィス

シングル・ファミリーオフィスとは

伝統的なファミリーオフィスは、超富裕層一族がその財産を管理するために設立した専属の機関であり、これがシングル・ファミリーオフィスです。このタイプは超富裕層の中でも頂点に位置するものです。独立した法人が、一族の全財産を法人が所有し、専門人材を雇い入れます。

富裕層の一族は、ほぼ例外なくその財産をしっかりと管理したいと考えます。そこで、ファミリーオフィスが、運用成果の記録、会計記録や決算・税務申告などの事務管理機能をまとめて遂行します。

また、外部からの商品・サービスの売り込みに対応するゲート・キーパー役の機能を果たします。

一方で、富裕層が資産をまとめて運用すると、他では得られない資産運用の機会を得ることができます。そこで、投資専門家を外部から雇い入れ、資産運用を行います。たとえば、ヘッジファンド投資、不動産投資、オルタナティブ投資などへの投資を行います。

富裕層一族の価値観を次世代に承継していくために、子供の教育を行うこと、慈善活動によって社会貢献することもあります。

そして、一族の資産を運用で増やすだけでなく、減らさないために節税対策を講じることも重要です。

シングル・ファミリーオフィスは、相続争いなど一族内部の争いごとや、複雑で込み入った資産管理の諸問題を、独自に解決することができる体制がとられています。

【シングル・ファミリーオフィスの機能】
1. 資産の管理・会計税務
2. 資産運用
3. 教育
4. 慈善活動
5. 節税手段の実行

マルチクライアント・ファミリーオフィスとは

ファミリーオフィスの元祖であるロックフェラー家やモルガン家など、米国ではファミリーオフィスが広がっています。米国のファミリーオフィスの資産規模は、100億円を超えるものと言われており、日本とは桁が違う様子です。

米国では、ファミリーオフィスを運営する担当者の人材不足、または、規模の経済を活かした資産運用を行うため、いくつものファミリーの資産を管理するマルチクライアント・ファミリーオフィスが主流となっています。ロックフェラー家も他の家族の資産を管理するマルチクライント・ファミリーオフィスです。

米国では有名なファミリーオフィスの存在から、富裕層一族がその繁栄が途絶えないようにプロの運営担当者を雇い入れ、万全を期している姿が浮かび上がってきます。財産を築き上げることと同様に、それを何世代にも渡って承継することにも尽力する抜け目のない姿勢が、富裕層の地位を確固たるものとするのでしょう。

マルチクライアント・ファミリーオフィスが設立されるのは、既存のシングル・ファミリーオフィスに他の富裕層一族を合併することで、資産規模を拡大したい場合、当初から複数の富裕層一族が集まって、影響力の大きなファミリーオフィスを築こうと考える場合です。

ファミリーオフィスを安定的に運営するには、総資産の30%超を占める資産を持つ富裕層一族が中核となることが必要だと言われています。

ファミリーオフィスが果たす機能は、資産の管理・会計税務、資産運用、教育、慈善活動、節税手段の実行であり、シングル・ファミリーオフィスと概ね同じとなっています。複数の富裕層によって構成されるがゆえに、投資やビジネスの実務において、優秀な投資専門家を雇う、規模拡大によって通常では得られない投資機会を得る、相互に顧客紹介するなど、様々なチャンスを得て、人脈を築くことができる点が強みとなっています。

コマーシャル・ファミリーオフィスとは

コマーシャル・ファミリーオフィスは、プライベートバンクや金融機関の営業担当者、会計事務所などが、資産運用や事務管理サービスを提供するものです。富裕層は、このサービスを外部業者として利用することになります。

これは、外部から提供されるサービスを利用するだけの話で、実態としての法人があるわけでないため、厳密に「ファミリーオフィス」とは言い難いタイプではあります。

ファミリーオフィスの運営担当者に求められる能力

ファミリーオフィスの責任者となる運営担当者が、円滑な運営と成功をもたらす重要な役割を果たしています。

ゲートキーパーとしての能力

ファミリー・オフィスの運用担当者の役割は、家族会議の運営、事業経営へのアドバイス、資産運用など多岐にわたります。資産運用では、金融資産だけでなく不動産も対象とし、ベンチャー投資など幅広い範囲に及びます。そして、健康や教育、寄付や慈善事業など、財産以外のサービスについてもサポートしています。

富裕層がファミリーオフィスの運営担当者に任せるのは、ファミリーの代理人であり、ゲートキーパーとしての役割です。富裕層には各方面の業者から様々な提案が持ち込まれます。保険、不動産、証券、銀行などです。これらに対応するのが運営担当者です。

運営担当者に求められるプロフェッショナルの能力

運営担当者に必要な能力は、経営管理能力です。また、コミュニケーション能力、コンサルティング能力、交渉能力も必要です。特に、富裕層一族と共に仕事をする上では、よく話を聞き、彼らの気持ちを理解し、説得する能力が求められます。感情の機微を捉え、巨額の富が与える影響を親身になって理解する人間力が求められます。

