M&Aと退職金
オーナー経営者のお客様が会社売却によって受け取る手取り額の最大化するために最適な譲渡スキームは、以下の3つの所得の組み合わせによって作り出すことができます。
オーナー経営者の所得
・株式の譲渡所得
・クロージング日以降、一定期間残って働くことから得られる給与所得
・退職所得
ここで税務上の効果を考えた場合、株式譲渡代金の一部を、自社からの退職金として受け取ることによって税負担を軽減させることができます。
また、退職金の支払いは、自社の損金(欠損金)を増加させ、節税効果を生み出すため、その範囲内で買い手に対して取引価額の引上げ交渉を行うことができます
M&Aによる会社売却の価格交渉では、取引価格の総額が決定されるに過ぎません。それゆえ、その総額の内訳を最適に配分することによって、税務上有利な譲渡スキームを作り出すことができます。
すなわち、できる限り多くの金額を役員退職金に割り振ることによって、売却価格の最大化を実現することが可能となるでしょう。
支払いスキームの作り方
退職所得に課される所得税
退職所得は、以下の通り計算されますが、退職所得控除額があることに加えて、2分の1課税であり、譲渡所得と同様に分離課税です。
したがって、住民税(所得割)を考慮しても、退職所得のほうが譲渡所得20%よりも税負担が軽くなるケースが多く見られます。
役員退職金の所得税額の計算
このような税負担を軽減させる効果があるため、M&Aによる会社売却の直前に役員退職金を支払い、M&A株価の一部を譲渡対価から退職金に転化させておく方法が使われるのです。
もし退職金支払いのための現金が不足しているならば、外部(銀行、買い手)からの借入れによって調達すればよいでしょう。
役員退職金の支払
この方法によれば、【取引価額=譲渡対価+退職金】の総額が変わらなければ、可能なかぎり退職金の割合を増やすことによって、売り手の税負担を軽減することができます。
役員退職金を譲渡対価の一部に組み込む方法は、買い手にとっても資金負担額が少なくて済み、自社の貸借対照表に計上する子会社株式の計上額も小さくて済むというメリットがあります。
対象会社に余剰資金があるのであれば、買収後にそれを配当金として親会社に吸い上げるよりは、退職金として先に支払ってしまい、その分だけM&Aの取引価額を引き下げることを検討すべきでしょう。
また、退職金は経費となるため、支払った対象会社においても節税効果があります。たとえば、25百万円の退職金は、実効税率35%とすると、9百万円の節税効果があるのです。この節税効果を実質的に享受するのは、親会社となる買い手なのです。つまり、買い手は退職金によって現金負担を軽減だけでなく、対象会社においても税負担も軽減することができます。
このような買い手の利益を考えた場合、譲渡対価の一部を退職所得とすることによって、売り手は買い手に対して取引価額の引上げ交渉が可能となるのです。
ただし、退職金の支給に伴う法人税の節税効果については、法人税法に「過大役員退職慰労金の損金不算入」という規定があるため、退職金額を無制限に決定できるわけではありません。実務上は、「功績倍率」を対象会社の実情に合わせて選定することになります。
また、役員退職金は、対象会社の代表者から退任するからこそもらえる退職金であるので、会社売却後の引継ぎ期間の役職と報酬額の契約がある場合には問題となります。売り手のオーナー社長が非常勤の顧間に残る程度であれば問題ありませんが、代表権を持ったまま会長に昇格する場合や役付取締役に留まる場合には、税務的には役員退職金として認められないため、注意が必要でしょう。
この点に関しては、退職金の支給を受けた後の月額報酬がそれ以前の報酬額のおおむね50%未満であることが判断基準になっているため、退職金を支払った後の引継ぎ期間の報酬は低く抑えなければなりません。