衣類小売業界のM&Aと企業価値評価

衣類小売業界のM&Aと企業価値評価

近年、衣類小売業界のM&Aが増えている。ここでは、衣類小売業界の市場動向やビジネスモデル、M&Aの買い手側によるデュー・ディリジェンスにおける注意点、企業価値評価(株価算定)で使う数値(マルチプルなど)について説明する。これらから、衣類小売業界においてM&Aを成功させるためのポイントについて考えてみたい。

衣類小売業界の概要

衣類小売業界の市場環境

衣類販売の中心が婦人服となるため、衣類小売業は、既製・注文を問わず婦人服を小売りする事業者のことをいる。

日本全体の婦人用洋服の1世帯当たりの支出額は、2007年の58,000円をピークに、近年は46,000円まで減少している。

市場全体が縮小していく中で、販路は、衣料品専門スーパー、百貨店など大型量販店が中心となり、衣類小売店のシェアは低下する傾向にある。

そして、衣類小売業の事業者数は、総務省の経済センサスによれば、1991年の9万店をピークに2016年は6万店まで減少した。また衣類小売業の年間売上高合計は、1991年の6.5兆円をピークに2016年は5兆円まで減少した。

衣類小売業は、今後もユニクロ、しまむらなどのファストファッションとの厳しい競争に直面し続けるものと考えられる。衣類小売業の業界は、今後は人口減少による需要減少が予測され、単独で存続することは極めて厳しい状況である。

衣類小売業界のビジネスモデル

衣類小売業は、メーカーや卸売業者から衣類を仕入れて一般消費者に販売するだけのシンプルなものである。差別化のポイントは、他店で取り扱いのない独自の品揃えを増やすこと、商品回転率を高めることである。海外ブランドを扱うだけでなく、国内の中小アパレルメーカーの製造する商品の仕入れルートに独自性を求め、顧客満足度を高めることや、接客による提案力を高めることが求められる。

衣料小売業の仕入れの取引形態には、買取仕入と委託仕入がある。買取仕入れでは、衣料小売業者が自ら在庫を抱えることになる。一方の委託仕入れでは、衣料小売業者がメーカーや卸売業者の委託を受けて販売し、売れた分の仕入れ代金のみ支払い、売れ残れば返品する。

衣類小売業界で買い手候補となる主たる上場企業

衣類小売業の事業承継を目的としたM&Aであっても、買い手候補は上場企業や大企業が中心になると考えられる。この業界では、以下のような上場企業が中心となって業界再編を進めていくことが想定される。

ラピーヌ、青山商事、バロックジャパンリミテッド、AOKIホールディングス、コナカ、はるやまホールディングス、アダストリア、ユナイテッドアローズ、バロックジャパンリミテッド、クロスプラス、東京ソワール、オンリー、ハニーズホールディングス、TSIホールディングス、ダイドーリミテッド、パレモホールディングス、パルグループホールディングスである。

衣類小売業界M&Aで売却する売り手のメリット

安定している大手企業にM&Aで衣類小売業を承継することで、従業員の雇用を維持し、事業のさらなる成長を実現することができる。また、得意先である一般消費者は、お気に入りのブランドの服を継続して購入することもできることに加え、メーカーや繊維商社などの仕入先との関係を継続することができる。

また、小規模事業者が単独では難しかったIT投資によるデジタル化の推進よって、衣類小売業の経営効率化を実現することができる。結果として生産性が向上すれば、従業員の給与水準をアップさせることができるだろう。

さらに、買い手企業が大企業であれば、店舗規模の拡大による生産性向上、大量仕入れによる原材料費の引下げや、人材採用コスト、広告宣伝費、本社経費を削減し、M&Aによるシナジー効果を得ることができる。

以上のようなシナジー効果が期待され、買い手候補にとって魅力的な事業であれば、売り手側の経営者は、高い売却価格を実現することができ、引退した後のライフプランを充実したものとすることができる。

類小売業界M&Aで買収する買い手の注意点

衣類小売業の買収デュー・ディリジェンスの注意点

衣類小売業は、得意先が一般消費者であり、現金販売であることから、資金繰りが難しい事業ではありません。財務体質が問題となることは少ないだろう。

衣類小売業の事業性を評価する場合の注意点として、買取仕入れの場合において、売れ残り在庫が陳腐化していないかを確かめる必要がある。商品の流行サイクルが早いため、売り切るタイミングをのがせば、大きな損失が発生する。

一方、販売サイクルの短い商品を多品種少量ずつ取り扱うことから、IT技術を活用したSCM(サプライ・チェーン・マネジメント)が不可欠である。POSデータから消費者の嗜好を把握し、在庫管理、受発注管理、販売管理、物流管理を統合する情報システムが必要となるため、M&A実行後に導入できるよう、早い段階から検討しておく必要がある。

衣類小売業のM&Aで承継すべき経営資源

従業員、店舗が基本となる経営資源である。加えて、仕入先(メーカー、卸売業者)との関係性、店舗の立地、ブランド、一般の常連客との関係性(顧客リスト)が無形資産として重要な経営資源となる。

無形資源は、事業承継によって喪失されることが多いため、M&Aを行う場合は、顧客関係の引継ぎに時間と労力をかけるなど、無形資産の承継を丁寧に行うことが重要だろう。

衣類小売業の企業価値評価

衣類小売業のM&Aにおける企業価値評価(株価算定)を行う際に活用することができる数値は、以下の通りとなっている。

まず、TKC経営指標(2018年度)によれば、衣類小売業の収益性について、売上高成長率は約▲5.9%である。また、粗利率は41.9%、営業利益率は0.9%となっている。生産性について、1人当たり売上高は1,326万円、1人当たり人件費は254万円となっている。

次に、2020年8月現在の開示情報および市場株価によれば、衣類小売業のマルチプル(倍率)について、PBR倍率は0.3~0.9倍、PER倍率は20~30倍、EBITDA/企業価値倍率は5~8倍となっている。

さらに、筆者が推計する株主資本コストは、安定した老舗企業であれば7%、急成長の新興企業であれば12%が妥当であると考える。これは、この類似上場企業のROICが4%前後であることを考慮しつつ、類似上場企業のベータ値が0.7~0.9であること、ヒストリカル・マーケット・リスク・プレミアム(1950年代~2020年)が7%~9%であることを前提にして、小規模リスク・プレミアムを加算して推計している。

なお、類似上場企業比較法で採用すべき上場企業として、ラピーヌ(8143)、銀座山形屋(8215)、青山商事(8219)、バロックジャパンリミテッド(3548)、オンリー(3376)、AOKIホールディングス(8214)、コナカ(7494)、サマンサタバサジャパンリミテッド(7829)、はるやまホールディングス(7416)、アダストリア(2685)、ユナイテッドアローズ(7616)、クロスプラス(3220)、東京ソワール(8040)、ハニーズホールディングス(2792)、TSIホールディングス(3608)、ダイドーリミテッド(3205)、パレモホールディングス(2778)、パルグループホールディングス(2726)が挙げられる。

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