それらと併せて、専門知識が必要となります。事務管理や会計税務、節税スキーム構築に加えて、不動産投資や金融資産運用に関する知識も必要です。

この点、コマーシャル・ファミリーオフィスは外部からのアドバイザーとしての立ち位置となるため、運営担当者は自ら専門能力を提供するのではなく、各分野の専門家を監督することになります。これに対して、シングル・ファミリーオフィスでは、富裕層一族と直接に接する機会を多いことから、特定の問題に即座に対応することができるよう、運営担当者が自ら専門能力を提供しなければいけません。

【ファミリーオフィス運営担当者に必要な能力】
1. 事務管理や会計税務
2. コミュニケーション能力
3. 感情を理解する人間力

つまり、ファミリーオフィス内部の運営担当者が、複数の外部人材を集めてチームを編成し、業務を遂行することとなります。ファミリーオフィスは、優秀な投資担当者、法律や税務の専門家など、多様な専門人材に依存しています。これらの人材をファミリーオフィスが直接雇用することもありますが、一般的に、オフィスの外部専門家として業務委託したり、顧問契約を交わしたりすることが一般的です。

ファミリーオフィスの運営担当者の選び方

資産運用や資産承継をアドバイザーに任せてみたいと思った場合、どのような選択肢が考えられるでしょうか?ファミリー・オフィスのように、内部で専門家を雇う場合もあれば、プライベートバンクのように外部の金融機関から助言だけ提供してもらう場合もあります。

資産運用・資産承継プランニングと実践は個別性が高く、資産家が100人いたら100通りの解決策となります。

それは資産構成、金額、家族構成、リスク許容度等が違うためです。運営担当者による運営の巧拙によって、運用成果や節税額のに数千万円から数億円の違いが出てきます。それゆえ、プロの運営担当者に高額な報酬を支払っても十分メリットがあります。

いずれにせよ、運営担当者を選定するポイントの一つは、儲かりそうな商品の話しばかりする人ではなく、資産規模、ライフステージ、リスク選好度など、お客様のプロフィールに合わせて商品選定やポートフォリオ設計してくれるかどうかという点です。「商品」というよりも、「プロセス」を重視する専門家です。

ポイントの2つ目は、金融資産に関する専門知識を持っているのはもちろんのこと、不動産、税金、できれば企業オーナーにとっての事業経営など、総合的な提案を行ってくれるかどうかという点です。

運営担当者を選ぶときは、何よりもお客様の利益のために最適なアドバイスを提供してくれるかどうかという視点が必要になります。また、そのアドバイザーの能力・経験やコミュニケーション能力も重要な要素になります。当然ですが、そのアドバイザーが、長期的に支援を継続できるかどうかも確認すべきポイントです。

ファミリーオフィスによる金融資産運用

ファミリーオフィスに限らず、富裕層の資産運用の特徴は、一般投資家が購入することができない金融商品へ投資していることです。

たとえば、ドイツ銀行の劣後債、米ドル建てソフトバンク劣後社債など。最低購入単位が20万米ドル(2,000万円)といった外貨建て債券は、一般投資家には手が届く金額ではありません。プライベートバンクの母体は、外資系投資銀行ですから、こういった金融商品を海外の金融市場から仕入れてくることができるのです。

また、富裕層はオルタナティブ投資も行います。オルタナティブ投資は、債券や株式ではなく、ヘッジ・ファンドや不動産ファンドなどのことです。また、デリバティブも対象となるため、株式や債券などでリターンが見込めない時でも、オプション取引や空売りなどの手法を用いれば、利益を追求することができます。ヘッジ・ファンドの手法には、「株式ロングショート」、「グローバル・マクロ」、「イベント・ドリブン」などがあります。

さらに、富裕層はプライベート・エクイティ投資も行います。プライベート・エクイティとは、未上場企業の株式のことです。未上場企業の株式を取得し、企業の価値を上げてから他の会社にM&Aで売却する、上場させて売却するなど、一攫千金を狙った株式投資です。

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この記事を書いた人

公認会計士/税理士/宅地建物取引士/中小企業診断士/行政書士/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)
平成28年経済産業省「事業承継ガイドライン委員会」委員、令和2年度日本公認会計士協会中小企業施策研究調査会「事業承継支援専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」代表幹事。
一橋大学大学院修了。監査法人にて会計監査及び財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、三菱UFJ銀行ウェルスマネジメント・コンサルティング部、みずほ証券投資銀行部門、メリルリンチ日本証券プリンシパル・インベストメント部門に在籍し、中小企業の事業承継から上場企業のM&Aまで、100件を超える事業承継のアドバイスを行った。現在は税理士として相続税申告を行っている。

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